【オールドレンズの沼地】CANON 25mm F3.5 (L39)
今回で5回目を迎える【オールドレンズの沼地】。
スーパースターではない、ちょっとマイナーで個性のある銘玉をご紹介しようと思い始めたこの企画ですが、ついに天下のキヤノンレンズにスポットを当てようと思います。
キヤノンと言えばEOS!キヤノンと言えばLレンズ!キヤノンと言えば白レンズ!…ですが、キヤノンは今から80年以上前に「ライカII型」を研究し、初の国産高級35mmカメラ『ハンザキヤノン』を発売したメーカーです。
その『ハンザキヤノン』を作る上で、試作機『カンノン』と呼ばれるカメラが存在していました。そして試作レンズは『Kasyapa(カシャパ)』という名前。
Kasyapa(カシャパ)…おや?どこかで聞いた事がある名前です。そして筆者にも相当関わりがあるような気が。Kasyapa、カシャパ、かしゃぱ…
そう。マップカメラのフォトプレビューサイト『Kasyapa』は、この名前も参考の一つとして考えたのです。
初期のレンジファインダー機『ハンザキヤノン』と、次に発売された『最新型(S型)』には独自の3本爪バヨネットマウントを採用していたのですが、1939年に発売された『普及型(J型)』から方向転換をしスクリューマウントへ変更されました。しかし、ライカマウントと同じ径ながら独自のネジピッチで互換性はナシという、なんとも歯がゆいJマウントが採用されたのです。それから時代は変わり戦後に登場した『S2型』の“途中”からライカマウントと互換のあるL39スクリューへと3度目のマウント変更が行われました。戦前戦後の紆余曲折があった時期、これもカメラが進化する上で必要な過程だったのでしょう。
その後はマイナーチェンジとモデルチェンジを繰り返し、毎年2〜3台新しいカメラが登場するという怒涛のキヤノン製レンジファインダー機ラッシュが1950年代後半まで続きます。型名を見ているとC型、J型、F型、S型、〜改など、もうガ◯ダム好きからするとMS-06のバリエーションにしか見えなくなってくる不思議さ。ちなみに報道専用機として黒いボディの機種も存在していました。3台揃えたら縦に並べたい…
そして1956年、『VT型』が発売された頃に登場したのが今回ご紹介するレンズ『CANON 25mm F3.5 (L39)』なのです。
ちょっと話が脱線気味でしたが、このレンズの構成を見ると取り上げた意味がわかるはずです。変な形の3群5枚構成、1・2群が桃の断面のようになっており、そして3群目の平らなガラスの面。なんなのでしょうコレ??
これはトポゴン型と呼ばれている構成で、元はカール・ツァイスのロベルト・リヒテルが戦前に設計し、1950年頃に東独ツァイスがコンタックスC用の広角レンズとして提供していたレアレンズが元になっています。
そして3群目の平らなガラス面。初めてレンズを見たとき後玉を保護するフィルターだと思っていたのですが、詳しく調べてみると「収差の補正を最後面に設けた無限遠曲率の特殊光学ガラスで行う」とのこと。…コレ、光学系なんだ。と一瞬固まった記憶があります。
ただでさえ珍しいトポゴン型にオリジナルの設計を加えて生まれた『CANON 25mm F3.5 (L39)』。お話はこのくらいにして作例を見ていただけたらと思います。
開放はしっとりと湿度を感じるようなフレアを纏いながらもクリアで立体感に優れた描写力。そして四隅はストンと減光することで視点が中央に引きつけられる画作りに。見慣れたレトロフォーカス型の広角レンズとは違う、独特の世界観を持つレンズだなと感じます。
このトポゴン型と呼ばれるレンズ。少ないですが『CANON 25mm F3.5 (L39)』の他にもレンジファインダー機で使用できるレンズが存在します。
まずはオリジナルの東独ツァイス『Topogon 25mm F4』。なかなかお目にかかれないレアレンズで生産本数は1000本程度。コンタックスC用に供給されましたが、ライカマウントへ改造された個体も多く見る気がします。
そして「トポゴンコピー」として有名な『W-Nikkor C 2.5cm F4』。そうニコンが作ったトポゴン型レンズです。ニコンS用とライカL39用があり、ライカL39用の方がレア玉。しかしニコンS用のレンズデザインが素晴らしく、鏡筒内側に時計のように刻印された距離指標がシビれるほどカッコいい逸品です。
最後はロシアの銘玉『ORION-15(オリオン)28mm F6』。28mmなので外付けファインダー無しで使えるのが嬉しいポイント。価格も一番手が出しやすく、トポゴン型を味わうにはおすすめです。Kiev用(コンタックスC互換)とZorki用(ライカL39互換)があります。
しかしながら今回使用した『CANON 25mm F3.5 (L39)』。描写もさることながら、カメラに付けると非常にスタイリッシュ。
「パンケーキレンズの美学」と勝手に言っているのですが、レンズを単体で見るよりも、カメラに付けた方が遥かにカッコいい種類のレンズです。
世にも珍しいトポゴン型の『CANON 25mm F3.5 (L39)』。恐らくですが今後このような構成を持つレンズは誕生してこないでしょう。オールドレンズ全般に言えることではありますが、年月が経てば経つほどその数は減り、触れられる機会も減るはずです。戦後の短い期間だけ登場した希少なレンズ構成の描写は、自身の写真哲学の経験値としても非常に有益な1本になることに違いありません。
「高性能で完璧な描写」を求める事から一周して少し軌道が外れてしまった方々に送る【オールドレンズの沼地】。それでは次回もちょっとマイナーな銘玉の沼でお会いしましょう。