ハッセル1600の巻 | THE MAP TIMES 
Select Language



ハッセル1600の巻

[ Category:HasselBlad|掲載日時:2009年03月06日 16時41分]






1948年にニューヨークでレンズ・ファインダー・フィルムマガジンが交換できる世界最初の6x6判一眼レフカメラが発表されました。
カメラの名前には、そのカメラを造リ出した「Victor Hasselblad」という人の名前が付けられました。
レンズ・ファインダーを始め多くのアクセサリーも充実していて、このカメラが発表された時はプロ、ハイアマチュアから多大な支持を受けたそうです。
発表と同時にこのカメラは注文が殺到し多くの注文もはいってみたいですが、カメラのトラブルが多く返品も多くあったようです。返品されたカメラの一部は修理して戻されたようですが、ほとんどは廃棄処分され、1980年代、ハッセルブラッドの記録によると総生産台数約3,631台の内「2,859台が残っているはず」という記録もあるようなのですが、それも30年も前の話なので実際現存する台数、そして実際に撮影できる状態にあるカメラは、一体何台残っているんでしょうかねぇ・・・



Hasselblad



現在ハッセルブラッド用のレンズとしてはカールツァイスのレンズが一般的ですが、このカメラを製造していた頃のレンズ供給はコダックが行っていました。レンズのラインナップとしては標準のエクター80mmF2.8をはじめ、ワイドフィールドエクター55mmF6.3、エクター135mmF3.5にエクター254mmF5.6というものがあり、外装もアルミニウム鏡胴でカッコよく・・・ これらも間違いなく現在作ったら売れないでしょう。高くて。

 もちろん、デザインだけでなくその描写もすばらしく、私個人の意見ではありますがカールツァイスのレンズと違う点はそのシャープネスにあると思います。ツァイスレンズは解放でもピントのあった部分に関しては
ツァイス独特のビシッとした線が出るのに対し、コダックの場合開放で撮影した場合なんとも言えないやわらかい描写が得られます。しかし、これはあくまで個人的な意見です。レンズの状態にもよると思いますし使用するフィルムによっても得られる質感は多少違ってくると思います。それよりも実際に使えるボディがはたしてどれだけ残っているのか見当も付かず、万一修理に出すとしても、まぁ世界中を探せば数件は見つかるでしょうがお代金の方は覚悟して頂いた方がよろしいかと思われます、はい。なにせ、半世紀前の機械を修理しようとなされているわけですから、同じ年代のロレックスやベンツを修理するのと変わりない感覚でよろしいんじゃあないかと思います、はい。

HasselbladHasselblad




というわけでして、肝心のボディがなかなか見つからないので、アダプターを作ってもらってペンタックス645や35mm判一眼レフボディに取り付けて使っておられる強者も見かけたことがあります。
それから、これはスゴイ!と思ったのが、そのフォルム。現行の503CWと比べてもそのデザインに殆んど変更のないことに驚かされます。1950年代にすでにその殆んどが完成されていたわけなんですよ。
別のカメラですがSWCに使われているビオゴン38mmレンズも、最終機である905SWCまでコーティング以外は殆んど変更はされなかったそうです。「物」を作るうえで、これ以上ない、理想のカメラなのでしょうか。



HasselbladHasselbladHasselblad




~ハッセルブラッド 1600Fができるまで~


1887年
F.W.ハッセルブラッド社という親会社に写真部門を設立。 ハッセルブラッド製のボックスカメラの販売を行う。
(名前はハッセルブラッドですが実はカメラ自体は他の会社でつくってたみたいです)

1908年
写真部門の発展にともないハッセルブラッド フォトグラフィスカ社が設立。
スウェーデンにおけるコダック製品の総代理店になる。

1941年
第2次世界大戦始まる。スウェーデン空軍より偵察カメラの依頼を受ける。
1941年より1945年にかけて342台の偵察カメラが納入される。
(その時納入されたカメラはレンズとマガジンがすばやく交換できるという特徴をもっていました)

カメラ以外にも経営向上の為に装飾を施した飾り時計の製造もしていました。
(ちなみに時計の名前は「EXAKTA」という名前だったみたいですね。ん?エギザクタ?)

1948年
ハッセルブラッド 1600F 発表。

VICTOR HASSELBLAD
1600F (1948年発表、1949年~1952年迄製造)
総生産台数: 約3,631台
形式: フォーカルプレーンシャッター式一眼レフカメラ
シャッター速度: B、1~1/1600秒
重量: 1,350g




[ Category:HasselBlad|掲載日時:2009年03月06日 16時41分]



≪前の記事 記事一覧 次の記事≫

Vol.1 ~Summicron 50mm F2 1st~ 【新元号令和、平成を振り返る】Leicaで撮るということ 2019年04月18日
平成も終わりかぁ。と思い 数年前に書いたブログを思い出しました。 【SONY】Leicaで撮るということ 当時はα7が発売され、 マウントアダプターでどんなレンズも付ける事が出来る。 という事に感激していた記憶があります。 Leicaで撮るということ、と書いておきながらカメラはSONYなんですが笑 Vol.1 ~Summicron 50mm F2 1st~ Vol.2 ~Summarit 50mm F1.5~ Vol.3 ~Summilux 75mm F1.4~ Vol.4 ~Summar 50mm F2.0~ Vol.5 ~Summarit-M 90mm F2.5 6bit~ Vo...
続きを読む
EOS620+EF 85mm F1.2L USM 【新元号令和、平成を振り返る】平成元年生まれのレンズと私 2019年04月17日
平成、それは FUJIFILM SUPERIA PREMIUM 400 平成、それは 私が生まれてから今に至るまでの全ての時間。 筆者は平成元年(1989年)9月生まれです。 私にとっては、景色や音楽、今までの記憶全てが平成そのものです。 平成の最後に、自分が生まれて最初に住んでいた街へ出かけておきたいと思い、 筆者がお供に選んだのがこちらです。 「Canon EOS 620」。 CanonがEOSを投入したのは1987年、 筆者が生まれた時、平成が始まった頃にはすでにEOSは世に登場していたのです。 このEOS 620...
続きを読む
【新元号令和、平成を振り返る】My Style Welinagara 【新元号令和、平成を振り返る】続・私だけの色で 2019年04月16日
自分が生まれた年号が終わろうとしている。 その事実に、未だに実感がわきません。 「ひょっとすると、平成はこれからも続いてゆくのではないか」とすら思っています。 ああ、今気が付きました。私は「平成」が好きだったのだと。 毎朝泣きながら保育園に行き、小学校のカレー早食い競争で一位をとり、中学校で初恋をし、高校でクルマに憧れ、社会人になってカメラを始めて…。 私の時間は、ずっと平成でした。 「新元号令和、平成を振り返る」というタイトルで連載しておりますブログ、今回のタイ...
続きを読む
【新元号令和、平成を振り返る】Canonの名機5D MarkIIと世界を歩く 【新元号令和、平成を振り返る】Canonの名機5D MarkIIと世界を歩く 2019年04月15日
スイス ゴルナーグラート展望台 新元号『令和』を迎えるにあたって、平成を振り返る。 遡るは10年ほど前、今回は私が平成20年ごろに練り歩いたヨーロッパの写真を振り返ります。 私の愛する名機『EOS 5D MarkII』とレンズ数本を抱えて3ヶ月間ヨーロッパ一周、12カ国の旅へ出発。 その時は若くまだお金がなくレンズはサードパーティでしたが、 EOS 5D MarkIIが私の旅路をしっかり記録してくれました。 オーストリア ザルツブルグ 映画サウンドオブミュージックの舞台として知られ...
続きを読む
【SONY】RX0 II「手のひらサイズの本格派4Kカメラ」 【SONY】RX0 II「手のひらサイズの本格派4Kカメラ」 2019年04月14日
手のひらサイズの1.0型センサー搭載カメラ「RX0」が更に進化してII型として新登場しました。 今回撮影した映像(4K再生可能です) 撮影設定:PP7「S-Gamut/S-Log2」/ATOMOS SHOGUN収録 カラーグレーディング済み 新たに可動式液晶・4K動画の本体内記録・電子手振れ補正などに対応。外観レビューや使い方は既にメーカーサイトや様々なメディアで取り上げられているので、今回はRX0 IIの4K性能を最大限引き出すべく、外部レコーダーを使用して4Kのテスト撮影を行いました。 小型が魅力のカメラで外部収録を...
続きを読む

[↑TOPへ戻る]