P.Angenieux 35mm F3.5 TYPE X1
2024年08月08日
これを記念して創業祭期間中は希少価値の高い商品「PREMIUM COLLECTION」の掲載を強化しています。
今回の「Kasyapa for LEICA」では特別編として近日掲載予定の商品から特に珍しい商品を一足早くご紹介。今回逃したら次いつお目にかかれるか分からない商品です。レア商品の描写力をぜひご覧ください。
今回は『P.Angenieux』より、テッサー型の証である「X」の冠が付いた『Angenieux 35mm F3.5 TYPE X1』をご紹介いたします。
アンジェニュー社のレンズの中でも35mmといえばレトロフォーカスタイプ「R」シリーズの『Angenieux 35mm f2.5 R1』が代表格であり、以前にもKasyapa for Leica にて取り上げた事がありますが、今回ご紹介するのは流通数の少ない35mmテッサー型のなかでも希少なLマウントタイプの『Angenieux 35mm F3.5 TYPE X1(ライカL)』 です。
Angenieuxならではの柔らかさだけでなくテッサー型ならではの堅実な写りも楽しめる本レンズ。
被写体や光の状況で表情を変える描写を是非お楽しみください。
『Angenieux 35mm F3.5 TYPE X1』は1940年~50年頃に市場に登場したレンズで、アンジェニュー社が製造したレンズとしても初期のタイプとなります。
アンジェニューと言えば「レトロフォーカス」が有名ですが、発案されて実際に市場に流通し始めたのが1950年過ぎですので、レトロフォーカスレンズが生み出される前に製造されていたレンズといえます。
1940年代に製造されたレンズはいくつかありますが、コンパクトなサイズの物が多く、本レンズについても「80g」と非常に軽量なレンズです。レンズの重量は実際に測量したものですが、様々な情報を見てみると異なる重量の記載がされていたりと、材料が違うのか、はたまたその情報が誤っているのか気になってしまいます。このような流通数の少ない個体の正確な情報は、やはり実物を手に取って使用してみるに限ります。他個体を使用する機会があれば重量を測ってみたいものです。
本体が非常に軽量なため、重さを気にすることなく持ち歩きながら撮影を行う事が出来ました。
35mmという焦点距離もありスナップ撮影にも向いていて、気になった被写体に対して大胆にアプローチすることが出来ます。
テッサー型ではありますがカリカリに解像するわけではなく、アンジェニューらしい柔らかな描写。
その優しい描写のなかにもしっかりと芯が存在するのが本レンズの大きな魅力。
シャッターを切るたびにその雰囲気にうっとりしてしまいます。
少し絞ることで解像力もグッと上がり、細い線までしっかりと描き出します。しかしながらビルのガラス面を見ていただくと分かると思うのですが、何とも言い難い優しい質感。
一枚の写真の中に様々な質感を感じ取る事が出来ます。
本レンズの特徴の一つである「テッサー型」についても少しだけ触れていきます。
Carl Zeiss社のレンズ設計士Paul Rudolph(パウル・ルドルフ)氏が3群4枚構成のレンズ、テッサーを生み出したのが1902年。
従来のトリプレット型(レンズ3枚3群で構成)と比べ高性能でありながら生産もしやすかったことがあり、大人気を博しました。
その後1920年頃には特許の有効期限が失効し、ライセンスを持たずとも生産できるようになり、様々なメーカーがテッサー型のレンズを市場に送り出すことになります。(参照特許資料:US721240A)
テッサー型を採用したLeica 初代「Leitz Elmer 5cm f/3.5」も1920年代半ばに生み出されており、この辺りも深く関わっているのかもしれません。
テッサー型はなんといっても描写力の高さが特徴の一つ。中央部は特に描写力が高く、釣り人の写真を拡大していただくと分かるのですが、網目や餌のカニのまで見事に解像されています。
テッサー型の特徴として湾曲の少なさも挙げることができ、本レンズも歪みがなくスッと綺麗な横線が描かれます。
縦、横のラインが入ったような被写体や、地平線を意識するような構図でも臆することなくシャッターを切ることが出来ました。
本レンズが誕生した1950年前後には日本国産である「Nikon W-NIKKOR 3.5cm F3.5 (1948年)」や「Canon Serenar 35mm F/3.5 (1950年)」など、同様のスぺックを持つレンズが生み出されています。これら日本産のレンズも優秀で非常にシャープに写るのですが、少し硬すぎるような印象を抱きます。
その反面『Angenieux 35mm F3.5 TYPE X1』はシャープながらも優し気な雰囲気を残しており、唯一無二の写真を生み出してくれる存在として記憶に残る一本となりました。
柔らかな写りは穏やかな休日の雰囲気を映し出しているようです。
アンジェニューのレンズと言えば逆光時の特徴的なフレア、ふんわりとした描写を連想することも多いのではないでしょうか。
筆者は「Angenieux R11 28mm f3.5」を所有しており、アンジェニューの逆光時の描写が元々好みではあったのですが、今回使用した『Angenieux 35mm F3.5 TYPE X1』のフレアの発生傾向には度肝を抜かれました。
光源周りに発生するフレアはうっとりしてしまうほどに綺麗でありながら芯はしっかりと残っている描写。思わず見惚れてしまいます。
ビルのガラスに反射する太陽の光が葉の間から零れ落ちます。
日中の直射日光は強固で強烈な光ですが、木漏れ日となることでリアルでは柔らかな光に感じます。
通常のレンズではこの木陰で感じる柔らかさは表現することができなかったでしょう。
それでいながら葉の透明感、コントラストも大きく低下することなくしっかりと維持されており、中央部の葉においては葉脈1本1本鮮明に解像されています。
夜景撮影においても光源のフレアを活かして幻想的な写真を撮影することが出来ます。
特徴的なフレア効果は動画撮影で人気を博したブラックミストフィルターに近しいと言えるかもしれません。
長らくAngenieuxは動画用のレンズとしても有名なメーカーですが、本レンズで撮影する動画作品も一目見てみたいと思わせてくれる描写傾向です。
逆光時の柔らかいフレアは大きな窓から差し込む光を幻想的に醸し出し、優雅な階段がより一層品位を持っているように感じます。
1900年以降日本でも多くの洋館が建てられましたが、それらの様式と本レンズの相性は非常にマッチします。本レンズを相棒に日本の洋館を巡るというのも面白いかもしれません。
35mm F3.5という単焦点レンズとしては決して明るい部類ではありませんが、前ボケを活かしてより立体感のある写真を撮影することが出来ます。
少し癖のあるボケが出てくるのかと思っていましたが、素直なボケで様々なシーンで積極的に使えそうな描写です。
このレンズの面白いところは、特に中距離~無限遠において強い光源の周りにふわっとしたフレアが生じるところですが、前ボケを取り入れようと光源を近づけると綺麗な丸ボケとなり、大きなフレアが発生しないのです。光量によっても変化がありそうで撮影しながら色々とトライしたくなってしまいます。
前ボケを入れつつピントが来ている被写体を主張したいとき、想定以上にフレアが発生してしまうと写真全体がボヤけてしまうのではないかと思っていたのですが、良い誤算でした。
口径食もあまり気になることなく、先述した通り素直なボケのように感じます。
本レンズの最短撮影距離は1mとこの時代のレンズとしてはごく一般的なスペック。F3.5という口径もあり大きなボケは期待できませんが、最短撮影距離まで被写体に寄る事でボケを活かした立体感のある写真を撮る事が出来ました。
後ボケは線が少し太く感じますが、F値を考慮すると標準的かと思います。
テッサー型らしい安定したボケみで癖もなく、前ボケ同様に安心して撮影することが出来そうです。
フランスのレトロなアイテムが揃うマルシェを見つけました。
レトロな雑貨とふわっとした本レンズの描写の相性は抜群。ブリキの缶やビンの質感を描写しながらも、ふんわりとした特徴的な描写によって懐かしい雰囲気が醸し出されています。
口紅が特徴的なショーケースに向けてカメラを構えると、特徴的なフレアが発生していました。写真に活かすべく被写体を囲むように構図を変えて撮影。
色々と試してみたところ、強い光が斜めに入ってくる環境下において虹色の特徴的なフレアが現れます。個体差によるものか本レンズ全般の特徴なのかは、参考となる作例が少なく判断が難しいところではありますので、同様のレンズの他個体を撮影する機会に恵まれたら是非試してみたいものです。
この時代のアンジェニューのレンズはノーコーティングであるという情報もありますが、私が使用したレンズについては1群および3群のレンズに淡く青色の光が反射するので、何かしらのコーティングがされているように思えます。中央のレンズはノーコーティングのように思えますので、これらのレンズの表面の反射によって特徴的な虹色のフレアが発生しているのかもしれません。
氷川丸は1930年~1960年まで運行されており、本レンズの製造期間ともちょうど被るタイミング。
1940年頃にはカラーフィルムが世に誕生していましたが、1960~70年頃までは主流はモノクロフィルム。当時の撮影環境に浸ってみるべくモノクロモードで撮影しました。
モノクロでの描写はカラーに比べるとより一層柔らかさが増し、まるで当時の情景をタイムスリップして撮影したかのような一枚に。カラーも本レンズを余すことなく楽しむことが出来ますが、モノクロはまた違った表情を見せてくれます。
窓から差し込む柔らかな光がふんわりと室内全体を包み込みます。
カラー撮影を行っているとき、この特徴的なフレアはモノクロ撮影においても効果的なのではと思っていましたが、いざ撮影してみると息をのむような描写に心打たれます。
普段あまりモノクロの撮影を行わないのですが、この描写を経験してしまうとモノクロからカラーに戻れなくなってしまいそうです。
天井に吊り下げられた洋館のシャンデリア。
最初カラーで撮影してみたものの、電燈のオレンジ光と天井の色が同調してしまい立体感に欠けてしまったのですが、モノクロで撮影することでイメージ通りに撮影することが出来ました。
シャンデリアの光の周りに柔らかなフレアが生じているだけでなく、天井が照らされて光が反射している部分にもふわっとフレアが生じたことで優しい光の雰囲気を伝えてくれます。このような表現も本レンズならではと感じました。
大きな窓の前に佇むソファー。
この構図をモノクロで撮影したら…仕上がりを想像するだけでワクワクしてしまう心を落ち着かせ、丁寧に露出を合わせシャッターを切りました。
窓ガラスにかかる白いレースとソファーの細く繊細な質感、差し込む光が本レンズの特徴である程よいフレアでふんわりと写真に溶けています。
まるで映画のワンシーンのようなドラマチックな一枚に。肉眼では味わえない世界観が広がります。
余談ではありますがコントラストや露出などは一切調整していません。撮って出しでこの世界観を作り上げてくれるレンズは唯一無二と言っても過言ではないでしょう。
繊細さと、軽やかさと、柔らかさの調和。
アンジェニューならではの柔らかな描写とテッサー型というレンズ構成が合わさって描き出す唯一無二の画。描写だけでなく80gという驚異的な軽さと市場にあまり出回らない希少性という点においても、卓越した存在であることは間違いありません。
現代のシャープで抜けのある描写のレンズや、本レンズが世に出回った時代に開発された数々の大口径レンズの孤高な描写も魅力的ですが、本レンズの描き出す空気感に一度触れてしまうと病みつきになってしまいます。
ストリートスナップレンズとしても最適。常にカメラに装着しても苦にならないサイズ。シンプルで癖のない操作性も相まって日常使いにもピッタリです。
希少性という点においてコレクション用としての価値もありますが、個人的には思う存分撮影して描写を楽しんで欲しいと思います。
レンズの描写と向き合い、一枚一枚どのような画が生まれてくるのか想像しながらシャッターを切る。そして実際に描き出される描写に虜にされる。そのような体験をさせてくれたレンズでした。
光を魔法のフレアに。ぜひ使ってみてください。
Photo by MAP CAMERA Staff