【FUJIFILM×マップカメラ】X-Pro2担当者インタビュー : Part 4
実際にX-Pro2を手に持ってみて感じたのですが、ボディの剛性感であったり、スイッチ類の作り込みや感触であったりX-Pro1と比べてかなり精度が上がったように感じられるのですが、それは開発の際に何か考慮されたりしたのでしょうか?
上野氏:おっしゃる通り色々なパーツの剛性であったり、クリアランスというのを詰めて作りましたね。 シャッターダイヤルを見てもらうと、これは2段ダイヤルになっていてシャッタースピードとISO感度が変更できるようになっています。この2段ダイヤルというのは剛性的に不利ですし、隙間を作って回るようにしないといけないのですが、防塵防滴にもしないといけない課題がありました。
防塵防滴機能というのは、本来入れば入れるほど剛性感が無くなっていく場合が多いんですよ。なぜならパッキンが入ってくるので、すべての反応がグニュッグニュッとしてしまうんです。 防塵防滴が無ければカチッと固い感触になるんですが、シーリングがクッションになってボタン類の感触が良くなくなってしまう。
じゃあ「シーリングがあるからグニュッとなるのは仕方ない」と思っているかというとそうではありません。X-Pro2は防塵防滴をやりつつ、ボタンの一つ一つがカチッっとしたフィーリングになるように設計しようと決めたんですね。ですので防塵防滴仕様でも感触がしっかりしています。
また、ほとんどのカメラのコマンドダイヤルは樹脂だと思うのですが、X-Pro2は金属で作っています。しかも側面を「あやめローレット」という菱形の切り方をしているんですよ。X-Pro2はダイヤルというダイヤルが全部金属なんです。やはり金属を押すのと樹脂を押すのでは人間の手は感触で違いがわかりますので、操作して指で押す所の配慮というのは時間をかけて作り込みました。
そうなってくると部品点数もすごいことになってそうですね。
上野氏:そうですね。先ほどお話しした2段式のシャッターダイヤルだけでも実は38部品もあるんですよ。
え!ダイヤル一つでそんなにあるんですか!?
上野氏:X-Pro2の外装を組み立てているパーツの全体数量の約10%がこのダイヤル部分だけで使われているんです。 製法もものすごくこだわっていて、ISO感度の設定をちゃんと1/3ずつ決めていくためのギアのようなパーツがあるんですけれど、このギアの値段の高さたるやビックリしますね。外装設計者が「X-Pro2じゃなかったら絶対使えない」と言うくらいの物が入っています。
このフィルムカメラのような感度ダイヤルは「よくぞやってくれた!」と思いました。
上野氏:この感度ダイヤルの置き場が最後まで結構迷ったんですよ。X-T1と同じ位置だとX-Pro2はファインダーがあるので置けない、じゃあどこに置こうかと。露出補正ダイヤルの下に置いてみたり、縦型コマンドダイヤルにして試したり、開発中いろんな所に感度ダイヤルが旅に出ました(笑)
結果的に、皆が思う感度ダイヤルの位置はどこだということになって、一般的にイメージするのがシャッタースピードダイヤルに組み込むことだよね、となったんです。そこで私物で持っている70年代のフィルムカメラを開発に持って行って、こういう風なダイヤルを作れないかとお願いしました。
しかしフィルムとデジタルじゃ感度ポジションの数とか構造も含めて全然違うんですよね。ましてや防塵防滴で作らないといけないし。もう二重苦、三重苦のようになって毎日のように「感度ダイヤルか防塵防滴かロックボタンのどれか諦めてくれないと成立しません」と設計者から言われてきました。しかし、その度に「どれも諦めません、頑張って」と言い返してきました(笑)。そして設計者が本当に頑張って作ったのがこのシャッターダイヤルなんです。
大変な苦労があったんですね。確かに感度設定にしてもフィルムの頃はISO12800なんてありませんでしたもんね。
上野氏:他にもH、L、AUTOもありますので、もう円周の360度全部隙間なく使っているんです。やはりこの直径で収めて実現するというのが大変なんですね。これより直径を大きくすれば楽なんですが、そうするとデザインが崩れるので今度はデザイナーが許してくれないんですよ。「あと3mm大きくしていいですか?」と聞くと必ず「No」と言われるので。
本当にこだわりと技術が生み出した結晶のようなダイヤルなんですね。 他に外装で大変だった所などありましたか?
上野氏:軍艦部の半ツヤのブラックペイントですね。これはX-Pro1と同じ製法なのですが、お願いをした塗装会社の社長さんから「お願いだからX-Pro1と同じ塗装はやめてくれ」と言われたんです。もうそれなら仕事受けないくらいの感じで。
それはなぜなんですか?
上野氏:なぜなら、作れないからです。
作れないから、と言いますと??
上野氏:この塗装は歩留まりがとても悪いんですよ。こういうフラットなブラックペイントは下地をしっかりキレイに仕上げないと塗った時に出てきてしまうのです。
ボディはマグネシウム製なので、溶かしたマグネシウムを型に流し込んで成型しているんですが、金属の液体が流れたその跡、「湯じわ」と呼ばれるものが残るらしいんです。それは指で触っても爪を立てても全くフラットにしか感じないんですけれど、そこには人の手の感触ではわからない凹凸があるんです。
それをそのままブラックペイントの塗装をやると全部湯じわの凹凸が表に出てきてしまうんですよ。
なので見えなくするために全部人間の手でトップカバーを磨く工程が必要なんです。全部綺麗に磨いて、ピカピカにしてから塗装をするんですよ。しかし、塗装をしてみると先ほどまでピカピカに磨いて消えてたはずの凹凸がなぜか浮かび上がってきてしまうんです。このブラックペイントの塗装は。
これを品質管理でチェックすると「シワがあるから製品にならない」という風になってしまうわけです。しかし塗っても塗っても凹凸が出てきてしまって製品にならないんですよ。そうなると100個のトップカバーを用意するのに倍くらい作らないといけないんです。
それでようやく浮いてこないものを作れたとしても何かの拍子にミクロン単位の小さな塵などが付いちゃうと、もうそれだけでダメなんですね。塗装がそれを拾って見えてしまうんです。
X-T1みたいなザラザラした塗装があるじゃないですか、あれは多少の塵が乗っても全然分からないんですよ。マグネシウムを使ったカメラはたくさんありますが、こういったフラットな黒半ツヤ塗装はほとんどないと思いますよ。これで作っちゃったら歩留まりが大変なことになるし、人の手もたくさん掛かりますからね。なので普通この塗装はやらないです。ましてや量産機でこの塗装は現実的じゃないです。
そんなに大変だったとは想像もしていませんでした。それでもこのブラックペイントにこだわられた理由とはなんですか?
上野氏:実は当初X-Pro2はX-T1のようなザラザラした塗装でやることを覚悟していたんです。もう塗装会社さんもやってくれないし、X-Pro1で私たちも大変な思いをしていますから。そしたら我々のトップが「そこは譲るな。同じで行け」と。(笑)
正直な話、この塗装はX-T1のグラファイトシルバーより高いんですよ。
そうなんですか!?
上野氏:そのコストの高い塗装が最初から施してあるのがX-Pro2です。グラファイトシルバーって通常品よりちょっと値段が高いじゃないですか、それは塗装がとても高いからです。でもX-Pro2の塗装はそれよりも上なんです。
散々聞かれていることだと思いますが、ユーザーとして富士フイルムの色再現性を是非フルサイズセンサーで、と期待を持たれている方は多いのではないかと思います。今後の可能性としてはいかがでしょうか。
上野氏:そうですね。もうX-Pro1を出した時からずっと「このサイズでフルサイズならいいのにね」と言われてきましたからね。
私たちがXシリーズをやる時にフルサイズも選ぼうと思えば、選べたんですよ。
もう35mmフィルム一眼レフからは撤退していましたし、それほど引き継がなきゃいけないレンズ資産もマウントもなかったですからね。ただずっとプロ機材用の中判カメラGX680を作ったりフィルムを作っていたので画質だけは譲りたくないというのはありました。
私たちがXシリーズで実現させたかったのは、機動力があって、コンパクトなシステムで、スナップ用途で使える、いわゆる「35mmフィルムカメラの世界」を作りたかったんです。
そういう前提で考えると、フルサイズには疑問が湧いたんです。確かにフルサイズは判も大きいしポテンシャルもすごく高いし、センサーだけ見たら間違えなくAPS-Cより上をいきます。だけど、そのセンサーの性能を最大限に引き出そうと思ったら、絶対にレンズが大きくなって重くなる。重くなったレンズを動かすためには大きなモーターが必要になる、大きなモーターを動かすには電力を多く使う。そうなるとバッテリーを大きくしないといけないなど、何かを大きくするとそれに要求されるものも雪だるま式に大きくなってしまう。
じゃあ、私たちが作りたかったカメラはそこかというと、違うわけですよ。
35mmフィルムカメラが持っていた特徴は機動力・画質・趣味性が揃っている。だからあの35mmっていうフォーマットがすごく流行ったんじゃないかと思うんです。フィルムにはAPSやベスト判、ディスクも110もありました。しかし、ありとあらゆるフォーマットがありましたが、何一つ35mmを越えられていないんですよね。そのくらいあのフィルムは完璧だったんです。
でも完璧だったのはフィルムだけじゃなく、35mmフィルムを使うカメラの大きさと性能、機能がひたすらベストバランスだったと思うんです。 それでいてフィルムの性能もレンズの性能もどんどん上がっていって、同じフォーマットなのにどんどん画質も良くなっていきました。
フルサイズのデジタルカメラが35mm判から何を引き継いだかというと36×24mmというフォーマットサイズですよね。
私たちはそのサイズを引き継ぐことが大事だとはあまり思っていないんです。その35mmカメラシステムの魅力を引き継ぐのが大事だと思っているんです。なので引き継ごうとしているのは36×24mmのサイズではなく、35mmフィルムカメラの思想です。だからこそ私たちが選んだのはAPS-Cサイズなんです。
X100を作った時、もうX-Transは見えていました。そのX-Transを使うことによって一回り小さいセンサーサイズでも解像力含めフルサイズセンサーに一方的に負けるようなことはないと、物理的要因で負けるとしたら被写界深度だけです。
その被写界深度で負けるのだったら、開放から絶対使える画質のレンズを作ればクリアできる。仮にフルサイズのレンズで開放から隅々までMTF曲線がビシッと真っ直ぐなレンズを作ろうと思ったら巨大なレンズが出来上がるはずですよ。でも、小型化すると画質に影響が出たり、開放F値が暗くなったりするんですよね。そうすると、今度はせっかくのフルサイズの開放のボケ量がAPSと変わらなくなる。まぁ、こういうことを言うと色んな所から文句を言われるのですが。(笑)
じゃあ我々は開放から使える明るいレンズを作ってやろうということになったんです。そうやって理詰めで考えていくと我々にとってメリットがあるのはAPS-Cだろうということになったんです。
よく話を車に例えるんですが、ライトウェイトスポーツカーを作りたい人が大きいエンジンや大きい車体などを選ばないですよね、小さいエンジンでも車体が軽ければ同じ加速性能を出せたりしますから。それと一緒で、車で言うところの『ファン・トゥ・ドライブ』。我々で言えば『カメラを触って楽しい』とか、『趣味として扱う楽しさ』とか、そういうのもカメラには大事じゃないですか。
なので今からフルサイズを選択するということは無い。ということになります。
でも、もしフィルムと同じようにレンズの入射角が45度を越えてもキチッと光を受け止めてくれるセンサーが世の中に登場したら、昔のフィルムカメラと同じようなサイズのレンズができるかもしれません。そうなったら、また状況が変わるかもしれませんけどね。
フルサイズセンサーの能力がすごく高いことは私たちもよく分かっています。だけど、それはやらないですね。我々が作ろうとしているカメラシステムとは方向性が違うんですよ。
最後に、これからX-Pro2を手にされる皆様へ向けて、一言いただいてもよろしいでしょうか。
上野氏:X-Pro2は目に見えない部分やカタログスペックに現れない部分にもこだわり、 機械だけでなく、人の手をかけて最高のカメラに仕上げています。使い続けるほど手に馴染んでくると思いますので、是非、長年にわたってお使いいただきたいと思います。
この度は詳しい解説をありがとうございました。X-Pro2は新型センサーや画素数だけでなく、ファインダーやダイヤル、塗装に至るまでこだわりぬいて作られたカメラです。今後ともマップカメラでは製品の開発コンセプトや、その魅力をお客様へしっかりとお伝えできるように努めていきます。