レンズの中でも”Nikkor”と言えば、写真をやっていて知らない人は居ないブランドだろう。つい先日80周年、8000万本という驚くべき数字で記念行事をしたのも記憶に新しい、日本を代表するレンズ群だ。しかし、昔はその名声も無い、単なるアジアの1メーカーとして生産されていた歴史がある。西欧諸国の有名メーカーに比べて劣るというイメージがあった、しかしそのイメージを払拭した1本のレンズとして、逸話が伝えられているのがこの『Nikkor P.C 8.5cm/f2.0』である。
グラフ・ジャーナリズムの先鋒として当時輝きを放っていたLIFE誌。その専属カメラマンであったデビッド・ダグラス・ダンカン氏が偶然見かけた『Nikkor P.C 8.5cm/f2.0』の描写に驚き、ライカマウントレンズを買い求めてLIFE誌上で写真を掲載した事により、”Nikkor”の名は世界に広まる事となる。『中身はZeissのゾナーだろう』とさえ言われた伝説のレンズ、その描写をぜひご覧頂ければと思う。
大口径F2で開放である。もちろん今のレンズと比べればボケ等に収差やクセが見られるが、ピント面の先鋭さはさすがと言ったところ。コントラストや色再現も鮮やかだ。
金紙を張った襖や、彫金金具の細かな文様まで実に美しく描いている。コントラストのつき方はどことなく”ニッコール”らしい雰囲気で、しっかりとした力強い描写だ。
光線状況によってはご覧の様にフレアや滲みが強く出る。特に開放では顕著だが、これもオールドレンズらしい味の1つとしてつきあいたい。
絞り込むとご覧の様に、驚くほどの解像感と生々しいほどの質感描写を見る事が出来る。とくにこの個体はオールブラックの最終型でコーティングもしっかりとなされており、その色彩も実に濃厚だ。開放描写の柔らかさと、絞り込んだ解像感、その2面性が魅力的である。
周辺部のボケが実に特徴的である。鉛の様な、金属の様にも見える水面の描写も面白い。
モノクロームでの諧調幅の広さは特筆ものだ。黒く潰れてしまう事無くなだらかな諧調を有しているのは、RAW現像等のプロセスを経るにも実に魅力的な特性である。
一絞りすれば、最短距離でもその描写は秀逸。ぜひ拡大して、その描写をご覧頂きたい。
初期はクロームメッキだったが、後期型ではこうしたブラックペイントの鏡筒となる。これにスナップオンタイプのフードとキャップが揃えばフルセットだ。大口径中望遠としてはなかなか小振りで扱いやすいが、ガラスがギッシリと詰まっている為重量はある。
85mmのLマウントNikkorレンズではこのレンズの他に『Nikkor-S・C 8.5cm F1.5』が存在しているが、このレンズとは全く違う個性を持つレンズ故、ぜひ当レンズも試していただきたい。当時の日本光学の技術者魂と、努力の結晶。そのブランドのメルクマールとなった本レンズは、とても魅力的なものである。
Photo by MAP CAMERA Staff