
【FUJIFILM】X-T5と巡る「愛おしさという哲学。」
みなさん、こんにちは。
大型連休に入り一段と暖かさが増してきました。
カメラ片手に外出する機会も多くなり、移り行く時間の流れを写真に残すことの愉しさを改めて実感されている方も多いことかと思います。
そこで今回はX-T5とフジノン XF60mm F2.4 R Macroを持ち出して、Xシリーズの新ブランドタグラインに掲げられている「愛おしさという哲学。」を筆者なりに読み解きながらスナップ散策を楽しんできましたので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
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今回使用した機材はこちら
FUJIFILM (フジフイルム) X-T5
FUJIFILM (フジフイルム) フジノン XF60mm F2.4 R Macro

「愛おしさという哲学。」という言葉を聞いた瞬間、「哲学」とは一体何だろうというシンプルな疑問が頭をよぎりました。
辞書で調べ直すと“根本的な前提を問い直し、理性的な思索によって究極の原理を追求する学問”という解釈が載っていました。
つまり、シンプルな問いの学問です。
例えば、世界とはなにか、人間とは、そして「愛おしさとはなにか…」
こうした問いをカメラや写真を通して私たちに投げかけてくれているのが、新しいブランドタグラインとして掲げられた「愛おしさという哲学。」なのではないかと筆者は理解しました。
では、どのようなことに私たちは「愛おしさという哲学。」を感じるのでしょうか。
ここからはその辺りを深掘りしていきたいと思います。

それでは「カメラ」としての愛おしさから見つめていきたいと思います。
人は愛着を持った時にそのモノを愛おしく思い始めます。
日常生活でも長年使ってきたモノにはその人の思いや魂が宿ると言われています。
今回で言えばカメラやレンズがそれに当たりますが、人はどのようなカメラやレンズに愛着を持つようになるのでしょうか。
筆者が考えるには「普遍的なデザインであること」と「シンプルであること」「五感で愉しめること」だと思います。

今回使用したX-T5は普遍的な一眼レフスタイルのレトロデザインを踏襲しながらも現代に見合った軽量コンパクトなカメラになっています。
また操作性も比較的シンプルになっており、誰もがすぐに設定を確認できるようにダイヤル操作を基調にした作りになっているのが特徴的です。
加えて一つ一つのダイヤルの形状やクリック感、クリック音なども異なっているため、自分が今どのような操作をしたのかが視覚や触覚、聴覚などの感覚を通じて分かるようにつくられています。
このようにXシリーズのカメラには私たちの五感を刺激する要素が詰まっています。
その操作体験こそがカメラへの愛着へと繋がり、やがて愛おしさに変わっていくのではないかと感じました。
↓ Xシリーズについてもっと知りたい方はこちらをチェック ↓

次に「写真」としての愛おしさを見つめていきたいと思います。
昨今では「エモい」や「のすたる」といったような郷愁や哀愁が漂う雰囲気の写真が話題となっていますが、愛おしさを本質的に見つめ直してみると、その時々に感じた刹那的な瞬間を残すことではないかという仮定に辿り着きました。
つまり、ただ単に心を揺さぶられてグッとくるような感覚だけではなく、人それぞれが抱いたその一瞬の感情を写真に収める作業、その作業(カメラを構えて撮ること)自体が愛おしさを写真にすることではないかと考えます。

写真とは本来、真実を写し出すものとして定義されていますが、必ずしも人が目で見た通りの実像を写すだけではありません。
その場で感じた空気感であったり、感情といった撮る側の気分をレンズを通して表現できる手法もまた写真の醍醐味と言えるでしょう。
では撮影者の感情をいかにして写真に投影するのか。
そこでフジフイルムが90年以上に渡るフィルムの開発、製造を通じて画質を研究してきた写真の色表現が活きてきます。

そう、みなさんご存知のフィルムシミュレーションです。
現在20種類ものフィルムシミュレーションのラインナップがあり、多彩な色表現を楽しむことができます。(2026年5月現在)
この豊富なラインナップの中から気分に合わせて好きな色合いや画質を選択することで、その時に抱いている感情を効果的に写真に収めることが可能です。

今回撮った写真では全てクラシックネガを撮って出しで使っています。
フィルムルックな色合いが人気で、空の青と木々の緑の発色が特徴的なため、この時期の柔らかく温かい日差しが注ぐ空気感を写し出すにはぴったりのフィルムシミュレーションです。
↓ クラシックネガで撮った作例をもっと見たい方はこちらをチェック ↓

さてここまで「愛おしさという哲学。」について筆者なりに考察してきましたが、みなさんはどう感じられたでしょうか。
哲学という概念的なものを想像すると気難しい内容だと感じる方も多いかもしれませんが、もう少し一般的に捉えてみるとそこまで難しいものではなかったと感じました。
「愛おしさという哲学。」を簡素にそして広義的に捉えるならば、「愛おしさとは何なのか」ということを問われているのだと思います。
その解は自身の中に介在する感情であって、何にも囚われない自由な気持ちであっていいと思います。
それこそが、Xシリーズの新ブランドタグラインに込められた想いではないのかと筆者は感じました。
ある人は「カメラと自身が一体となった時」、ある人は「人生を共に歩んできた道具としてのカメラ」、またある人は「写真を撮る行為そのもの」と言うかもしれません。
カメラに触れることで感じる愛おしさ、そして写真を撮ることで得られる体験や情緒的な価値感を他者と共有することができれば、それはまさしく「愛おしさという哲学。」の根本的な真理ではないか…と筆者は思うのです。
昨今ではスマートフォンの普及に伴いカメラの使用率は減少していますが、Xシリーズではカメラに愛着を持ち、そのカメラで自分の感情に寄り添った一瞬を切り取る体験にフォーカスしています。この体験こそ、スマートフォンでは経験のできない「愛おしさ」に繋がっているのだと今回のX-T5と巡ったスナップ散策で学ぶことができました。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
この記事が皆様の好奇心を刺激し、
それではまたお会いしましょう。



