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Carl Zeiss Ultron 50mm f1.8

[ Category: M42星雲|掲載日時:2009年05月21日 17時20分]

■Carl Zeiss Ultron 50mm f1.8

 誤植ではありません。今回ご紹介するのは、「カール・ツァイス」の「ウルトロン」です。
……というお断り文章からしていきなりマニアックな感じですが、本当なので仕方がありません。
 どこが変かというと、「ウルトロン(Ultron)」というレンズは、本来、フォクトレンダー・ブランドの代表的レンズのひとつなのです。コシナ社による21世紀のフォクトレンダーにもウルトロンはもちろん存在し、M42では40ミリf2という扱いやすそうなパンケーキ型レンズとして発売されたのが記憶に新しいです。
 しかし、何度でも言いますが「ツァイス・ウルトロン」です。この変さをクルマで例えるなら、「トヨタ・スカイライン」なんてのが存在しているようなもので……余計わかりづらいですか?
 そもそも、ツァイスとフォクトレンダーでは、製品の命名法が異なっています。ディスタゴン、ビオゴン、プラナーなど、ツァイスがレンズ・エレメントの構成や特徴を元に名を与えるのに対して、フォクトレンダーは、ウルトロン(「極限の=ウルトラ」から)をはじめ、ダイナレックス(ギリシア語の「力=ダイナ」から)とか、プロミネント(「卓越」の意)、ベッサ(英語で言う「ベター」)等、どこかまぶしげな、いわば自社のレンズやカメラを自分で絶賛しているかのような美称から名前が考案される傾向があります。そこからしても硬派な感じのツァイスが自社のレンズに「ウルトロン」という名前を付けるわけがないんですが……。
 それが、現にあるので困ってしまいます。「カール・ツァイス ウルトロン」。50ミリでf1.8です。

 1950年、フォクトレンダーのレンズシャッター・カメラに搭載されたのが、ウルトロンが世に出た最初だそうです(50ミリf2)。
 開発者はトロニエ博士という方だそうで、シュナイダー・クロイツナッハのクセノンを開発した方でもあるらしいということを聞けば、標準レンズ好きはひれ伏さずにはいられない御大です。ウルトロンというトロみのある部分には、もちろんこのハカセのお名前が引用されているのであろうと筆者は勝手に想像しています。
 もちろん、輝かしい名前と出生だけでなく、その性能は当初から賞賛を浴びたということですが……現代に至るまでのウルトロンというレンズの歴史を紐解いてみると、なかなかどうして、名玉としての約束された道のりというよりは、山あり谷ありの物語があるようです。

 このツァイス・ウルトロンの存在は、その物語を読み解くキーのひとつを秘めていると言っても過言ではありません。
 1960年台後半。神聖ローマ帝国時代から存在する世界最古のカメラメーカー、フォクトレンダー社は存亡の危機に立たされていました。その影には、はるか極東の島国から押し寄せてくる、良質かつ廉価な製品の影響も色濃くあったと聞きます。
 このまま滅びてしまうのか。フォクトレンダーが選んだのは、ツァイスとの融合という道でした。昨今、日本でも企業買収や合併が相次いでいますが、これと似たような空気が当時のドイツにあったと言えば想像しやすいのではないでしょうか。
 1950年台後半にはフォクトレンダー株の多くをツァイスが掌握していたとされ、65年にはツァイスイコン・フォクトレンダー社が誕生。フォクトレンダーは正式にツァイスの一部となって歴史にその名を残すこととなったのでした。

 この頃発売された記念碑的な製品が「イカレックス35(S)」という一眼レフです。極東の島国に負けてられるかというような意気込みを持っていたことが伺える、質実剛健なドイツらしいカメラでした。
製造販売元がなんてったって「ツァイスイコン・フォクトレンダー」ですから、当然ツァイスとフォクトレンダー双方からレンズが供給されます。ディスタゴン、スコパレックス、テッサー、そして、明るい標準レンズとして、ウルトロンのリリースが決定(※1)。何ともそそるラインナップですが、ウルトロンに関しては実は一筋縄ではいかなかったようです。
 というのも、そもそも一眼レフ用のレンズではないウルトロンを引っ張り出し、「新しい一眼レフ出すからそれで使えるようにしなさい、それもツァイスイコン・フォクトレンダーなんてすごい名前で出すんだからアナタ、もちろん下手なものは作れないよね。名玉ウルトロン、やるしかないよね。というか、やれ。」……と、上層部が言ったのかどうか知りませんが、当然そういうことになったのでしょう。
 もうちょっとゲルマン民族的な叙情が含まれたかもしれませんが、まあそういう雰囲気を漂わせておいてハナシを進めます。プロジェクト・ウルトロン、です。
 開発に携わる現場の人たちは知恵を絞りまくり、連日徹夜をし、水代わりのドイツビールも喉を通らず、過労で身体を壊し、奥方様のほうから三行半を突きつけられたりしたかもしれません。それでも、さすがはマイスターの国ドイツ、彼らはこの困難を世にも大胆な発想で克服し、ウルトロンを見事一眼レフ用に転生させて見せたのでした。

 このウルトロンの外観には、その努力と機転の痕跡がありありと見て取れます。
 もちろんドイツという国はクルマでも飛行機でも兵器でもなんでもそうですが、頑張るとちょっとヒネってしまう傾向があり、フィルターがネジではなくて専用バヨネット式だったり(おかげでフードやフィルターが全部専用化してしまい、レアものです)、妙に凝った絞り機構が内蔵されていたり(羽根の組み合わさり方が複雑怪奇で修理が大変そうです)、未来を見越した開放測光用機構が付属していたり(ニコンF3のAF接点みたいです)、マニュアル絞りに切り替えられなかったり(そして絞り込みレバーがレンズに付属していたり)……とかしますが、見るべきところはレンズです!
 それも最前面レンズ。何と、凹んでいるのです。おかげでコーティングの輝き方も他のレンズとは少し変わって見えて、一種独特な雰囲気を宿しています。この最前面の凹レンズこそが、まさしくツァイス・ウルトロンの隠しようのない秘密です。

 本来、5群6枚のレンズ構成だったウルトロン。そこに一枚凹レンズを追加して6群7枚とすることで、「彼ら」は、ウルトロンを一眼レフ用の標準レンズとして仕立て上げることに成功したのでした。今でこそさまざまな特殊レンズが豊富に使われるようになりましたが、この時代のものではかなり珍しい例ではないでしょうか。歴代の他のウルトロンとも異なっているので、好事家の方々は特にこのレンズを「凹みウルトロン」と呼んで珍重しています。
 ヘコミウルトロン……。得体の知れないレトロレンズにお札をはたいて、これでどうしようもない写りだったりしたらウルトロンばかりか筆者もへこむところですが、ヘコミウルトロンにそんな心配は無用です。その実力は、手元に いつの間にか増殖してしまった標準レンズの群れの中でもトップクラスだと筆者は思います。
 かつてのf2からf1.8へ、最短撮影距離も45センチへと、およそ一眼レフ用標準レンズとして不便がないだけの性能にまでチューンアップが施され、一方では、見ての通りのユニークな外観や構成、コンパクトながらずしりとした重みがあるところなど、古き良きモノの魅力も色濃く感じさせてくれます。
 困難に挑戦した弾みで色物を作ってしまうというのではなく、こうした傑作にしてしまうところ、ドイツという国の恐ろしさを垣間見たような気分になります。

 そんなツァイス・ウルトロン。1967年の作。
 ……しかし、こんな魅力的なレンズを導引しても、激動の時代はその流れを変えはしませんでした。
不況はすでにドイツの光学メーカー全体を呑み込んでおり、そこから脱することができなかったツァイス・イコンは、フォクトレンダーを吸収した直後と言える71年にカメラ事業からの撤退を決めざるを得なくなってしまったのでした。
 そして、フォクトレンダーとウルトロンはまた旅に出ることになります。かつて己の身の内から独立していったローライに譲渡され、新たな一眼レフ用の標準レンズとしてウルトロンがリリースされることとなるのです。

 この一眼レフは前述のイカレックス35の次バージョンと言える、ツァイス・イコン最後のカメラ「SL706」……をさらにマイナーチェンジさせた「VSL-1」。そしてその標準レンズとして担ぎだされたウルトロンは印象的な凹レンズを外され、シンガポールという地で南の海を見つめたのでした(※2)。

 ……そして、さらにそれから三十年。ウルトロンの旅はまだ終わってはいません。今度は、かつて自身の運命を大きく変えた極東の島国で、最新の技術と解釈の上に生まれ変わり、その素晴らしい性能で喝采を浴びています。

 混乱期、あるいは暗黒時代とも呼べる年表の上に現れたこのツァイス・ウルトロンとは、長いウルトロンの旅路の中でもたった数年間だけの、きわめて過渡期的な変身だったと言えるでしょう。
 その誕生と消滅に、我々日本という国と民、その発展が無関係ではなく……むしろ大きく関わっているのだという歴史的事実。
 その、いかにも光を吸い集めそうな凹んだ最前面レンズには、繊細さや鮮鋭さと同時に、儚さ、脆さまでもが写り込むように感じられてなりません。

(※1)イカレックス35Sには、TM(スレッド・マウント=M42スクリュー)のほかにBM(バヨネット・マウント、スピゴット式)のタイプも存在します。開放測光のことを考えるとこちらの方がメインだった可能性がありますが、どうしてBM一本に絞らなかったのか不明です。しかし、ボディと運命をともにせざるを得なかったBMに対し、M42マウントのTMはその汎用性の高さから有意でありつづけ、今日のデジタル一眼レフにまで用いることができます。

(※2)このVSL-1用のウルトロンは、「カラー・ウルトロン」というのが正式名称です。ただ単に凹レンズを取り外したものではなく、外観やコーティングも大きく違い、構成に至っては、ツァイスがかつてローライの一眼レフ「SL35」用に供給していたプラナーと一緒だという説があります。すなわち、ウルトロンだけどプラナー。フォクトレンダーだけど、中身はツァイス。しかしこちらもウルトロンの名に恥じない良いレンズだということで、近年価値が急上昇し、入手自体も難しくなりつつあります。



Carl Zeiss Ultron 50mm f1.8
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