【オールドレンズの沼地】ロシアンゾナー KMZ ЮПИТЕР-9 /Jupiter-9
オールドレンズの沼地に足を踏み入れたことのある人ならば、必ず「ロシアレンズ沼」を通ったことがあるでしょう。
背景がグルグルと渦を巻く『HELIOS-44』、光源にお星様がきらめく『INDASTER-61』など、個性溢れるロシアンレンズ達。そして安価なレンズも多いので興味本位から始められる敷居の低さも魅力の一つです。
多くの方が少し入って通り過ぎてしまう「ロシアレンズ沼」ですが、いやいや、そんなにこの沼は浅くないです。簡単にいうならば、あのCarl Zeissの血を色濃く引き継ぐ一族の一つのような存在と言えばいいでしょうか。その歴史を詳しく書くと超大作になってしまうので今回は割愛させていただきますが、そんなロシアレンズの中で今回注目するのは『ЮПИТЕР-9/Jupiter-9』というレンズです。
『ЮПИТЕР-9』キリル文字だとロシアに精通している方、ロシア語を学んだ人しか読めないでしょう。ちなみに私は全く読めません。
これは“ユピテル”と読むらしく、語源は古代ローマ神話の最高神(ギリシャ神話のゼウス)。そして木星という意味もあり、星々の名前をつけるロシアレンズではこちらの意味の方が強いです。
英語読みだと“ジュピター”ですので、木星というイメージがすぐ思い浮かべられるかもしれません。私の場合はジュピター→セーラージュピター→木星と繋がりました。幼い頃に姉とセーラームーン見ていたな〜と。
モデルとなったのは天才ルートヴィッヒ・ベルテレが設計し、戦前ドイツの巨大カメラ企業Zeiss Ikonが作っていた『Sonnar 8.5cm F2』。
戦後にソ連がZeiss Ikonから設計図や工作機械を接収し(諸説あり、製造ラインを購入したとも言われている)、『Sonnar 8.5cm F2』にオリジナルの設計を加えて作られたのが、この『ЮПИТЕР-9/Jupiter-9』となります。
国内ですと日本光学(現:ニコン)が『Sonnar 8.5cm F2』を元に開発し、その性能にデビッド・ダグラス・ダンカンが驚愕した伝説の『Nikkor P・C 8.5cm F2』がありますが、それと本レンズが大きく違う点は、実際に『Sonnar 8.5cm F2』で使用していたイエナガラス(硝材)とZeiss Ikonの機械を使ってサンプルを作成し、そこから改良を重ねて生まれたのが『ЮПИТЕР-9/Juppiter-9』ということです。
つまり、ほぼツァイスのゾナー。なのですが、量産化されたロシアレンズにはイエナガラスは使われていません。ちなみにロシアレンズ沼にはイエナガラスを使用していたプロトタイプを探しにさらに深い奥地へ入っていく強者もいます。
それらを踏まえた上で今回の『ЮПИТЕР-9/Jupiter-9』を見てみると
・1956年製
・クラスノゴルスク工場にて製造
・Kiev/Contax互換の外爪バヨネットマウント
というのがすぐに分かるはずです。
…え?と思われた方。大丈夫、あなたの方が正しいです。
ロシアレンズには製造年・作られた場所がすぐ分かる箇所がありますので、簡単にご説明しましょう。
まずはシリアル番号なのですが、560××××となっています。
この数字の最初の2桁が製造年になります。
つまり
・560×××× → 1956年製
・780×××× → 1978年製
・100×××× → 2010年製
という感じです。
続いては作られた場所。
光学機器の工場が数多くあり、それぞれのロゴが使用されています。
ここでは主要なものをご紹介しましょう。
・KMZ → クラスノゴルスク機械工場:ロシア・モスクワ州
・ARSENAL → アーセナル工場:ウクライナ
・LZOS → ルトカリノ光学硝子工場:ロシア・モスクワ州
・MMZ → ベラルーシ光学機械合同:ベラルーシ
・VALDAI → バルダイ工場:ロシア・ノヴゴロド州
他にL39マウント用だとKOMZ製やZOMZ製のレンズも見かけます。
・KOMZ → カザン光学器械工場:ロシア・タタールスタン共和国
・ZOMZ → ザゴルスク光学機械工場:ロシア・モスクワ州
また、『ЮПИТЕР-9/Jupiter-9』はレンジファインダー用や一眼レフ用など様々なレンズマウントが存在しています。
・Kiev/Contax互換の外爪バヨネットマウント
・Fed-Zorki/ライカL39互換スクリューマウント
・Zenit用M39スクリューマウント
・M42スクリューマウント
などなど。そのほかシネマ用に作られたレンズも存在するようです。
今回はKiev/Contax互換の外爪バヨネットマウントなので、ContaxカプラーとL/Mリングを使って『Leica M10-P』に装着することにしました。
ちなみにこのContaxカプラーはKievボディからの改造品(マウント部分をアダプターに改造したもの)なので、相性はバッチリなはずです。
では早速撮ってみましょう。写真はオール開放F2.0での撮影です。
写り味はゾナータイプらしく、線は少し柔らかく、コントラスト高めでコッテリ目な発色。個人的にはゾナータイプは中望遠や望遠が好みです。5cmだと開放で収差をコントロールできていない個体も多いので。
そしてロシアレンズ共通の斜光の弱さが最後の写真に出ました。とはいえ、これはあえてフレアが出るように撮影をしたのです。これがロシアレンズを使う面白味でもありますから。
L39スクリューマウント用もある中、今回Kiev/Contax互換マウントのレンズを選んだ理由は、なるべく古い個体をご紹介したかったから。
この『ЮПИТЕР-9/Jupiter-9』は製造が1956年ですから、ライカM3が発売されて2年後。そして1956年は日ソ共同宣言により1945年から続いていたソ連との戦争状態が終結した年になります。
第二次世界大戦後から冷戦期、ソ連崩壊からロシア連邦成立など時代が大きく移り変わる中でもレンズは作り続けられてきました。その時々に合わせて仕様の変更などもあり、中にはお世辞にも作りが良いとは言えない個体も存在します。
しかし、それを時代背景とともに楽しむのもロシアレンズの魅力の一つなのかなと。戦前ツァイスの特徴を引き継ぎ、独自に進化を遂げたレンズ達には日本やドイツレンズとは違った美学を感じるのです。
それでは、次回もオールドレンズの沼地でお会いしましょう。