あいかわらずこのレンズの描写には目を見張るものがある。オールドの広角レンズは時として甘さばかりが目立ってしまうが、このレンズはデジタルを想定していたのではないかと思わせるほど、そのキレと抜けの良さが際立つ1本だ。
以前レポートした1本ではあるが、珍しいバージョンの個体があるという事で借用した本レンズ。フロントシリアルと呼ばれる最後期に生産されたモデルで、通常レンズの後ろに刻印されているシリアルナンバーが前玉付近に刻印されているのが特徴だ。だから描写が違うかと言われれば、そこはこのレンズの辿ってきた歴史によるものが大きいが、ヴィンテージレンズの1本1本の個体差を感じて頂けるレポートとしてもご覧頂きたい。
金属と錆、デニムと革ジャケット、それぞれを緻密に描写していくこの解像感の高さはこのレンズならでは。周辺光量落ちは盛大に出てくるが、それがかえって中心に集中する様な凝縮感を出す。使いこなすのは難しいが、このレンズでしか出せない味でもある。
この1枚を拡大して、悩んでもらえれば幸い。どこにピントがあるのか、滲むのか、流れるのか。この描写を見てワクワクされた貴方、大いに深みにはまっていらっしゃいます。
では、暴れに暴れ破綻した画になるかと言われればそうではない。ステンドグラス、古い鋳物金具の落ち着いた質感、時代を経た木の質感、どれも静かに端正に描き出している。
暗い中にふっと光の当たっている様なシチュエーションは、このレンズお得意のものと言えそうだ。周辺光量が足りないのなら、そのシェーディングをフィルムプリントの”被い焼き”の様に撮影に生かせば良いわけで、これはレンズとの付き合いの中で自然と得られるものだろう。クォリティも状態もレンズそれぞれ、対話する様にそのレンズを使っていると、そのクセも思わぬ美点となる時が来る。これだからヴィンテージレンズは人を惹きつけて止まないのだろう。
これが”フロントシリアル”、前面にシリアルナンバーが刻印されているのが分かると思う。最後期型のこのレンズは薄いシングルコーティングもなされていた。初めてのLEICA28mm広角レンズとして、1935年から20年近くにわたって作られた本レンズ。それぞれの個性も含めて、付き合って頂きたい1本だ。
Photo by MAP CAMERA Staff