【特別版】写真家:高木康行『Journey』
2025年02月08日
APO SUMMICRONLeica Boutique 12th AnniversaryLeica Q3Leica Special Contents写真家
息子が誕生して以来、私の日常は大きく変わった。小さな子供と手をつなぎ、街を歩く。彼は何にでも興味を示し、宝石のようなキラキラした瞳で世界を見つめる。彼らにとって、毎日は小さな冒険なのだろう。そんな息子の姿に感化され、私も日常の中に介在する冒険という名の小さな旅を楽しむようになった。
例えば、通い慣れた駅へ続く道でも、少し足を止めて空を見上げたり、道端の花を観察したりする。そんな些細な出来事が、私にとって貴重な発見をもたらしてくれる。カメラを手にすると、その喜びはさらに深まる。ちょっとした寄り道も楽しみの一つになった。ふと気になった路地に入ってみたり、今まで伺ったことのないお店に立ち寄ってみたり。地図を片手に名所を巡る旅もいいけれど、直感を頼りに気の向くままに歩いてみると思わぬ出会いが待っているのだ。心惹かれる建築との遭遇も不意に訪れる。邂逅の喜びを記念写真のように撮影した一枚が、私のライフワーク「GRIDSCAPE」作品の始まり。感銘を受けた建物との出会いを写真に収める。その行為の積み重ねが、いつの間にか作品として形になっていったのである。まるで日記を綴るように、街の風景を切り撮る。「GRIDSCAPE」作品は、私にとって街角の記憶を刻み込むための、ささやかながらも大切な行為なのだ。好奇心のレンズを通して世界を眺めると、そこには無数の物語が隠されているように思えるから不思議だ。
仕事柄、取材やロケ撮影で全国津々浦々に赴く事が多い。仕事で訪れた時にも、余白時間を確保する様にしている。計画された目的巡りに加え、予定外の場所に立ち寄ったり、何気ない風景に心を奪われたりする。ちょっとした寄り道をプラスする事が、旅の記憶を更に特別なものにしてくれる。旅の余白は私の大切な栄養素。時には、予定を少しだけ緩めて、心の赴くままな旅をおすすめする。
そんな寄り道旅のお供には、常に携行出来てタフなカメラが心強い。わがままな好奇心に寄り添い、機敏な撮影にも対応可能なライカQシリーズは”日常”旅カメラにぴったりだと感じている。今回は、2024年新たに登場したアポレンズ43mm搭載「Q3 43」と旅した寄り道紀行をお届けする。
年の瀬に、姫路市的形町へ向かった。的形町は、瀬戸内海に面した自然豊かな町で白い砂浜が美しい的形海水浴場は、夏には多くの海水浴客で賑わう。近世には北前船の寄港地として栄え、その名残をとどめる古い町並みが多く残っていて、近年では、移住者も増えて新しいお店や施設もオープンしているエリアだ。
山陽電車に揺られ最寄り駅で降り、入江の先にある、お気に入りのカフェを目指して、緩やかにカーブする水路沿いの道を歩く。 的形の街並みを眺めながら、「素敵なところだな」と心が和む。
Henning Schmiedt のピアノ曲が流れるカフェで、美味しい喫茶をゆっくり堪能した後に、夕暮れの的形港散策へ向かった。茜色の空が海の彼方に沈む太陽への別れを告げる頃、港灯りが夜を照らす。忙しかった年の瀬を憂うかの様な優しい時間が流れる。ヨットハーバーのボートハウス、水門、コンテナ、穏やかな水面。静寂に包まれた薄暮の入江は、幻想的な美しさをたたえていた。肉眼ではかなり暗い時間帯だったが「Q3 43」はしっかりとその場の情感を捉えてくれた。
散策中に心惹かれた景色。水面に映る逆さの世界に、現実と幻想が溶け合うような美学を感じた。
ロケ撮影の依頼で、鹿児島へ向かった。機窓からは、都市の骨格がむき出しになったような光景を目にした。鳥になった気分で街並みを眺めていると、まるで巨大なパズルを上から覗き込んでいるようだ。
ロケ撮影前日が、15年目を迎えるフェス「グッドネイバーズジャンボリー」開催最終回だと聞いて、日程を早めて鹿児島入りして伺った。今回が初参加だったが、主催者、来場者共に一体となって作り上げた愛溢れる”場” で、民族楽器を中心としたしょうぶ学園パーカッショングループ「otto & orabu」の演奏には胸の芯から熱くなった。
翌朝は、日豊本線に揺られながら撮影現場の霧島アートの森へ向かう。桜島を背景に海面が煌めく雄大な自然は芸術作品のようだった。心地よい走行音と潮風を感じながら、車窓から流れる景色に心が洗われた。時間は少しかかるが、電車移動は旅の旨みを増幅させ味わいを深める。
霧島で無事撮影終えた後、宇部、新山口、徳山に立ち寄りたかったので途中下車しながら新幹線で向かう。古代から交通の要衝として栄えてきた宇部駅周辺や彼岸花が咲く一の坂川など余白旅を楽しんで帰京した。
年末の夜行日帰り限定「大島弾丸チャレンジきっぷ」を利用し、息子と伊豆大島へ小さな冒険旅行に出発。初の夜行大型客船旅は、竹芝桟橋を出港した直後から感動の連続だった。東京湾の水平線に広がる摩天楼は、まるで宝石を散りばめたような輝きに満ちていた。走る船上からの夜景撮影だったが「Q3 43」の開放描写の素晴らしさが大切な時間を確実に写し留めてくれた。
伊豆大島に到着後は、夜明け前から三原山を目指してトレッキングを開始。雄大な自然の中を歩いていると、他の観光客の姿もなく、伊豆大島の自然を独り占めしているような贅沢な気分になった。風の音に耳を澄ませていると、空が徐々に明るくなり始め、三原山の雄大な姿が朝日に照らされ始める。澄んだ空気の中で深呼吸をすると、心身ともにリフレッシュできた。息子と二人でこんな冒険旅行も悪くないねと話しながら、また必ず来ようと誓いあった。
写真・文 : 高木 康行