LEICAAPO-SUMMICRON SL35mm F2.0 ASPH.
APO-SUMMICRON。限界を超える描写性能を持つApochromat仕様のレンズの事を指します。執筆している今現在、ライカが誇るアポズミクロンは限定モデルを除いても約10種類ほど存在します。その中で唯一、35㎜という焦点距離でその名を冠するものがこの『APO-SUMMICRON SL35mm F2.0 ASPH.』です。被写体を求めて街を歩き、心の赴くままに何気なく切ったシャッター。思わず息を呑むような繊細かつ豪奢な描写は、驚きとともに「ここまで写るものなのか」と畏怖の念すら抱かせました。
よく雨の降る日でした。雨宿りに入った軒先、ふと移した目線の先に、1つ寂しげに下がる南京錠。このレンズで写すと、この鍵が今まで守ってきたもの、開錠と施錠を繰り返した時間、触れた指先、その全てを表現し尽くすような空間を表現した一枚が、瞬間で生まれます。
夜半、雨も上がった東京の街で偶然出会った光景。咄嗟に「かっこいい」と感じたその一瞬の場面でも、確実に期待に応えてくれました。当然のことですが、Mマウントレンズでは基本的に実現不可能なオートフォーカスでの撮影です。このレンズはSLに装着すれば気にならない重さのバランスなので、片手で撮ることができました。
撮影当日は天候も曇天。時間も夕夜に近い時間帯のためISO800で撮影。アポズミクロンM50mm F2 ASPH.を使用した際に開放で無限遠にして撮影した時も被写界深度内にあるものを切れ味鋭く描き出したことには衝撃を受けました。今回の35mmも同様に交差点を走る自動車のディテールまでしっかり描き出しています。SL(Typ601)の表現力とマッチしたモノクロームは、シャドーが少しウェットな部分も見どころです。
夜になるとショーウィンドウの光も幻想的になります。Mマウントのズミクロンは「カミソリレンズ」と称される程にピント部分の描写力が魅力の一つ。加えて光の捉え方とボケの素直さ、そしてこの透明度の高い描写はライカが如何にSLレンズへ注力しているかが実感できる1枚。撮っていて本当に楽しくなる一本。日常のあらゆる場面がこのレンズを通す事で違った世界が見えてきます。
夜になりシャッター速度も慎重に。35mmなら少し気を入れて撮影を行えば手振れもかなり抑える事ができます。SLボディとのサイズも丁度良くホールディング性としっかり両立したデザイン。街灯の光の柔らかさが「硬すぎず、柔らかすぎず」性能の高さと表現力のバランスをしっかり纏め上げているのが分ります。ライカが如何にこのSLレンズに注力しているかが窺える1枚。普段使いに35mmはとても重宝する焦点距離。この究極の1本を手にする事に躊躇は必要ありません。
LEICAAPO-SUMMICRON SL50mm F2.0 ASPH.
ここからは『APO-SUMMICRON SL50mm F2.0 ASPH.』をお届けします。こちらもApochromat仕様という事で、パープルフリンジなどの原因になる軸上色収差や、画面周辺部での色の滲みになる倍率色収差をほぼ完全に補正しているレンズになります。既にLeicaからMマウントで同じ明るさ、焦点距離でApochromat仕様のレンズがリリースされていますがそれよりもひと回りもふた回りも大きい本レンズ。その実力はいかほどなのか?35mmも素晴らしかっただけに期待が高まります。
レンズの描写力を見る際に必ずと言っていい程撮るのが水モノの写真です。今回は真俯瞰(まふかん)での撮影でレンズによってはグシャリと曖昧になってしまう被写体ですが、水面の揺らぎはもちろんのこと、タイルのグラデーションなども実にすっきり明瞭でナチュラルな印象を受けます。
金属の質感と共に、光の受け止め方を見てみたかった一枚。露出はハイライトの部分で合わせており、全体的にアンダー寄りな写真です。金属の縁にはフリンジが出そうなものですが、やはり全くと言って言いほど見受けられません…。センサーの良さもあるとは思うのですが、強いシャド-から始まりハイライトに至るまで、幅の広いダイナミックレンジが求められるシーンでも破綻はなく克明に描いています。
広告の目力に視線を奪われスナップ的な1枚となりましたが、絞りを開けた状態から本当に良く写ります。しかし収差を徹底的に補正した事で無味無臭かというとそういうわけでもなく、全体的に程よいウェット感を残し、艶っぽい描写にはライカらしさを感じます。この辺りの絶妙なコントロールが、同シリーズで統一が為されているのもさすがライカといったところでしょうか。
以前どこかのインタビューで見たのですが、昨今のMマウントのレンズを設計する際にはM型ボディのシステムに合わせるべく、7枚くらいのレンズで見てそれぞれのレンズで発生する収差を見ながら足し算引き算を行っているそうです。そしてレンジファインダーというコンパクトネスを追及したシステムに合わせるべく、レンズそのものが大きく重たくならないよう小構成で高性能なレンズを設計していたという事ですが、ライカSLであればM型と比べシステムとしてのサイズが一回り大きくなりますので、設計を行う上でのキャパシティにも余裕が生まれます。限られたリソースの中で最大公約数を生み出してきたライカだからこそ、その制約から一歩解き放たれた時に更なる進化を遂げるのだなと感じます。
起源にして頂点
『APO-SUMMICRON SL35mm F2.0 ASPH.』と『APO-SUMMICRON SL50mm F2.0 ASPH.』の2本立てでお届けいたしました。1950年代に生み出され、長い歴史を辿るズミクロンがライカSLという新しいシステムと化学反応を起こしたのは記憶に新しいところです。2019年現在で35mm/50mm/75mm/90mmがリリースされ、それぞれが撮影者を新たな次元へと引き上げる至高の1本となっています。ライカらしいトーンや柔らかさはそのままに、雑味となる収差を徹底的に抑え込んだヌケの良い描写は、撮影欲求に応えてくれる事でしょう。
Photo by MAP CAMERA Staff