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「二眼レフは、やはり王様ローライフレックス2.8Fだろう」
1933年前後は、カメラ史を語る上では重要な年である。ローライフレックス・コード以外にも、ライツのライカDII・DIII、ツァイス・イコンからはコンタックス1型(ブラックコンタックス)やスーパーイコンタ初期型が登場した。レチナオリジナルも翌1934年の発売だ。 二眼レフはまだ「ローライスタイル」の定着には至っておらず、ローライが採用した機構はあえて避けたかのような仕様のフォクトレンダー・スパーブを始め、 スプリングカメラと二眼レフが合体した折り畳み可能な機種や、フォーカルプレーンシャッターのものなどもあった。 ローライコード1型は、現代からの視点では廉価版二眼レフの標準的機構にも映るが、このカメラこそがブローニーフイルムを使う普及型小型二眼レフの原点と言える。 ただ、何とも不思議なことに「アールデコ」「金ぴかコード」などの愛称で呼ばれる由縁の、凹凸のある独特な金属パネル外装だけは模倣も継承すらもされなかった。 |
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時を待たずして、全面がオーソドックスな革張りとなり撮影レンズが明るくなった後期型も発売された。 このデザインに関しては「派手すぎ」「悪趣味」などとの声もあるだろうし、はたまた「かっこいい」「個性的」と賞賛される方もおられるだろう。
撮影に出る直前、用品のカゴから引っ張り出した戦後の国産レンズフードがぴったりはまったのも、ある種模倣の恩恵と言えるだろうか。 当機は戦前の二眼レフという仕様に加え、ミラーも少々劣化している。屋外撮影でもファインダー周辺部はおぼつかない。 クラシックカメラは、現代のカメラより使い辛く手間がかかる。 などと言いながらここだけの話、自称二眼レフ愛好家のはずの私は撮影しょっぱなに「三重写し」をやらかした。
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| さて、私も冒頭の会話に加わらせていただくならば、いの一番とは言わないまでも 「いやいやいや、二眼レフならローライコード1型の・・・」となるのは間違いない。 |
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