MS-Optics(宮崎光学)MS-MODE-S 50mm F1.3
昨今では様々なオリジナルレンズを手掛けるMS-Optics(宮崎光学)が、初めて手掛けたハンドメイドレンズ『MS-MODE-S 50mm F1.3』をご紹介します。元々は趣味の延長で改造レンズ(マウントの換装等)を製作していた宮崎貞安氏が、若き頃から想い描いてきた“オリジナルレンズの製作”の夢を叶えた記念すべき一作目です。ツァイスのゾナー1.5/50やニッコール1.4/50を元に、自宅のPCでオリジナルの光学を設計し、レンズを収める鏡筒は方眼紙に手書きで線を引いて設計。そして、仕上がった部品を調整しながら全て自身の手で組み上げるという、他が真似することのできない特別なレンズになります。
宮崎氏が求めるのは、オリジナルを超える光学性能とコンパクトな使用、そしてボケ味や残存収差が織りなすレンズとしての味です。生産上、球面収差を過剰補正していると言われている過去のゾナータイプに対し、この『MS-MODE-S 50mm F1.3』は適切な補正量を再設計。レンズをF1.3まで大口径化し、1本1本組み立て時に球面収差を補正して製作されています。開放ではフォーカス部の滲みと背景が暴れやすいオリジナルに対し、繊細で確かな芯をもつ描写です。
ダブルガウスタイプのレンズですと、もう少し量感を伴う輪郭の残ったボケ味になるのですが、ゾナータイプはピント面を抜けた辺りから比較的急速にボケていくレンズが多く、このレンズもトロリとしたボケ味が特徴です。収差も程よく残存しており、最周辺部ではオールドレンズを彷彿とさせる少し渦を巻くような描写に。
F5.6まで絞れば中央解像力はかなりのもの。高コントラストと抜けの良さも相まって、クリアな描写を見せてくれます。開放の醍醐味を味わうレンズではありますが、絞っても本レンズらしい味が失われていない写りに、非常に好感が持てました。
手を繋いだ親子の写真をモノクロで仕上げました。夕方らしい光と影の中に、一筋のフレアがふわりと重なって雰囲気のある画になりました。大口径ゾナータイプらしく、絞り値によるフォーカスシフトが伴うレンズではありますが、ゾナーの描写を存分に楽しめるレンズです。
理想の性能を出すために何度も調整しながらが組み立てるため、1日に2個ぐらいしか組み立てることが出来なかったといいます。しかも自身初のオリジナルレンズだったのですから、相当大変な作業だったことでしょう。当初ロット数200個の予定が180個で完了したと聞いたのですが、180番以降のシリアルを持つレンズも確認出来ているため、おそらく時間をかけて全てのレンズを完成させたのだろうと思います。
これが『MS-MODE-S 50mm F1.3』のフルセットになります。少し大きめの元箱、手書きの説明書(カルテ)、レンズ本体と専用に作られたスリットフード、そしてマウント変換用のコネクター(本レンズではニコンS内爪)が付属します。
ただ仕様が書いてあるだけではなく、一つ一つの個体の特徴に合わせて加筆したカルテとも呼べる説明書。赤字の箇所は全てこの個体のために書かれたコメントです。
今回の撮影で使用したライカスクリューマウントの仕様。製品名にある“DUALSYSTEM”は、本製品にしかない宮崎氏の独創的なアイデアが盛り込まれたレンズでもあります。
レンズ後部にあるリングを緩めると、距離計連動するヘリコイド部が外れて、このように。
そこへ付属のニコンS変換用のコネクターをセット。元々付いていたリングで固定するとニコンSマウントに換装完了です。
今回ニコンSマウントでは撮影していませんが、SPへ装着してみました。ニッコール1.4/50よりも一回り径が大きく、特別な存在感を示してくれます。
一本一本 想いが込められた、ハンドメイドレンズ。
数年前に宮崎氏の工房へお邪魔し、お話を伺ったことがあるのですが、本当にレンズ好きな方で「寝ている時もレンズのことを考えている」と笑いながら話していたのがとても印象的でした。コンタックスGレンズのMマウント改造で知られていた宮崎光学ですが、元々は自身が使うための改造レンズを趣味で製作し、そのうち仲間内からの依頼を受けるようになり、それがどんどん広がって仕事になってしまったと言います。付属されている説明書にも書かれていますが、この『MS-MODE-S 50mm F1.3』は完成までに何度も組み直しが行われるため、ゴミの混入や小キズなどある個体も少なくありません。しかしそれは、自宅の工房でオリジナルレンズを製作するという夢を実現させた軌跡だとも思えないでしょうか。今や世界中のライカファンを魅了する宮崎光学製レンズですが、その第一号とも言える本レンズには宮崎氏の強い想いが込められています。
Photo by MAP CAMERA Staff