マップカメラはお陰様で2024年8月13日に創業30周年を迎えます。
これを記念して創業祭期間中は希少価値の高い商品「PREMIUM COLLECTION」の掲載を強化しています。
今回の「Kasyapa for LEICA」では特別編として特に珍しい商品を一足早くご紹介。今回逃したら次いつお目にかかれるか分からない商品です。レア商品の描写力をぜひご覧ください。
「もっと明るいレンズを」戦時中に海軍からの要請を請けたことからこのレンズの物語は始まりました。当時明るいレンズといえばF1.5が一般的。帝国光学研究所の設立者、鈴木作太氏は試作機として作ったF1.2の経験を活かし、世界初のF1.1のレンズの開発に取り組みました。そして12枚構成の試作機が完成したのが1950年、1953年に9枚構成に改良された『Zunow 5cm F1.1』がいよいよ発売となりました。その後、1955年に後期型が完成されます。この数年の間もズノーは改良を続け、おおまかに分類すると前期・後期の二種類に分類されています。前期型は後ろ玉がレンズ外部に飛び出していることから「ピンポン玉」と呼ばれており、後期型からはフラットな設計に変更されていきました。
今回ご紹介するのは前期型の3000番台。前期型の中でもさらに初期に製造された1本です。既に5000番台の「帝国光学研究所 Zunow 5cm F1.1 前期 (Nikon S Mount)」をKasyapa for LEICAで紹介しており、外観デザインがかなり変わっていることが分かります。見比べてみると3000番台はよりアナログチックで5000番台はシュッとしたスタイリッシュなデザインです。コーティングも3000番台が青色なのに対し5000番台は紫色と違いがあります。F1.1のレンズとして初めて誕生した『Zunow 5cm F1.1』。60年、70年の時を経て今なお現存する歴史的なレンズは最新のカメラと組み合わせたとき、どんな写りを見せてくれるのか。ぜひご覧ください。
35度を超える猛暑が連日続きます。前日に大雨が降り熱を持っていってくれたからなのか、少しカラっとした暑さ。もう蓮が咲く早朝の時間は過ぎてしまっていましたが、遠くのほうに開いている花を見つけました。開放絞りでライブビューでピント拡大をして合わせてみましたが、正直なところこの距離では滲んでしまってライブビューではピントの位置はあまり分かりません。レンジファインダーの二重像を信じて撮影をしましたがカメラとの相性が良かったようでしっかり合ってくれました。
まるでソフトフィルターを通したような柔らかな写りで儚ささえ感じる写り。ただ前ボケを見てもきれいに滲むだけで癖は少ないようです。そしてこのレンズのフレアはまるで猫のようにきまぐれです。出したいと思ったときは出なくて、そうでもない時に出てくる。このカットでは蓮のうえに小さな虹をかけてくれました。
最初のカットでもご紹介しましたが取り込む光によって虹のゴーストが盛大に出てきます。虹も様々で同じものを再現するのはなかなかに難しいですし、ライブビューで結果を確認できるから出来る遊び方です。日中にF1.1の開放絞りで撮るなんて発想は現代ならではかもしれません。絞っていくごとにゴーストは解消していきます。
今回紹介しているカットはほぼ撮って出しですが、このカットはシャドウを引き上げて赤色を引き出しました。外光の眩しさで滲む窓の格子や滲みを見てもらいたかったのでハイライトはそのままです。F2.8に絞って撮ってみましたが、この滲みがあるからこその一枚だと思います。
F8まで絞った結果、解像力はとても上がりましたが隅が暗くなりました。戦後直後のフィルムフォーマットサイズには24×36mmライカ判(通常の35mmフィルム規格)の他に、24×32mmのニホン判と呼ばれるフォーマットが存在しており、Zunow 50mm F1.1の前期型の多くはおそらくその規格で造られたものなのだと思います。
後ろ玉がフラットな帝国光学研究所 Zunow 50mm F1.1 後期 (Leica L39)を紹介した記事と見比べてみると四隅の写りに変化を感じられて面白いです。
F2.8に絞るだけで遠景も撮れるくらい解像力が上がりますが、個人的にはF4の写りがとても気に入っています。開放絞りのときの全体を包むような柔らかさはなくなり、金属の質感もよく伝わるキリッとした画です。
こちらは開放絞りでの撮影。絞ったときとの描写の違いで同じカットでも2本分の写りを楽しめます。アングルを変えながら数枚撮影した中から、光の反射でできたボケの形状に最もクセを感じたカットを選びました。他のカットでは蓮の花と同じような虹のフレアがかかったものがあったり、ボケの形状がこんなに変形していなかったり。入射角によってコロコロと変わる写りは付き合い甲斐があるというのか、興味の尽きないレンズです。手前のドアは白飛びしているはずですがその光さえ滲むので嫌な感じがありません。
西日が射しこむ窓の光の滲みとF4に絞ったシャープな線が一枚の画に。滲みと鮮鋭さ、両立しないはずのはずの二つの要素が合わさったような写りにとても惹かれました。
それでも、滲むからこそ惹かれて撮りたくなる世界があるのも事実。モノクロとの相性も抜群です。
明るい時間帯であればF4に絞って撮影するのがマニュアル化してきましたが暗い時間帯ではそうもいきません。ただこのレンズはF2.8まで絞れば十分にシャープです。F1.3では滲みが減り、F1.5~F1.8でさらに滲まなくなります。
F2.8になればかなりシャープでF5.6、F8とどんどんシャープになりますが、四隅の暗さが目立ってきます。解像力、滲みの個性も残るF4が私にとってはスウィートスポットとなりましたが、どの部分を好きになるのかもやはり人それぞれなレンズだと思います。
ボケの形状が面白いくらい変わっていく照明をご覧ください。中央でなくとも距離が近ければ丸ボケのままですが、遠くなるにつれまるでカモメのような形状になっていきました。そのままどこか飛んでいってしまいそう。以前に掲載された、同じピンポン玉である「帝国光学研究所 Zunow 5cm F1.1 前期 (Nikon S Mount)」のボケの形状とは似ているところはありつつも少し異なる感じがします。ざっくりと前期・後期と分類されるZunow 5cm F1.1 ですが、ピンポン形状からフラット型に変わるまでの間も改良を重ね続けたこのレンズは一本一本の写りが違うなんてこともありえるのかもしれません。
その光に惹かれたら
「Zunow 5cm F1.1」「Zunow 5cm F1.3」を経て「帝国光学研究所」は「ズノー光学工業」に商号を変更。「Zunow 35mm F1.7」や「Zunow 100mm F2」などを発売後、8mm用のレンズやズノーカメラの開発へと続いていきました。後年、1961年に「ズノー光学工業」はその歴史に幕を閉じることになります。絞りを開ければ夢のような世界が広がり、絞ればたちまち現実に戻る。設計者たちにとって意図したものではなかったであろう「滲み」が約60年の時を経て愛される一因になっているというのは面白いと同時に少しの切なさを感じてしまいます。5000番台の前期型「Zunow 5cm F1.1」からズノーの存在を知り、後期型での撮影と今回3000番台の前期型で撮影をすることが出来ました。3つの世代のズノーの写りはそれぞれ個性があって、まさに一期一会なレンズです。これはオールドレンズ全てに言えることかもしれませんが、この先その手にズノーを持つことがあって、そのズノーが写す光に自分の心が惹かれたら。一緒にいれたら幸せなことだと思います。
Photo by MAP CAMERA Staff