【極私的カメラうんちく】第55回:デジタル時代のステレオカメラ
液晶モニターであれ、紙であれ、写真は平面で鑑賞するものというのが当たり前の概念である。しかし、フジフイルムから発売されたFinePix REAL 3D W1は3D写真を手軽に撮影ができて、また3D写真の再生も背面液晶でその場で出来るなど、写真の概念さえ大きく書き換えられかねないインパクトを持っている。
FinePix REAL 3D W1が発表されたのは今年3月のPIE(フォトイメージングエキスポ)の会場である。フジフイルムのブース中央にモックアップと試作機が展示されていたのをご記憶の方も多いだろう。
言うまでも無くFinePix REAL 3D W1は非常に画期的な3Dカメラだが、現段階では3D映像の鑑賞には本体の背面液晶以外には専用のモニターFinePix REAL 3D V1が必要であり、プリントも3Dで鑑賞するためにはその表面にレンチキュラー(lenticular)という特殊な表面加工を施した樹脂を貼り付けたものでなければならない。そのため3Dプリントの注文は一般のDPEではなく、フジフイルムの系列店かフジフイルムのオンラインショップからしか出来ないようである。
レンチキュラーシートとは1mm以下の細いカマボコ状の細長い凸レンズを均等に隙間無く並べたもので、3D画像以外にも、見る角度によって絵柄が変わる機能を利用して、看板やステッカーなどに利用されている。ちなみに旧い話で恐縮だが、あの一世を風靡したダッコちゃんのウィンクする目もレンチキュラーシートで出来ている。しかし3D画像にレンチキュラーを利用する場合は、見る角度を変えなくても両目の視差によって左目用と右目用の画像が自然に入ってくるため、そのまま静止画として立体画像を鑑賞することが出来る。
システムがあまりに画期的であるが故に、周辺機器やインフラに一般との互換性が低いのは残念なことだが、この辺りのもどかしさはREAL 3D W1の魅力を説いているフジフイルムのホームページを見てもよく判る。3D画像のイメージを通常のWeb画面で表現するために様々なイラストや画像を駆使しているが、実物のイメージには遺憾とも及ばない。
FinePix REAL 3D W1が発表される前は、3D写真といえばステレオカメラで撮影したステレオ写真のことだった。ステレオカメラとはFinePix REAL 3D W1と同様、左右に少し離れた2つのレンズがついていて(この間隔をステレオベースと呼ぶ)、同じ露出で同じピント位置の2枚の写真を同時に撮影することが出来る。ここまではFinePix REAL 3D Wと同じだが、当然フィルムカメラであるため、1枚の3D画像になって現像されるわけではなく、2枚の写真はフィルム上に別々に記録される。またステレオカメラの多くは35mmフィルムを使用するが、フォーマットは35mm判とは異なり、24mm×23mmのほぼ正方形に近い縦横比を持つリアリスト・サイズや24mm×30mmのヨーロピアン・サイズのどちらかの場合が多い。
有名なステレオカメラにはステレオ・リアリスト(アメリカ)、TDC ビビド(アメリカ)などがある。変り種としては2006年に発売されたHorseman 3Dのように、2つのレンズの後ろに1つの大きなフォーカルプレンシャッターを配置して、1/1000秒まで完璧に同期することが出来るものもある。またペンタックスからは一眼レフのレンズ先端に装着して、一コマに一対のステレオ写真が写しこめるステレオアダプターが発売されている。
ステレオカメラを使用して、ポジフィルムで撮影した場合は専用のマウントに入れてから専用のビューワーで鑑賞することによって立体視が可能であるが、ネガで撮影した場合はプリントをしなくてはならない。しかし立体視をする上ではあまり大きなプリントサイズには向かず、立体視の原理からするとサービス判からキャビネ判程度が限度である。
ステレオカメラで撮影された2枚の画像を立体視する方法は、前述した専用のビューワーを使用する方法が一般的だが、裸眼でも立体視は可能である。裸眼立体視には2つの方法があり、それぞれ平行法と交差法と呼ばれているが、簡単な練習をすれば誰でも裸眼による立体視が可能である。
90年代にはランダムドットステレオグラム(RDS)という立体視によるアート作品が流行したが、RDS はステレオ写真とは違って1枚の画像で立体視が可能なものだった。しかしその鑑賞方法においてはステレオ写真と全く同じである。
実はステレオ写真の歴史は古く、日本でも江戸時代に写真術が輸入されたときには既にステレオ写真が存在していた。また明治時代の初期には日本人によってステレオ写真が撮影されていた記録が残っており、ステレオ写真は写真技術と同時に世界へ広まったとも言える。写真の黎明期において既にステレオ写真が存在したことには驚きだが、立体視の原理は写真の発明以前に発見されていたというからもっと驚きである。
ステレオ写真はその黎明期以降、現代に至るまでこれまでの間幾度かのブームがありながらも、ついに写真文化の表舞台に立つことは無かった。撮影方法の煩雑もさることながら、2枚の写真を並べて鑑賞しなければならないステレオ写真は、鑑賞方法の手軽さの上で通常の写真に比べて見劣りしたといえるのではないか。
しかしFinePix REAL 3D W1は、撮影方法も通常のコンパクトデジタルカメラと大差無い上に、写真はモニター上でもプリントでも「1枚」の画像であり、しかも全て裸眼で誰でも3D鑑賞が可能である。撮影と鑑賞方法の手軽さにおいては、ステレオ写真の弱点はことごとく克服されたといっても良いが、一方では互換性のあるモニターの普及や一般のプリントサービスが利用できることなど、課題も残されている。デジタル時代に誕生した3D写真のシステムが、写真文化の形成に今後どう携わってゆくのかを見守ってゆきたい。