もしこれからライカの始める方に「初めに買っておくべきレンズは?」と質問されたら、私はこのレンズを推薦すると思う。『ズミクロン M35mm F2 ASPH.』、被写体との距離を意識すれば広角寄りにも標準寄りにも写真を見せられる画角と、開放F2の安定感のある描写、そしてコンパクトで主張しすぎない大きさはスナップを得意とするライカMの特性を十二分に引き出してくれるレンズだからだ。
レンズタイトルに“5th”と記載してある通り、本レンズはシリーズ第5世代目に当たる。この35mmズミクロンはライカレンズの中でも非常に面白い歴史をたどってきたレンズの一つで、世代ごとに個性が大きく違い、特に初代から第三世代にかけてはレンズ構成枚数が愛称になっているのが特徴だ。
歴代ライカレンズの中でもトップクラスの人気を誇る初代“8枚玉”。構成がシンプルな対称型6枚に変わり、オールドレンズと現代の描写を併せ持つ第2世代の“6枚玉”。よりシャープな描写と安定感が増した第3世代“7枚玉”。非球面レンズを採用することにより、抜けの良さと高コントラストの描写を見せてくれる第4世代。そして2016年にリニューアルした本レンズ、第5世代である。
この第5世代をわかりやすく説明するならば、第4世代をファインチューニングしたという例えが適切だろう。基本的なレンズ構成は第4世代と同じなのだが、レンズ群の間隔を再検討し、より突き詰めて設計し直したのが第5世代なのだ。さらに絞り羽根が8枚から11枚に変更になり、絞り込んだ時の形状が円形に近い形になったことも変更点の一つ。解像力、階調表現、クリアな描写、コントラスト、そしてボケ味が高次元のバランスで1本にまとめられているのが『ズミクロン M35mm F2 ASPH.』だ。
本レンズは少し絞り込むと驚くほどの解像力を見せてくれる。そして深みのある色彩表現とコントラストが美しい。
ライカレンズを使用して毎回感心してしまうのは逆光時に見せる解像の粘り強さだ。太陽の光で白く飛ぶギリギリのラインまで被写体を結像して写し出しているのがわかる。また、フレアやゴーストといった本来ネガティブな要素まで美しく、写真の味として入れたくなってしまう。
ライカはデジタル全盛期の現代でもモノクロームの写真表現に対し、真剣に向き合っている数少ないメーカーだ。ピント面で見せる緻密な描写と高コントラストが生み出す黒の力強さは、色彩のない世界をこんなにも豊かなトーンで表現してくれる。
開放付近ではピント面の解像力は高いものの、どこか角が取れた柔らかい印象を受ける。そしてジワリと滲むボケ味が被写体を引き立ててくれる。
逆に絞り込めば冒頭の写真のような先鋭でクリアな描写だ。ライカMデジタルの解像性能を最大限まで引き出してくれる力強い描写を見せてくれる。
より開放での深いボケ味と繊細さを求めるのならばF1.4のズミルックスかもしれないが、主題となる被写体の強さを見せるようなスナップを撮るのであれば、私は本レンズをお勧めしたい。『ズミクロン M35mm F2 ASPH.』の力強い描写は、作品にリアリティと存在感を与えてくれるからだ。
被写体の立体感と力強さを感じるスナップ。数々のジャーナリストが開放F2のズミクロンを選んできた理由がわかる気がする。『ズミクロン M35mm F2 ASPH.』の描写は“幻想”ではなく、“リアリティ”なのである。
これはライカMデジタルと本レンズの組み合わせが生み出す芸当かもしれないが、ハイキーやローキーでのギリギリの階調表現が絶妙だ。
ノスタルジックな雰囲気を感じる一枚。このライカレンズ特有の彩度や階調は他のカメラでは表現できないだろう。
数多いライカレンズの中でもこれほどスナップに特化したレンズはないかもしれない。被写体に合わせ思いのままに描写をコントロールできるのが『ズミクロン M35mm F2 ASPH.』である。
『ズミクロン M35mm F2 ASPH.』を一言でいうなら『完璧な35mm』。どんなシーンにも対応出来る安定した描写はスナップをしていて心強く、何よりレンズに信頼感が生まれる。描写は少し線が太くて力強い。主題の存在を見せるようなメリハリの効いた作品にはもってこいの描写だろう。
果たしてこれ以上『ズミクロン M35mm F2 ASPH.』へ求めるものがあるのか疑問に思えるくらい完成度の高いレンズである。もし、一度っきりの出会いを写真に収めたいのであれば、ぜひ本レンズを選んでほしい。『ズミクロン M35mm F2 ASPH.』は決して期待を裏切らない、素晴らしい一枚を切り取ってくれるはずだ。
Photo by MAP CAMERA Staff