【極私的カメラうんちく】第1回:カメラ鉄器時代
気づいてみれば新型カメラの外装は金属製が当たり前になってから久しい。
合成樹脂の外装が一流メーカーのフラッグシップ機をも席捲した一時期を知るものにとって、現在の状況を否定的に捉えることはありえないにせよ、いったいいつから何故こうなったのかをつい考えさせられる。
実は金属製外装の仕様が純粋に強度や材質の特性によってその選択がなされている訳ではなく、メーカーの商品戦略に因るところが多分にあることは明らかである。しかしコンパクトデジカメに至っては実売3万円台のものまでが、重さやコスト面のデメリットを差し置いて金属外装を採用している各メーカー側の優先順位はいまや相当に高いといえる。
言い換えればカメラは金属製でないと売れない時代になったということになるが、では何時からなのかといえばそのエポックとして是非キヤノンの初代IXYデジタルの成功を挙げたい。同社のAPSコンパクトカメラと同じ名前でスタートしたIXYデジタルシリーズは、当初から無垢のステンレス外装を採用し、超小型でスタイリッシュなデザインと高性能があいまって爆発的人気商品になった。デジタルカメラといえばその黎明期より一部の高級機を除けば合成樹脂の外装があたりまえだった時代に、明らかに重くずっしりとしたその質感は異質ですらあったが、超小型ボディ(当時)を包み込むステンレスのひんやりした滑らかな手触りがとても新鮮に感じられたことを今も鮮明に記憶している。当時の競合商品と比べて価格も割高だったが、年齢性別を問わず広く受け入れられた。少し大げさに言えばフィルムカメラの画質にはまだ及ばないことが判っていながらも、性能を聞く前から欲しくなるといってもよいほどものだった。
そして初代IXYデジタルの大成功以後、コンパクトデジタルカメラは言うに及ばずフィルムカメラにまで至る新製品の戦略方程式にはことごとく金属性外装の定数項が組み込まれ、各メーカーは今日に至るまで続々と金属製外装の新製品を発表している。
現在カメラの金属製外装には大きく分けてモールド(型抜き)と板金プレス(型押し)の2種類がある。多くのコンパクトデジカメがステンレスやアルミの板金プレスを採用しているのに対し、一眼レフの多くあるいはレンジファインダー機はマグネシウム合金のモールドを採用している。溶解した金属を型に流し込むモールドの方が立体的な形状に向いているが、プレスに比べるとコストが高いのが難点である。
かつては合成樹脂でしか成しえなかったグラマラスな形状がマグネシウム合金をもって可能になっているところには、ここ数年の金属加工の技術革新が大きく反映している。キヤノンが開発したチクソモールディング技術はその端的な例である。
AFカメラの外装がプロ用AF一眼レフも含めて合成樹脂が当たり前だった90年代には、一方でその反動ともいうべきクラシックカメラブームが起こった。合成樹脂の外装は当時の技術レベルとコスト管理から生まれた当然の帰結であり本来の性能とは無関係の仕様だが、旧きを知るカメラファンからは常に批判の対象となっていた。また当時クラシックファンは自らの時代感覚を「鉄器時代」と揶揄したものである。
そして今、購買意欲に訴える付加価値として金属外装が復活した背景には、金属製の精密機械だけが持つ冷徹でありながらそれでいて心強い信頼感への欲求が根強くあり、そこには性能や価格以外にモノが売れる理由の奥深さが感じられる。
カメラの「鉄器時代」はこれからも絶えることなく続いてゆくのだろうか。