あらかじめお断りしておきますが、以下はフィクションです。
休日、久しぶりの晴天、
…だがしかし、朝から妻の機嫌が悪い……
表立って怒りを露わにしているわけではないが、ことばの端々に不機嫌さを感じる…
…というか、会話自体ほとんどないし……
こういう時は、たいてい、夫である私に原因がある(らしい…)
そして、十中八九、夫である私が悪い(らしい…)
「…………」
休日の常で遅めの朝食(もしくは早めの昼食)を摂っている間も、
二人を包むのは食器の乾いた音とテレビから流れる意味を忘れた音声だけ…
「…………」
(逃げよう……)
早々に戦略的撤退を決意した夫は、「久々に天気もいいし、ちょっと写真でも撮ってくるかなぁ…」と
結婚前の彼女の初々しい笑顔を記憶の底から引っ張りだして、
ただし目を合わせることなく、その人に告げる。
「そう…、お帰りは何時ごろですか」
当然、無音を想像していたところに、思わぬ声。でも、その声は…
(うん、怒ってる…… そして、怖い…)
「夕方には戻ると思うから」(…から何なのかは、言った本人にも分からない。)
カメラバッグを掴んで、そそくさと玄関から出た(追い出された)夫は、そこでようやく一息。
もはや緊急持ち出し袋と化したバッグの中に入っていたのは、プラウベル マキナ67。
1979年、日本のドイインターナショナルより販売されたカメラ。
カメラ販売店「カメラのドイ」は、ドイツの老舗カメラメーカー「プラウベル」社を買収し、カメラの製造を開始。
「カメラのドイ」社長であり、カメラ愛好家でもある土居 君雄氏が掲げた「理想のカメラ」製作を実現すべく、
コニカの技術者が製造したボディに日本最高峰のニッコールレンズを搭載。
こうして誕生したのが、プラウベル マキナ67です。
特徴は、何といってもその独特のフォルム。
薄いお弁当箱に、これまた平べったいレンズがついたような形態。
こんなんで本当に写真が撮れるのか? と首を傾げてしまいますが、
撮影時には蛇腹折り畳み式で収納されたレンズを引き出し、はいカメラの出来上がり!
とはいえ、何ともレトロな風貌のカメラです。
絞りとシャッタースピードは、レンズ周りのリングで設定。
ピントは、ファインダーの二重像を確認しながらレリーズボタン周りのダイヤルで調整。
見た目よりも重量のあるボディを、左手で目の高さまで掲げ、ファインダーをのぞきながら右手でピント調整とレリーズ…
はっきり言って、とても使いづらいカメラです。
しかし、それでもなお所有欲をくすぐる魅惑的なフォルム、そして搭載されたニッコール80mm F2.8の写りの良さから、
多くの名だたるプロカメラマンに愛用されてきたカメラです。
その後、1982年にニッコール55mm F4.5のワイドレンズを搭載したマキナ67W。
1984年に220フィルムにも対応したマキナ67の改良版マキナ670が登場。
どれもいまだに中古市場で人気の高いカメラです。
さて今回は、その初代モデル マキナ67にまずFUJIFILM ACROS 100を詰めて撮影。
(現行品のACROS 100IIではなく、冷蔵庫にストックしていたものです。)
…といっても、特に行く当てがあるわけではないので、近所の路地をあっちにふらふら、こっちにふらふら…
この辺は古くからの住宅地で、細い路地や緑道がはりめぐらされ、その間隙を縫うように小さな公園が点在しています。
何度歩いても新しい発見があり、迷子になるにはうってつけの地域。
トゲトゲの浮き上がり方は、さすがミドルフォーマット。
昼間なのに人通りも少なく、まるで白昼夢の世界をさまよっているかのような感覚に…
肩から下げたマキナ67が唯一の同行者。
それにしても、「マキナ」なんて、ちょっと女性っぽいネーミングのカメラを手にしていると、よからぬ妄想が頭をよぎります。
妻から逃れ、マキナとともに見知らぬ町を彷徨う私…
マキナの体は冷え切っていて、触れた私の手から体温を奪っていく…
私の眼とマキナの眼(ファインダー)が接するほどに近づき、私の吐く息がマキナの体に静かにかかる…
……うん、妻めっちゃ怒るな… はい、妄想終了!
最寄りのJR蒲田駅近くまで足を伸ばすと、さすがに人も増え、現実世界に引き戻されます。
アーケード街から一本それた飲み屋通りをぶらり。
大きなカメラは、ちょっと目立ちます。
電車が来たので慌ててピント合わせたのですが、やはり速写は難しい…
天気も良いので、蒲田駅ビル屋上階にある小さな遊園地「かまたえん」へ。
ここには都内唯一の屋上観覧車があります。
フィルムをリバーサルのFUJIFILM PROVIA 100Fに入れ替えて…
あ、その前にちょっと地下階に寄り道。
ニッコールレンズは、色味が淡いイメージがあったのですが…
昼間の遊園地、いるのはまだ就学前の小さな子とそのお母さんたち、それと私と同じようにおひとり様の中高年男性があちら、こちらにチラホラと…
もしかして、彼らも奥様から逃走中?
まぁ、そんなことはさておき、ちょっと一服。小腹が空いたので、さっき地下の食品街で入手してきました。
小一時間もいると、日も少し傾いてきました。
………つまらん……
写真はスマホだけの妻ですが、私が撮影に夢中になっている間、黙って近くで待ってくれています。
散歩中、わざと迷子になるよう、率先して知らない道ばかり選択するのも妻です。
今みたいに昼間っからビールを手にしていると、半ばあきれ顔ながら他愛もない小話に付き合ってくれる妻…
……帰るか…
画面上の方にそろばん玉状のボケがフワフワと…
勿論、帰りがけにケーキを買っていくことは忘れません。
どうか、これでちょっとでも機嫌を直してくれますように…
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