SMC TAKUMAR 35mmf2 , SMC TAKUMAR 28mmf3.5
タクマーです。
様々な国籍、色々な個性のレンズと総当たり戦を繰り返し、「まるで交換レンズのワールドカップだ!(時事ネタ)」などと、四年に一度と言わず、毎日勝手にエキサイトしているようなM42マウントライフですが、ここへきて今さらタクマーが欲しくなるこの気持ちとは、一体何なのでしょう。
いや、筆者はいたって冷静で、その上でこんなことをあえて言い放ちますが、タクマーに抱くこの期待とは、「良いレンズで気持ちよく写真を撮りたい」という、ごく単純かつマジメな気持ちのあらわれなのではないでしょうか。
今回ご紹介するタクマー二本に関しては、M42マウントレンズにありがちな一発芸や現代にあるまじき特性を狙って欲したのではなく、日々写真を撮り続ける上で使い勝手がよく、味わい深く写るレンズが欲しくて選択肢にのぼり、入手に至ったものです。
・SMC TAKUMAR 28mmf3.5
街中でのスナップでは、広角レンズが多用されます。
建物を撮ったり、狭い路地や人ごみで撮ることが多いというのもありますが、速度としてもできるだけ素早く、周囲に迷惑をかけないようスマートに行うのが理想です。
レンズの被写界深度が深ければ、さほど厳密にピントを合わせる必要もなくなるわけで、28ミリ以下の広角域では周囲の三次元空間ごとえぐり取るかのように撮っていくことができます。
背景の美しいボケが、なんていうことにあまりこだわらないのであれば、オートフォーカスを上回る速度を実現できるはずです(余談ですが、こういうことをしていたせいで、初めて「ハイスピードレンズ」という言葉を聞いた時、20ミリf4クラスを指すのだと間違えて恥ずかしい思いをしたことがあります)。
また、足で稼ぐような撮影スタイルだと、開放f値が極端に明るいことよりも、どれだけ機材をコンパクトにまとめるかの方がはるかに重要な要素になってきます。レンジファインダーがスナップにおいて有利とされる理由のひとつでもありますが、もちろん一眼レフでも好適なものがあります。
今回のSMC(スーパー・マルチコーテッド・)タクマー・28ミリ/f3.5が、古いながら、まさにそういう目的のために存在しているレンズです。
もう、ここは断言です。さすがに後出のパンケーキ気質なものには負けるかもしれませんが、この時代特有とも言える全金属製の堅牢さを備えつつ、無駄のないすっきりとしたコンパクトさが、いかにもうまくまとまっているという感じを外観からも伝えてきます。
世に出たのは1971年とのことですが、この時代の一眼レフ用広角レンズというと、俗に言うレトロフォーカス型の古い典型のような、前玉が大きく、かさ張る上に目立つフォルムのものが多く、28ミリ以短ともなると、コンパクトなレンズは探してもなかなか見つけることができません。
もちろん前玉の大きい広角レンズも、いかにも広角という感じがして好ましい場合があり、例えばツァイス・イエナのフレクトゴン20ミリなどは、その独特な存在感と安定した性能において、手放せない一本です。
それらに比しての、このSMCタクマー28ミリですが、口径も49ミリとごくごく普通で、携行に便利な点では他の追随を許しません。
数値的な開放f値こそ、ちょっとだけ冴えない印象を持たれてしまうかもしれませんが、ここであえて2.8以上クラスの図体のでかいレンズを作らなかったことに、当時の旭光学の強いポリシーと、この28ミリ/f3.5に対する自信を感じられるような気がします。
……しかしまあ、我々庶民にとって何よりありがたいのは、入手しやすい中古価格と玉数の多さで、もちろんそこから考えれば、このレンズの性能は、流通価格のはるか上を行くグレードであると筆者は思います。
ついペンタックスのKマウントの28ミリ(SMC-M 28ミリf2.8など)と比較してしまいますが、後発のものがしっかりと丹念に細部を描写するのに対し、タクマーはどこか柔らかみがあって、モノクロのシャドウやハイライトの出方にも違った味を感じることができます。
旭光学が誇ったSMC(スーパー・マルチ・コーティング)の賜物か、逆光時でもゴーストやフレアが出ることが少なく、余計なアクセサリなしで、つまりは本来のコンパクトさのままで十分活躍してくれる、とても優秀なレンズです(とはいえ、このレンズ用の金属角フードはかっこいいので、好きです)。
一方、SMCタクマー・35ミリ/f2の方は、少々注目度の低いレンズかもしれません。
その理由を推測してみると、まず、兄弟レンズとも言える35ミリ/f3.5(28ミリ以上にコンパクトなレンズ)の方が価格も安く、一般的だというのがひとつ。
もうひとつは……こちらの方が決定的な原因なのですが、強いレンズ焼けを発生する性質から、まともな個体が見つかりにくいということがあるのではないかと思われます。
この時代のレンズには、ガラスに希土類元素を含んでいるものがあり、時の経過とともにこれが変質、黄色や飴色のような色に変色してしまいます。
微量ながら放射線を発しているものもあり、測定したわけではありませんが、このレンズももしかするとそういう「アトムレンズ」なのかもしれません。
筆者の所持している個体も、使用感はそう多くはないものの、レンズが見事な飴色に変色しているために難あり品として格安で叩き売られていたものでした。
こういう点がありますが、ここでひとつ、魅力的なレンズであるのだということをプッシュさせていただきたいです。
まるで中望遠レンズのような細長い形をしていますが(実際、105ミリf2.8とそっくりです)、これも実にタクマーらしいコンパクトさを守っていて好感が持てます。
f2の明るさと余裕のある操作部のおかげでピントあわせが容易で使い勝手はとても良いです。最短撮影距離は40センチ。
またもやフィルター径が49ミリであるので、これと上記の28ミリを一緒に持ち歩くとするなら、フィルターやキャップ(筆者においてはフードも)を使い回しでき、より荷物を減らして軽快に動けます。
レンズ変色の影響を簡単に言い表すなら、カラーで撮った場合、昼でも夕方のように写ります。
惜しいところですが、もちろんモノクロで撮るなら問題はありません。
絞りを開け気味で撮った時の、一昔前のレンズらしい、光がにじんだような描写(個人的には、こういった特徴が時に写真に生々しさを与えてくれるような気がして、むしろ愛着を感じます)を楽しむもよし、ちょっと絞って、35ミリという画角らしい、ゆがみの少ない端正な写りを楽しむも良し、です。
ボケの印象に関しては個人個人違うものだと思っていますが、比較的落ち着いていて、きれいに撮れると思います。
便利な時代になったもので、M42の汎用性の高さを活かしてデジタル一眼レフで撮影すれば、ホワイトバランスを調整して無事なカラーを撮ることも可能です。
そうでなくとも、デジタルフィルターなどでわざわざ色を偏らせたりして遊ぶ昨今。このレンズの色のまま撮影して、どこかレトロっぽい色合いをかもし出してみるのも、ダメだという理由の方が思い浮かびません。
変色していると諦めないで、一度試してみるのも良いのではないでしょうか。味があってちょうど使いやすい標準レンズとして活躍してくれるかもしれません。
かつて、これらはありふれ、何の変哲も無いレンズとして扱われていたのかもしれません。
しかし、今はタクマーをタクマーとして使うことのできる時代です。
カメラ雑誌のバックナンバーを読んでいて、たまたま関連する特集があると、著名な写真家諸氏が、「初めて使ったレンズだ」とか、「ずっと気に入って使っていた」とか、去りし良き日を振り返っている記事に出会えることもあります。
ありふれていたからこそ、日本の写真表現の一角を支え、底上げしたと言っても決して過言ではないのが、これらタクマーレンズたちだったと言えるのではないでしょうか。
実際、他のキワモノや海外モノにひとしきり浮気(?)してからタクマーに戻ってくると……そう、自然にそう書いてしまいましたが、「戻ってきた」というような安心感を感じることができるレンズなのです。
操作性にせよ、使い心地にせよ、もちろん写りにせよ、他のレンズを評価する時に、いつも「タクマーより優れているかどうか」を基準にしていたようなフシもあります。いつの間にか、自然とそういう体質になってしまっていたのです。
しかし、トータルバランスにおいて、そして何よりコストパフォーマンスにおいて、タクマーを凌ぐ逸物というのにはなかなかお目にかかれないという皮肉な事実もあります。
邪魔にならず、しっかりと結果を出すので、おのずと出動回数も増え、機材を意識することなく、ごく自然に撮影に向かうことができます。
「元をとった」という話になると、控えめなこれらタクマーが、間違いなくトップに躍り出てくるでしょう。
手に入れて満足するのではなく、実際に使ってこそ喜びを得られるシブい道具たち。それがペンタックス・タクマーなのであると、筆者は確信して疑いません。
タクマーとの付き合いは、これからも続いていきそうです。