【極私的カメラうんちく】第47回:マルチフォーマットの今昔
画面の縦横比率にはそれぞれ一長一短があり、これが最良と呼べるものが無い。また人の好みも様々でスクエアサイズが好きなフォトグラファーもいれば、横長あるいは縦長の構図を好むフォトグラファーもいる。そのためこれまで沢山の縦横比率のカメラが発売されてきた一方で、一台のカメラで複数の縦横比率の撮影が出来る仕組みが常に試行錯誤されてきた。最新型のコンパクトカメラPanasonic LUMIX DMC-LX3に搭載されているマルチアスペクト機能は、一回のレリーズで、16:9、3:2、4:3の3種類のアスペクト比(横縦比率)の写真を同時に記録する。まさにデジタルカメラならではの機能といえるが、フィルムカメラの時代ならマルチフォーマットと呼ばれたであろうその機能は、まるで明るさを段階的に撮影しておいて後から最適なカットを選ぶオートブラケット機能のようである。今や最適なフォーマットも、撮影した後から選ぶ時代になったということなのだろうか。
フィルムカメラのマルチフォーマットといえば、忘れてはならないのはAPSカメラのフォーマット切り替え機能である。APSとはアドバンストフォトシステムの略で、かつて35mm判に続く次世代フォーマットとして期待されたシステムであり、パーフォレーション(連続孔)を廃止した幅24mmのフィルムに、書き換えが可能な磁気記録スペースを設け、その磁気情報を利用することによって撮影中のフィルムカートリッジを途中で取り替えたり、何種類かのフォーマットが混在したフィルムのDPE自動プリントが可能になっていた。APSは、面積が最も大きい16:9のアスペクト比を持つAPS-H(ハイビジョン)サイズを基本としながら、その長辺をトリミングしてアスペクト比を3:2にしたAPS-C(クラシック)、逆にAPS-Hの短辺をトリミングしたAPS-P(パノラマ)の3種類のフォーマットが使用可能だった。しかしカメラ側にはマスキングの機能が無いため、実際にはフィルム上には常にAPS-Hサイズの画像が残されており、撮影時に記録された磁気データによってDPEのプリンターがそれぞれの画面サイズを見分けてプリントする仕組みになっていた。
APSは35mm判フィルムとの世代交代を目論み、主だったカメラメーカーを巻き込んでスタートした全く新しいフィルムフォーマットだったが、その登場直後にデジタルカメラの急激な普及に押され、ついに一般化することなく第一線から遠のいてしまったフィルム規格である。しかしそのフォーマットは現在でも大部分のデジタル一眼レフの撮像素子の大きさに、APS-Cサイズフォーマットとして息づいている。
また、APSが登場する直前、35mm判のフィルムカメラを席巻したのが「パノラマモード」のブームだった。コンパクトフィルムカメラやレンズ付きフィルムから始まったパノラマモードは、撮影時にカメラの内部機構によって35mm判の長辺の上下部分をマスキングして13×36mmの横長の画像を得るという、原理的には非常に単純なものだったが、当然横長には写るが、決して広くは写らない。あくまで広く写ったように見えるだけの「擬似的」パノラマモードである。それでもパノラマモードで撮影したカットをDPEに出すと、サービスサイズの紙幅いっぱいを短辺とした大きな横長のプリントが得られるという点で人気があった。大きなプリントサイズに見慣れていなかったビギナーユーザーからすれば、六つ切相当の長さのプリントサイズは十分興味に値するものだったといえる。
その初期には通常のコマとパノラマのコマが混在するとDPE現像所の対応が難しいとの理由から、パノラマモードへの切り替えはフィルム交換時にのみ操作するものだったが、次第にカメラの外部に切り替えスイッチが付くものが現れ、いわゆる途中切り替えが可能になった。途中切り替えが可能になったことで一気にパノラマ人気は盛り上がり、パノラマモードは程なくコンパクトフィルムカメラの必須機能となっていった。それどころかブームのピーク時には、中級クラスの一眼レフまでがパノラマモードを搭載するに至ったが、画質にこだわるベテランのユーザーにとっては、決して大きいとは言えない35mm判のフィルムを大幅にトリミングして使用することには抵抗があり、あまり積極的に利用されることは無かった。実際パノラマモードのプリント画質は、小さいフィルムサイズに対してプリントサイズが大きいため、粒子が目立ちすぎてお世辞にも美しいとは言い難く、やはりプリント画質へのこだわりよりも、大きなプリントサイズに新鮮な魅力を感じるビギナーユーザー向けの機能だったといえる。
一方高画質のパノラマといえば、FUJIFILMが1998年に発売したTX-1は、フォーカルプレンシャッターを搭載した35mm判レンズ交換式距離計連動カメラでありながら、24×36mmの「ライカ判」と、24mm×65mmのパノラマサイズを自由に途中切り替えで使用できるデュアルフォーマットカメラだった。FUJIFILM はこの24mm×65mmのパノラマサイズフォーマットを「フルパノラマ」と呼んだが、これは先述の「擬似的」パノラマモードとの差別化を意識したものだろう。35mm判フィルムの横幅をいっぱいに利用するTX-1の「フルパノラマ」は、「擬似的」パノラマモードとは対照的に、ベテランユーザーや画質を最優先するパノラマ写真ファンからは高い評価を得た。
しかしレンズ交換を可能としつつ、長さが大幅に異なる2種類のフォーマットを自由に途中切り替えするためには、複雑でユニークな機構が必要だった。まずファインダーには45mmと90mmのレンズごとに二つの光学系が切り替わる仕組みが内蔵されており、またブライトフレームもフォーマットにあわせて随時切り替わるようになっている。さらにフィルム給装ではフォーマットによるフィルム消費の違いを調節するために、小さいフォーマットから大きいフォーマットに切り替える時は足りない分の長さを繰り出し、反対に大きいフォーマットから小さいフォーマットに切り替える時は出過ぎた分のフィルムを戻す動きを、フォーマットの切り替えスイッチと随時連動して行っている。また液晶表示のフィルムカウンターも、フォーマットの切り替えスイッチに連動して残量表示を切り替えているのだ。今やデジタルカメラがいとも簡単にやってのけるフォーマット(アスペクト比)の切り替えも、フィルムカメラにとっては複雑な仕組みが必要だったのである。
先日発表されたデジタル一眼レフOLYMPUS E-30は、なんと9種類ものアスペクト比が自由に選択できるという。フィルムカメラの時代から、写真画面のアスペクト比の問題は尽きることの無い探究心を生み出す原動力となっているようである。
かつて擬似的なパノラマモードでさえ、あれだけのブームになったのだ。
歴史は繰り返す。今やメカニカルで複雑な仕組みを必要としなくなったマルチアスペクト機能が、今後デジタルカメラのスタンダードな機能となるのは、そう遠い将来のことではないだろう。