【極私的カメラうんちく】第50回:閃光装置のなまえ
スチルカメラ用の閃光装置は「フラッシュ」や「ストロボ」または「スピードライト」などと呼ばれる。日本語として通りが良いのは前者の二つのどちらかだが、スピードライトとはカメラをよく知らない人にとってはあまりピンと来ない言葉である。
現在意味するところの「フラッシュ」は、エレクトロニックフラッシュという単語が短縮した言葉だが、元々電気で発光するエレクトロニックフラッシュの登場以前には、フラッシュといえば「フラッシュバルブ」を意味する時代があった。フラッシュバルブとは日本語では「閃光電球」と翻訳され、マグネシウムなどの金属繊維と酸素を電球(バルブ)のような容器に封入し、内部の金属の燃焼によって閃光を得る方式である。フラッシュバルブはその燃焼(発光)時間によってフォーカルプレンシャッター用のFP級、レンズシャッター用のM級に別れ、FP級はフォーカルプレンシャッターの幕の走行時間をカバーするため燃焼時間が長く、M級はレンズシャッターの高速シャッターにも対応するために燃焼時間が短く設計されていた。
ちなみに現在のデジタル一眼レフにも、シャッター速度に「bulb(バルブ)」という、シャッターボタンを押している間はシャッターが開きっぱなしになるポジションがあるが、この呼び方は手動でフラッシュバルブの発光タイミングを測っていたころの名残である。現在のように最適な発光タイミングを自動で制御してくれる「シンクロ接点」の機構がシャッターに内蔵される以前は、シャッターを「bulb」のポジションで全開にしてから、手動のタイミングでフラッシュバルブを発光させていたのである。
フラッシュバルブに対し、エレクトロニックフラッシュはキセノンガスを封入したガラス管による放電現象によって閃光を得るものである。フラッシュバルブは一回の発光ごとにバルブを交換する必要があったが、エレクトロニックフラッシュは何度でも連続して発光が出来るメリットがある。現在私たちは当たり前のようにエレクトロニックフラッシュを便利に使用しているが、初期の製品は大光量の発光になるとコンデンサーへの蓄電に時間が掛かり発光間隔が非常に長かった。また重たい電源を持ち歩く不便から、職人芸のようにすばやくフラッシュバルブを交換していた当時のカメラマンからはむしろ敬遠された時期もあったという。そのため小光量発光はエレクトロニックフラッシュ、大光量発光はフラッシュバルブという使い分けがなされた時期もあったが、エレクトロニックフラッシュの改良とともに光量が大きくなる一方で発光間隔(リサイクルタイム)は短くなり、また外部自動調光などの便利な機能が一般化するにつれてフラッシュバルブの需要は次第に減っていった。
ところでデジタル一眼レフなどのフォーカルプレンシャッター機の仕様書を見ると、シャッター関連の項目に「X接点(えっくすせってん)」や、単に「X=(えっくすイコール)」などと表記されるシャッター速度が記載されているが、ここで言う「X」とはキセノンを意味し、つまりそのカメラでエレクトロニックフラッシュが使用できる最高速のシャッター速度を意味しているのである。X接点はフォーカルプレンシャッターが全開する限界速度であり、その速度は速ければ速いほど有利な撮影条件が得られる。そのためX接点はシャッターの性能を評価する上で非常に重要な要素である。
そして「ストロボ」という呼び方は、元々はアメリカのストロボ・リサーチ社が販売していたエレクトロニックフラッシュの商品名だったが、ホチキスやシャチハタなどと同様、社名が一般名称として使われるようになった例である。かつて1950年代には商標として登録されていたが、現在は失効しており誰が使用してもよい言葉になっている。現在「ストロボ」という呼称は一眼レフメーカーではPENTAXが使用しているが、オリンパス、ソニー、シグマが「フラッシュ」を使用している。面白いのはパナソニックで、汎用の外光オートのPEシリーズには「ストロボ」の呼称を使用しているのに対して、LUMIXの純正アクセサリーでは「フラッシュライト」という言葉を使用している。またキヤノンとニコンでは仲良く「スピードライト」という呼称をそれぞれ使用している。スピードライトには「すぐに光る」という意味があるらしいが、英語表記にするとキヤノンがSPEEDLITE、ニコンがSPEEDLIGHTと微妙に異なっているのは永遠のライバルメーカー同士の意地なのだろうか。
ほぼ同一の機能を持った製品同士が、これほどまでメーカーによって呼称が一致していない例も珍しいと思うが、それぞれの呼称を採用した理由は、またそれぞれのメーカーにあるに違いない。例えて言えば、これも永いカメラの歴史の一端を垣間見ているというべきなのだろうか。