ライカ、ハッセル、ヴィンテージカメラなど

Carl Zeiss Jena MC Flektogon


■Carl Zeiss Jena MC Flektogon 35mmf2.4
■Carl Zeiss Jena MC Flektogon 20mmf2.8

 M42レンズで真剣に写真を撮ることを考えた時、どんなレンズを選ぶのがいいでしょうか。
 当たり前のことを言えば、設計と製造の新しいレンズを使うのがいいに決まっています。M42マウントのすごいところは、今なお最新技術が投入された新製品が作られているというところで、コシナ社により継承製造されているツァイス、フォクトレンダー銘レンズには名玉が多いと評判です。
 それを結論としてしまってもよいのですが……もうちょっと、玉石混交という言葉がぴったりなM42ジャンルの中で、「これは良い」と、たいていのファンが太鼓判を押すレンズがあるので、取り上げてみたいと思います。その筆頭格、今回ご紹介するカール・ツァイス・イェナのフレクトゴン(Flektogon)であります。

flektogon
 カール・ツァイス。良く知られた名ですが、その後ろにつく「イェナ(Jena)」という単語はあまり知られていないのではないでしょうか。何を意味する言葉かといえば、それは、かつてツァイスの本拠があったイェナ市という都市の名です。
 当時のドイツの光学機器メーカーの名には、後に都市名がつくものが多く見受けられます。シュタインハイル・ミュンヘン、ペンタコン・ドレスデン、メイヤー・ゲルリッツ、シャハト・ウルム、シュナイダー・クロイツナッハなんかもそうでしょうか。
 イェナ市は第二次大戦の敗戦による東西分断によって東ドイツに含まれたわけですが、しかし、米国主導によってオーバーコッヘンという西側の都市にもツァイス・オプトン社が誕生。カール・ツァイスというブランドが東西に二つ存在するという状態に陥った時期がありました。
 同じ名前のものが二つある。どうなるかというのはすぐわかるところで、どちらが正統なのかというところで、争いが生じてしまいました。
 ベルリンの壁崩壊とともにツァイスも再びひとつになるのですが、社会主義政策の行き詰まりもあり、疲弊していた東側が西側に吸収される形となり、現在でも、カール・ツァイスの本拠はオーバーコッヘンということになっているということです。
 ……いわばイェナはカール・ツァイスの生まれ故郷となるでしょうか。ちなみに、現在でも抜群の人気を誇るプラナーは、一眼レフジャンルでは西側作のレンズということになり、ツァイス・イェナのラインナップにはありません。逆に、フレクトゴンは西側には存在せず、そのためか、以後のライセンス生産においても、フレクトゴンが復活したという例はありません。

 フレクトゴン。いったい何者なのか。語りだすと少し長くなるのはやむを得ません。
 だいたいにおいて、名前が怪獣じみています。よく話題にされることですが、この時代のドイツレンズには怪獣がたくさんいて……また固有名詞の乱打になってしまいますが、フレクトゴン、ビオゴン、トラベゴン、リサゴン、ディスタゴン、ホロゴン、メトロゴンなどがよく知られた怪獣です。
 「ゴン」というのは「角」を意味するギリシア語です。そこに接続する形で、ディスタゴンであれば英語で言うところのディスタンス(距離)、ビオゴンであればバイオ(もとは連鎖・連結を意味するラテン語)、フレクトゴンではリフレクト(反射)という言葉が見出せます。つまりは、フレクトゴンは、リフレックス/反射機構を特徴とするカメラのために作られたレンズであるという説が一般的です。
 さらに言えば、フレクトゴンは広角レンズ群です。歴史は古く、1950年代には初期型が現れ、M42用の他にもエギザクタ用、ペンタコン・シックス用などがあります。M42用では、35ミリと20ミリ、レアなところでは25ミリも存在します。製造年代によって三段階ほどバージョン違いがあり、アルミ鏡胴のもの、ゼブラ模様のもの、黒鏡胴・マルチコーティングのものが確認できます。
 筆者は最後期、70年代の製造とみられる黒シリーズでそろえました。フレクトゴンの場合、後期型にはF値にも改良が見られ、35ミリの場合F2.8だったものがF2.4に、20ミリはF4からF2.8へと進化を遂げています。
 35ミリと20ミリ、どちらも大変使い勝手がよく、ツァイスの名前に負けない良さを実感することができます。失敗したくない時にフレクトゴン。迷ったらフレクトゴン。やもするとフレクトゴンばかり使ってしまい、他のレンズは無くてもいいじゃない、という指摘を浴びる原因を作ってしまうのが困りどころ。

 まず、35ミリf2.4です。
 35ミリという画角は、50ミリと並んで万能だと筆者は思っています。あくまでスナップにおいてのことですが、メインにする被写体が建物であれば35ミリを、猫や人を狙いたいのであれば50ミリを選んで使っているような気がします。もちろんこの両者は「万能」なので、猫撮ってて急にオモシロ物件に出くわしたり、またその逆のことが起きても結構フォローでき、すなわちまたタイール135ミリなんかのアクの強いレンズの出番が減ってしまうという按配です(深刻)。
 フレクトゴンの35ミリは、そんな35ミリレンズの中でも万能の二文字にさらに近いレンズであろうと思います。
 カール・ツァイスのレンズというと、どこか正確無比で研ぎ澄まされたような印象を思い浮かべてしまう風潮がありますが、フレクトゴン35ミリはそんな刃物みたいなレンズではありません。いや、もちろんほどほどにはシャープですが、このレンズの第一の魅力はそこではない感じがします。
 言葉で表すのは難しいですが、絵を整える力に優れたレンズだというのが筆者の印象です。歪曲がなく、いい色が出て、肩がこらず、どこか「いい絵」が撮れるような気がする。建物でも風景でも人物でも何でもどうぞ、というような度量の深さがありつつ、「どいつでもかかってきやがれ」という戦闘的な感じではない。というような。
 戦闘的ではないレンズですが、性能には手を抜いていません。というか、あえてリミットを外してしまっている気がするのが、その異様な近接撮影能力です。特段マクロレンズというわけではないのに、最短18センチまで寄れてしまいます。ピントリングはぐるぐると360度近く回転、ヘリコイドは2センチ以上も伸び、ほとんどレンズ面に被写体が接触する勢いです。
 色もいいし、ここまで寄れるとなると、どなたでも決まってお花を撮りたがるところですが、食べ物もいいですよ。美しく盛り付けられた料理をフレクトゴンで接写すると、なんだかとってもおいしそうに写せます。筆者は中野の佐世保バーガーを撮りましたが、トマトの赤、レタスのみずみずしさ、肉とチーズのシズル感などが素晴らしく、おなかがすいている時に見てはならない一枚を撮ってしまった、と一抹の罪の意識にかられました(当時)。
 再起不能なまでに壊れたらもう一本買おうと真剣に思っている、お気に入りのレンズのひとつです。

 一方、20ミリf2.8の方はといえば。
 かつて、東西ドイツのツァイスによって超広角戦争(非公式名称)が勃発した時、先に20ミリのラインを突破したのは東のフレクトゴンであり、その後、西の横綱・ディスタゴンに挽回されるものの、このクラスではかなり古いタイプのものであることは間違いなさそうです。
 35ミリの落ち着きとは好対照に、この20ミリには迫力があります。フレクトゴンは一般的にレトロフォーカスと呼ばれるタイプのレンズですが、このタイプの広角レンズの特徴どおり、まず目を引くのは巨大な前玉です。これが鮮やかな紫色のコーティングによって輝く様は、とても目を引きます。
 最短撮影距離は19センチちょっとと、こちらもかなり寄れます。が、同じくらい凄いのは被写界深度の深さで、F5.6ほどでも0.8メートルから無限までピントが合います。これを利用し、まるまるフィルム一本、ファインダーを覗かず撮りまくったことがありますが、正確にピントやフレームを定めない写真というのも、ライブ感があってとても面白いものです。
 写りそのものも、色もよく、線の感じもキリッとして好ましいので、ノーファインダー以外では、是非ぐっと被写体に肉迫し、超広角の大胆に誇張されるパースでもってインパクトのある絵を!
 ……やってみると、まるで格闘技だと思います。50ミリくらいの感覚では寄りすぎという間合いでも、まだ全然足りません。ままよ、という覚悟が必要です。筆者は野良猫に寄り過ぎてネコパンチを食らったことがあります。
 苦労しますが、これぞ写真の醍醐味という感じの撮影が楽しめること請け合いです。フレクトゴン20ミリにはそのための要素が揃っていると言えるでしょう。あとは撮影者自身が身をのけぞらし、這いつくばって、努力すること。そうしていい写真が撮れた時、真にその場面をものにできたような実感が味わえると思います。

 はっきり長所があると言えるレンズであり、しかも、あのツァイス……こう言うと論争を呼びそうですが、「本当のツァイス」……のレンズであるという点からも、M42レンズでありながら、フレクトゴンは現在でも比較的高価な値で取引されています(ただし、あくまでもM42基準の「高価」ではありますが)。加えて、20ミリの方は個体数が少なく、入手はなかなか困難であるようです。
 当店においても、入荷すると、さほどの時を必要とせず売れてしまいます。お求めの際は是非お早めにご検討を。
 
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written by イノウエ
この記事のカテゴリーは『M42星雲』です | この記事は2008年01月25日現在の情報です。

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