
1000:幾千の物語を、この一本で。『Carl Zeiss Otus ML 50mm F1.4 E-mount』
2025年05月30日
中判カメラでしか得られなかった画像品質を、デジタル一眼レフによって得ようとする野心的な写真家に向けて開発された世界最高の標準レンズ「Carl Zeiss Otus 55mm F1.4」が発売(2014年)されて約11年。ドイツ カールツァイス社と株式会社コシナとの共同開発による新たな『Otus ML(オータスエムエル)』が誕生しました。焦点距離は55mmから50mmへとわずかに短縮されましたが、採用されている設計はこれまでと同様、「Apo Distagon(アポ・ディスタゴン)」。描写性能の核となる部分は変わっていません。外観面では、ピントリングが従来のゴム製から細かいローレット加工を施した金属製に変更され、前モデル(ZF.2マウント)では全長117.1mm・重量960gという大柄な設計でしたが、本モデルでは全長96.9mm・重量718gと、大幅な小型軽量化を実現させています。製品名「Otus 50mm F1.4」の刻印はレンズ本体ではなくレンズフードに施され、マウント部には印象的なブルーのリングが加えられました。対応マウントはニコンZ・キヤノンRF・ソニーEマウントの3種。すべて電子接点付きで、各種補正機能にも対応しているとのことです。今回は、ソニーEマウント「SONY α7RV」と合わせて「Otus ML 50mm F1.4」の撮影を行いました。新たに生まれ変わったOtusの描写力、ぜひご覧ください。

風にそよぐ細かな草の一本一本が光を受けてきらめくように描かれていて、視覚的にも非常に心地よい空気感を作り出してくれました。前後のボケについても前ボケは極めて滑らかで、背景にかけてのボケの収束も自然で、全体として非常に丁寧な描写。中心に向かってごくわずかにピントが合い、静かな芯が感じられる表現となっています。

視線の先に浮かび上がる一輪のポピー、花の根に生えている細い毛までしっかりと写っています。柔らかな赤のヴェールが画面全体に広がっていますが、飽和しやすい赤系の色を繊細に描いてくれました。何より前ボケの自然なにじみ方、ここまで大胆な配置をしても“やわらかさ”が表現できるということに一切の妥協を廃した「DSLR Otus」の思想を継承したレンズであるということを実感させてくれます。

陽射しを受け止めた枝先から、やわらかい光が透けていきます。フレーム内に直接太陽光を取り込むという難しい条件下でありながら、全体にやさしく光が広がり、花や葉に落ちる自然なハイライトがとても印象的に仕上がっています。かなり強気に光を入れたような状況下でも、コントラストの極端な低下も見られず、描写の芯はしっかりと保たれています。ただ高性能なだけではなく、撮影者の「こう写ってほしい」という意図に寄り添える柔軟さも兼ね備えたレンズだと思いました。

中間距離での立体感を確認してみたところ、まるで中判レンズで撮影したかのような奥行きが感じられ、空間描写の豊かさに驚かされました。樹皮や幹の細部に至るまで情報量が非常に豊富で、開放絞りからすでに高い解像感を発揮していることがよくわかります。

ピント位置は4人の後ろ姿。さきほどよりさらに被写体と離れているので、背景の海や都市部との境界を描くのはとても難しい要求かと思いましたが、立体感もある理想通りの画を描いてくれました。左側の隅に若干の減光が見られますが、右側から日が射しているという状況を考えると周辺描写までよく整っています。爽やかなイメージに仕上げたかったので露出を明るめに取りましたが、ハイライトがよく粘り、衣服などの白飛びがないのも素晴らしいです。

日もほぼ真上の時間帯、室内に差し込む自然光は微弱なものでしたが、その光を丁寧に掬ってくれました。前景に置かれたタイプライターや写真立てはとてもきれいにボケており、ピント面にあたる書籍の背表紙はしっかりと芯のある解像感。室内の露出環境では背景の窓が派手に白飛びして邪魔してしまうのではないかと気を揉みましたが、思った以上に上品な仕上がりで安心しました。最短撮影距離は50cmと前身から変わらず、近接撮影でも描写力は変わりません。質感描写の細かさとボケを使った表現力。Otus MLは、ストーリーを語ることを生きがいとするフォトグラファーのために作られたという、メーカーの謳い文句のとおり、情感豊かな一枚を生み出したいと願う撮影者にとって、信頼に足る一本だと思います。

淡いブルーグリーンの背景と、そこにすっと伸びるガラスの花器と若い枝葉。画面中央の一枚の葉にスッと合うピント面と浅い被写界深度による背景との分離が非常に気持ちのいい画です。こちらも直射日光はなく室内に回った淡い光だけでしたが、わずかな色差や光の濃淡を見事に再現してくれました。

光が描く陰影のグラデーションと、ぬいぐるみの起毛した質感描写の巧みさ。明るいレースカーテン越しに入る光がハイライトを飛ばすことなく柔らかく再現してくれています。厳密にいえば白飛びしている部分はあるかと思いますが、それを私たちが感じる「眩しさ」として表現できていることが素晴らしい。イスの背もたれはやさしくとけていくようにボケていますが、二線ボケやフリンジの発生は抑えられており、ボケ味としての品位の高さもうかがえます。

ショーウィンドウ越しの店内に飾られたオブジェやポスターがある中で、エッフェル塔の小さなミニチュアにピントを合わせて撮影しました。ガラス越しでありながら内部の金色の彫像や紙素材の質感がしっかりと描かれており、メイン被写体の輪郭も曖昧になることなく、解像とコントラストのバランスが保たれています。

これほど厳しい逆光条件でありながら、“まぶしさ”が嫌味にならず、画面全体を自然で心地よい空気感がやさしく包み込んでいます。むしろ、この日撮影した中でも特に印象に残る、お気に入りの一枚となりました。その場所、その瞬間にしか存在しない時間の流れや空気の温度感までも写し込むような、まさにストーリーを描ける一本です。
幾千の物語を、この一本で。
まずはボケ感や描写の柔らかさから始まり、ディテールの解像感、質感の再現力、そして情感を映し出すようなイメージカットへと順を追いながら、『Carl Zeiss Otus ML 50mm F1.4』の描写力を確かめてきましたが、そのどれを取っても、期待を大きく上回る満足のいくものでした。残ったのは「ただただもっとこのレンズで撮影していたい」という欲求だけ。実は「Carl Zeiss Otus 55mm F1.4」を使ったことはなく、憧れだけが膨らむ存在だったのですが、こうしてOtusを実際に使ってみて賞賛される理由が分かりました。思い描いた画そのままに、時には想像を超える仕上がりに。とりわけ前ボケの表現力は、自分がこれまで使ってきたレンズの中でも間違いなく最高峰で、衝撃すら覚えるレベルでした。この描写が役に立つときは必ずくるはず。まさにフォトグラファーにとって「表現の引き出し」を増やしてくれる、かけがえのないツールボックスのような存在です。ぜひ一度、手に取ってその世界を体験してみてください。
おかげさまで、マップカメラのフォトプレビューサイト「Kasyapa」は、1000本目の記事を迎えることができました。その節目にご紹介したのは、まさに“銘玉”の名にふさわしい一本。Carl Zeissの名作「Otus」をリメイクした『Otus ML 50mm F1.4』です。商品情報に添えられていた「ストーリーを語ることを生きがいとするフォトグラファーのために作られました」という一文のとおり、きっとこれからこのレンズを手に取る一人ひとりのユーザーが、幾千の物語を紡いでいくのでしょう。そんなレンズが、Kasyapa1000本目という節目にあったことは、偶然ですが、どこか運命的なめぐり合わせを感じずにはいられませんでした。とはいえ、私たちの姿勢はこれからも変わりません。分け隔てなく、真摯に、機材の魅力をお伝えしていくこと。それがKasyapaの在り方であり、私たちが大切にしていることです。これからも変わらぬご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いいたします。引き続き、フォトプレビューサイト「Kasyapa」をお楽しみいただければ幸いです。
Photo by MAP CAMERA Staff