【極私的カメラうんちく】第25回:外界を意識する映像装置
最新型デジタルコンパクトカメラのジャンルに、「顔認識技術」の闘いが始まっている。顔認識技術は撮影時にカメラが人間の顔を認識し、ピント合わせはもちろん、フラッシュのコントロールを含めた的確な露出(画像の明るさ)の調整にも大きく貢献する技術である。
スチルカメラとしての顔認識技術は、2005年の春に発売されたニコンのコンパクトデジタルカメラに初めて搭載された。その後フジフィルムやキヤノン、ペンタックスらが追従し、現在は10機種以上に採用されている。考えてみれば日常生活で写真を撮る場合、最も頻繁にピントを合わせたり、露出を合わせる基準となっているのが人の顔である。もしそれを自動的に検出してくれるならば、相当の撮影領域でフォーカスロックやAEロックといった面倒な操作を事実上不要にしてしまうだろう。一般向けのカメラにとってはきわめて実用的な機能であり、当然売れ行きを大きく左右するはずである。今後も顔認識技術を採用するメーカーや機種はいっそう増えることだろう。
ただし「撮影時」に有効な顔認識技術は、撮像素子に投影された画像をもとに人の顔を検出するため、原理的な問題から一眼レフにはまだ採用されていない。そのため現在顔認識技術が採用されているのは、コンパクトタイプかEVFタイプのみである(2007年1月現在)。
ではカメラはどうやって「顔」を認識しているのだろうか。
顔を認識する手法は細かく分けると沢山あるが、共通する基本的な原理は、2つ並んだ「眼」に相当する可能性が高い画像パターンの付近を、顔の領域として判断しているという。実は並んだ2つの点や模様は、ヒトの脳が顔を認識する上でも利用している情報である。いってみれば顔認識技術はヒトの脳が持つ認識方法を機械に移植したともいえるが、携帯メールなどで使われている「顔文字」などはその実証として良い例である。大概の顔文字は、横に並んだ2つの点や記号が「眼」を表現している。
実は現在のデジタルカメラに搭載されている顔認識技術は、純粋にカメラのために開発された技術ではない。バイオメトリクス認証技術の応用である。
バイオメトリクスは生体認証技術とも呼ばれ、生体の肉体的特徴によって個人を特定しようとする先端技術である。従来からある指紋による照合のほか、近年では手のひらの静脈や網膜などの、血管のパターンを比較照合するものが高い精度を謳っている。特に防犯や金融といった、「個人」を特定することが日常的に必須の業界では、近年急速に導入されつつあり、また急速に進行するユビキタス社会には、その安全を確保する上でより確実で手軽な個人認証システムが、恒久的に必要不可欠である。
当然ながらヒトがヒトを区別する上での基本である「顔」も重要な研究対象となっており、世界中で急速に実用化が進んでいる。最新のバイオメトリクス技術では、たった1枚の顔画像から、顔の立体感を予測する3次元技術や、類似性の高い部分を重点的に比較照合する技術によって、サンプル画像と大幅に角度が異なる場合や、メガネやマスクをかけた場合でも99パーセント以上の精度で特定の個人を見分けるこが出来るという。速度においても、理論上なんと1分間に6千万人分の照合が可能と謳うものまであるというから驚きである。
またバイオメトリクスでは、精度の高さはもちろんだが照合認証のしやすさも重要な要素である。認証に時間が掛かったり照合のために面倒な行動を強いられることは、実用性を考慮する上では好ましくない。その点「顔」は社会生活において普段から露出しており、サンプリングや照合のためにセンサーへ近づいたり、また接触しなくともよいところにおいて、今後最も成長が期待される生体認証法の一つである。
こうした背景をもとに生まれたカメラの顔認識機能には、ソフトウェアメーカーが生体認証の目的で開発した既存の技術が応用されていることが多い。複数のカメラメーカーが、同時多発的に顔認識技術を導入できた理由も、そういった既存技術を「輸入」できたためなのだが、カメラに内蔵されたソフトウェアのなかには、既に各国の国際空港税関の防犯カメラで実際に使用され、高い防犯実績を持つソフトウェアと同名のシリーズもある。
こうしてみると、既に特定の個人を高精度、超高速で見分ける能力を獲得していた顔認識技術にとって、単に「ヒトの顔であること」を見分ける程度は造作も無かったのかも知れない。だとすれば、カメラに内蔵する上での小型化や一眼レフの原理的問題はさておき、将来的にカメラが個人を見分ける能力を獲得することも、そう難しい事ではないと思われる。もしそうなればブライダルやスポーツ、コンサートといったイベントの撮影では、「主役」の自動検出能力がおおいに威力を発揮するだろう。また「ヒトの顔」以外のパターン認識までその概念を少し拡げることによって、自動車や飛行機、電車といった乗り物からさらにペットや野生動物まで、その応用範囲は限りなく広がっている。
少し大げさに言えば、そのときカメラは外の世界を認識しているといえる。そして人間を越える精度と速度で周囲の存在を認識する機械を、それでも我々はカメラと呼ぶのだろうか。もしかすると顔認識技術は、近い将来において写真やカメラの概念を大きく変えてしまう、とてつもない可能性を持った技術なのかも知れない。