【極私的カメラうんちく】第40回:未来が映らない鏡
レフレックスレンズは反射望遠レンズやミラーレンズなどと呼ばれ、天体望遠鏡の分野では極めて一般的なものである。写真用のレフレックスレンズは、天体望遠鏡の技術を転用したものであることは間違いないが、光学的には望遠鏡(カセグレン式)の光学系に、球面収差やコマ収差の補正用に屈折光学系を組み合わせた「カタジオプトリック型」が一般的である。
レフレックスレンズは通常の屈折系レンズに比較してレンズ全長を極端に短く出来る特長があり、また大幅な軽量化も可能である。そのためかつてMF一眼レフの全盛期には、超望遠レンズの双璧として主だった一眼レフメーカー全てに屈折系の超望遠レンズと並んでラインナップされていたものである。各メーカーには最低でも500ミリF8のレフレックスレンズがラインナップされ、中には1000ミリF11やさらに2000ミリF11といった大砲のようなレフレックスレンズを揃えるメーカーもあったほどだ。
しかし現在、気付いてみたらSONYを除く全ての一眼レフメーカーのラインナップからレフレックスレンズは消えている※1。一時期は大抵のメーカーから発売されていたレフレックスレンズは、デジタル一眼レフの時代にはもはや馴染まなくなったのかもしれない。
そんな中、現在国内一眼レフメーカーから唯一発売されているレフレックスレンズはSONYα用のAF REFLEX 500mmF8のみである。このレンズはオートフォーカスのレフレックスレンズとしてはミノルタが発売していた当時から現在においても世界で唯一の存在であり、またミノルタはMF一眼レフ時代にはRF ロッコール250mmF5.6というレフレックスレンズとしては比較的短焦点域の超小型レフレックスレンズを発売しており、同社のレフレックスレンズとの関わりの深さを感じる。他に変り種のレフレックスレンズといえば、かつてペンタックスから発売されていた世界唯一の反射望遠ズームレンズ、レフレックスズーム400-600mmF8-12がある。
ところでレフレックスレンズは小型軽量化が可能であるのみならず、屈折系の長焦点レンズには付き物の「色収差」が原理上発生しないという特長を持つ。色収差は屈折系の光学系を光が透過する際に光波長ごとによる屈折率の差から生じるものなので、反射光学系では原理上発生しないのである。そのため超望遠レンズの色収差の完全補正が事実情不可能だった戦後間もない頃には、レフレックスレンズが超望遠レンズの最右翼にランナップされていた。現在は特殊な分散特性を持つガラスの普及や、回折光学素子などの実用化によって、屈折系レンズでもかつてのレフレックスレンズ並みの焦点距離を高性能でカバーできるようになった。しかし技術的には屈折光学系の色収差の根絶がほぼ達成しているとは言え、屈折系の高性能大口径超望遠レンズの製造コストや製品重量に占める色収差対策の割合を考えると、レフレックスレンズに色収差対策が不要であるという原理的特長は望遠レンズとしてはまさに夢のような特長である。
しかし、光学特性上はいかに優れたレフレックスレンズといえども、デメリットも少なからずある。
まずなんといってもそのままではオートフォーカス化が難しいことである。AF一眼レフの黎明期にはMFレンズをそのままAF化したものが多かったが、中には様々な理由でAF化が見送られたものもあった。そんななかレフレックスレンズもその大半がAF化を見送られ、MFレンズの旧設計のままでラインナップに据え置かれた。しかしミノルタのαマウントだけが、例外的に新設計のAFレフレックスレンズとしてラインナップされたのである。AFレフレックスレンズは、F8のレンズ口径に対応するカメラボディ側のAFセンサーの高感度化と、レンズ内部の主鏡と副鏡の大きさのバランスを最適化しAFセンサーに十分な光束を届けることによって実現しているが、1988年に同社のAFレフレックスレンズに初めて対応したα7700iの発売以降、これまで20年近く他のメーカーがこの技術に追随することがなかったため、今日に至るまでAFレフレックスレンズはαマウントのみの性能となり、結果として現在はレフレックスレンズとしても孤高の存在となってしまったのである。
なぜ他のメーカーがミノルタの技術に追従しなかったのかは全く不明だが、推測すると当時は既に低分散ガラスなどの普及が比較的廉価なレンズにも始まっており、高性能の望遠レンズが比較的安価に作れるようになってきたこと、また、標準レンズに続いて望遠レンズもズームレンズの時代に入ったことなどが挙げられる。そのため500mmF8のスペックをあえて単焦点のレフレックスレンズでカバーする必要性があまり無いと判断したメーカーが多かったのではないだろうか。
またレフレックスレンズは小型軽量化が可能といっても、すべてにおいてダウンサイズが容易に可能というわけではない。レフレックスレンズは鏡筒前方中央に「副鏡」というカメラ側に向けた丸い鏡を内蔵している。このためレフレックスレンズを前方から見るとドーナツ状に見えるのだが、この副鏡が真ん中にあるおかげで、F値に比較して鏡筒の直径が大きくなってしまうのである。つまりレフレックスレンズは全長を短くするのには適しているが、直径を抑えるにはあまり適していないのだ。
さらにレフレックスレンズの特性としてリング状のボケが挙げられる。実際撮影してみると、完全なリングボケをつくるのは意外と難しいことが判るが、リングボケは写真ならではの表現として確立しており成功すれば美しいと感じる人が大半だろう。しかしレフレックスレンズで背景や前景を中途半端にボカすと、ピントの合っていない部分の描写が「成りかけ」のリングボケの影響でザワザワとうるさくなるのは、もしかするとレフレックスレンズが嫌われる理由としては十分なのかも知れない。
そして、レフレックスレンズのもう一つの特徴としては絞りの機構が無いことが挙げられる。正確に言うと構造上通常のレンズと同じような虹彩絞りを入れられないということなのだが、実用上大抵のレフレックスレンズは絞って使用する必要があるほど明るくは無い(F8~F11)ので、実用上はあまり問題にはならない。むしろF値が半端に暗いことが手持ち撮影や動態の撮影を困難にしているともいえる。もしどうしてもさらに減光する必要がある場合はNDフィルターを使用する。
こうしてみると一長一短のように見えるレフレックスレンズだが、昨今のデジタル一眼の改良によって、幾つかの使いにくかった点が克服されつつあることは間違いない。レフレックスレンズの比較的暗めに設定されたF値は、デジタル一眼レフ側のISO感度の向上によって800程度が常用可能になり、これは日中の撮影であれば動態の撮影にも問題ない程度といえる。さらにメーカーによってはカメラボディ側に内蔵した手振れ補正も働かせることが可能で、二つの条件を合わせれば500mmレンズ程度なら手持ち撮影も十分可能になっている。さらにISO感度の変更を段階的に駆使すれば、被写界深度のコントロールこそできないが、シャッター速度の段階的選択が可能となり、絞りを持たないデメリットの半分程度は克服されたといえるのではないだろうか。
かつてフィルム時代には、レフレックスレンズの使用時には超高感度フィルムか、三脚の使用が必須の条件だったが、現在では比較的手軽に使用できる環境が着々と整いつつある。
元々非常に優れた原理から生まれ改良を続けられてきたものが、些細な理由によって絶滅してしまうのは工業機械製品の分野ではこれまでも度々起こってきたことである。多くの場合は原理的に特殊な方式が故に標準的な規格に合わせ難かったことが理由だが、レフレックスレンズもそう考えるとAF化が困難であることがまさにそれに当てはまる。レフレックスレンズはこの先写真史上の伝説となってしまうのだろうか。レフレックスレンズを取り巻く環境が少しずつ良くなりつつある今、筆者としてはどうか手軽に使える高性能望遠レンズとしてレフレックスレンズの復活を願うものである。
※1 KENKO製ミラーレンズ500mmF6.3を除く