【SIGMA】高級単焦点を見慣れた目を、久々に驚かせたズームレンズ。ーArt 28-45mm F1.8 DG DNー
前を横切るカラフルなシャツの集団は、どうやら昼食のレストラン探しに難儀している様でした。
通りを一通り見てから店を決めたい青年と、ぐずる子供の為に一刻も早く席に着きたい母親、それを遠巻きに眺める老夫婦。
まるで壁越しの会話の様に聴き取りに難儀するのは、それが英語だからでしょうか。
変わったな、この街も。
いや、元に戻ったのか。昭和初期の、あの頃に。
思わず手に入れた試撮という機会は、撮影場所の決定を大きく左右しました。
”世界初”のスペックを誇るズームレンズ。広角から標準までを内包し、その全てで開放f値1.8を実現。
日本のモノづくりの先駆者であるSIGMAが、世に送り出す最先端のレンズです。
「Art 28-45mm F1.8 DG DN」。組み合わせたボディは「Panasonic LUMIX S5IIX」。
その心地よい重さを肩に感じながら、長い坂を登ります。
汗を冷やす風に潮の香りが混ざり始めたら、目的地はもうすぐ。
外国人居留地として栄えた崖の街を、彼らはブラフと呼びました。
その多くが親しみを込めて、だろうけれど、中には少しばかり恨めしく思った者もいたかもしれません。
特にこんな夏の日には。
坂を一つ越えただけで、汗が滝のように…。
涼しげな噴水の音に惹かれれば、ボケ味を試す絶好のチャンスが到来。
特殊ガラスに非球面とくればもう少し荒れそうなものなのに、まるで清らかなそれは量感豊かに写真を彩ってくれました。
試しに地面すれすれでカメラを構えてみると、口から洩れるのは「うそでしょ」の一声。
こんなに柔らかいボケが、驚くほどのシャープネスと同居している。
およそ見た事も無いような写真に浮足立つと、わずかに眩暈がしました。少しばかり熱中しすぎたかもしれません。
暑さが回り始めた頭の中で、猫の石像に話しかけます。
やあやあ、そんな所にいて疲れませんか。
私ですか?私は歪曲収差のチェックです。
もちろん問題はありません。
…問題があるのは脱水でやられている自分か。もう一本、スポーツドリンクだ…。
無事に水分補給を終え、カレックスの茂みから覗くマリンタワーをマニュアルフォーカスで狙ってみます。
ピントの立ちが素晴らしいため、なんと拡大しなくても合焦しました。
Artの単焦点を使っている時と同じ感動が胸を打ちます。
これほど基本性能の高いレンズなら、いろいろな遊びができるでしょう。
たとえば・・・。
硬調にしても・・・。
軟調にしても。
日光が火をともした街灯に目をやると、どうやら。
太陽が南中を越え、少しずつ高度を下げ始めたようです。
来た道を戻り、もう一度面白い光を探しに行こう。
と、その前に。
海は外せない。
青の綺麗なSIGMAだから。
予想外に出会った別の青も。
大きく露出を上げても、素晴らしい色のりを保っています。
いくつかの坂を越え、何戸かの洋館を横目に歩いてきました。
そのそれぞれに歴史があり、日本に西洋文化を広める礎となったのでしょう。
文明開化当時の日本人は、彼らの使う名も知らぬ機械を、みたこともない料理を、目を輝かせながら見ていたのでしょうか。
触れたことのないあたらしい世界・・・。それこそ自分の暮らしすら変えてしまう様な出会いに心躍らせて。
振り返ってみると、この時の私は彼らと同じ気持ちだったのだと思います。
単焦点でしかなし得なかった解放f値を実現したフルサイズ用ズームを持ち、先駆者たちの町を巡って、見たことのない映像表現に出会えたのですから。
満ち足りた気持ちで下る坂の途中、聞こえてくるのは相変わらず英語の会話でした。
最後にここへ訪れた7年前には、もう少し隠れ家的な雰囲気があったのですが、どうやら国際的にも一等の観光地になったようです。
レンズキャップをつけ、カメラをバッグにしまって。
この角を曲がれば、あの駅が見える。
振り返るとそこは崖の町。たくさんの輝きに彩られた、異国情緒漂う坂の町。
その光を一緒に追い求めたこのレンズの性能は、ブラフじゃない。
別日。
緑に誘われ洋館へと赴くと、あいにくの曇天。
でもこれはこれで。
日差しのない緩やかなコントラストをどう描くかが見れるわけです。
文句のつけどころがないとは、こういう事を言うのでしょう。
植物それぞれの緑の違いを、誇張せず、かといって退屈にせず表現しています。
芝生のグラデーションも驚くほど清らかで、前ボケの始点から滑らかにボケていきます。
少し前の高性能レンズでは、コントラストをつけすぎてしまう様なシーンです。
本レンズはそういった事もなく、見事に纏めてくれました。
「緩い写真」の一歩手前で綺麗にコントロールするバランス、素晴らしい。
大口径レンズの宿命ともいえるパープルフリンジ(軸上色収差)もこの通り。
極端なコントラストのシーンにおいても、この程度の発生で済むとは舌を巻きます。
ラテアートの表面をご覧ください。
高周波な被写体ですが、煌めきを良く表現しています。
写真を見るだけで味まで思い出せそうなほどです。
黄色っぽい照明の店内でも青が深いのはSIGMAの特権と言えるでしょう。
28-45という数字は、およそ1.6倍ズームとなりますが、その数字から予想するより大きな画角変化が楽しめます。
近距離の被写体より遠距離の被写体の方が、変化がわかりやすいのではないでしょうか。
実際に使ってみて、「もっとズームしたい!」と思う事はそう多くありませんでした。未知の撮影体験に出会える一本。
LマウントとEマウントで、2024年6月20日より発売です。