【極私的カメラうんちく】第13回:デジタルミノックス
ミノックスというカメラをご存知だろうか。
35mm判フィルムを使用するミノックス35のシリーズもあるが、一般的にミノックスといえば大抵の場合ミノックス判フィルムを使用する一連の超小型シリーズということになる。細長い棒状のカメラボディは精密な金属製で、ボディ全体の伸縮動作によって巻き上げとシャッターチャージを行う、フィルムカメラとしては独特のメカニズムを持っている。
しかし特筆すべきは何よりもその小ささである。これまでに何種類ものモデルが作られており、その度に大きさは多少変わっているが、最もシンプルな初期のモデルは例えて言えば100円ライターを2つ重ねたほどの大きさしかない。
その誕生は1937年発売のリガミノックスまで遡るが、そのころすでにカメラ大国ドイツの高級35ミリ判レンジファインダー機が精密小型カメラとして世界を席捲していた。当時カメラといえば中判カメラが当たり前であり、35mm判のライカやコンタックスが「超」小型と賞賛されることも珍しくはなかった時代である。そこへラトビアという小国から登場した超小型の精密カメラには、当時の人々はさぞやど胆を抜かれただろう。
またミノックスが各国のスパイカメラに採用されたことは有名だが、理由は単に小さいからというだけでは無く、文献の複写に不可欠な高い近接撮影能力に依るところが大きい。ミノックスは高解像度のレンズを搭載していることは言うに及ばず、超小型ボディにはパララックス自動修正のファインダーまで搭載している。
またその他にもミノックス判はそのフォーマットの小ささからレンズの焦点距離が極端に短いため、搭載された15ミリレンズは標準レンズの画角を持ちながら被写界深度が極めて深い特長を持つ。距離計を内蔵していないミノックスにとって、F3.5の開放絞りでも十分に深い被写界深度は文献複写にとって非常に有利である。言い換えれば超小型化のために距離計を省略したデメリットは、小型化したが故の被写界深度の深いレンズによって誠に都合よく解消されている。また絞らずともよいことは結果高速シャッターが使用出来るため、これまた手持ちでの複写撮影に非常に有利な性能といえる。
ものをどこまで小さく出来るかというのは、物質文明以降の人類にとってある意味普遍的な挑戦である。そしてそれが精密なものであればあるほどその欲求は強いものになるらしい。カメラ以外にも時計や昨今の電子機器もまた然りである。
そして挑戦的な小型化は常にメリットと同時にそれと同等か、あるいはそれ以上のリスクを伴う。
70年前にミノックスを創造した人間にとっても、現在からすれば劣悪といってもよいほどの感光材料事情を背景に超小型フォーマットカメラを設計することは、現在では考えられないほどの大きなリスクを伴ったに違いない。それでもライカやコンタックスをはるかに超える小型精密カメラを目指したのは、やはりこれも人類の普遍的欲求に従った結果なのだろうか。
時は流れて21世紀、デジタルカメラの進化途上にはフィルムカメラに比べて構造的な制約が少ない利点を最大限利用し、ありとあらゆる形が試された時代があった。それはまるでフィルムという呪縛から解き放たれた反動のようにすら見えた。
そんなさ中の2002年7月に、群を抜く超小型デジタルカメラ、サイバーショットU10が発売される。大きめの消しゴム程度しかないそのボディサイズは、現在であっても完全な機能を持つデジタルカメラとしての常識を超えている。U10は「ビジュアルブックマーク」のキャッチコピーでお散歩カメラとして人気商品となったが、これが70年前なら間違いなくスパイカメラとなっていたところだろう。その後Uシリーズは2年あまりの間に次々と新型が発売され、当初130万画素だった画素数は後継機のU20で200万画素になり、また自分撮り用ミラーが付いたU30やレンズ部回転式のU50が発売される。しかし残念ながらU40(2003年11月発売)を最後に、薄型カードタイプのTシリーズに道を譲る形でその系譜は途絶えてしまった。
言うなればUシリーズは当時飛躍的にカメラの性能が上がった携帯電話と、画質的な差別化が難しくなり淘汰されてしまった訳だが、Uシリーズが挑戦的な小型化の反面で画質的なリスクを負っていたことは、まさしくミノックスの場合と同じである。他にもシリーズ共通で単(短)焦点レンズを搭載しマクロ撮影を得意とする点や、 (唯一の防水モデルを除いて)外観のコンセプトがシンプルな直方体で一貫している点など、Uシリーズにはミノックスの歴史や特徴と重なる部分が非常に多い。
今時「小さいだけ」が理由では商品化が非常に難しいことくらいは判っているが、あまりに変り映えのしないカメラが並ぶ今の量販店の店頭を見るたびに、真面目に作られた極め付けの小型デジタルカメラがあったらきっと楽しいのにといつも考える。今度その姿を現すときはいつなのか、どんな形や性能で出てくるのか。ミノックス製のデジタルカメラはトイカメラとして既にあるようだが、挑戦的小型カメラとはほど遠いものである。個人的にはUシリーズこそミノックスの正統を受け継ぐ「デジタルミノックス」として、その復活を願うものである。