今回はThypoch(タイポッシュ)「Simera (シメラ)」シリーズのRFマウントレンズをご紹介いたします。
2025年1月現在、RFマウント用には28mmと35mmの2種類のレンズをラインナップしております。
どちらもf値は1.4。
焦点距離が近い上、f値も同じレンズなので使い分けが難しそう・・・と思っておりましたが、いざ試用してみると性格の違いがあることに気づきました。
簡単に申し上げると、
28mmは絞り開放からシャープ
35mmは絞り開放付近で、往年のオールドレンズの様な柔らかなフレアをまとう
というものです。
(※本レンズは表面照射型CMOS機で使用すると、画面周辺にマゼンタの色かぶりが発生します。かぶり方は撮影のたびに変わるので、気になる方は裏面照射機をご使用いただくか後編集で取り除くことをお勧めいたします。本記事では発生具合を見ていただくため表面照射機のEOS R8で撮影しております。)
普段は純正RFレンズを使用しているので、MFレンズを使用しての撮影は久しぶりです。
気合を入れて撮影に行ってまいりました。
まずは35mmの方から作例をご覧ください。
Simera 35mm F1.4
f1.4
駅構内で午前の光に照らされた公衆電話。
EOS R8の画は比較的コントラストが高いので、もう少し固めな表現になるかと思いましたが・・・。
柔らかなコントラストのおかげで、ハイエストライトからシャドウまであますことなく描き切りました。
受話器を見ると、まるでゼリービーンズの様な潤いを感じます。
f1.4
可愛らしい絵を見つけたのでレンズを向けます。
冬の太陽が作り出した斜光は思いのほか明暗差が大きく、大胆に黒い影が落ちたカットになりました。
ボケはじめの滑らかさは上々で、妙な癖はありません。
f4
絞り開放が続いたので、少し絞ったカットをお届けします。
非常に強い光が当たっているにもかかわらず、軸上色収差は目立ちませんでした。
樽型の歪曲収差が見て取れますが、ボディ内補正する前提のレンズが多い昨今、無補正でこれなら立派なものだと思います。
(Simeraシリーズは電子接点のないマニュアルレンズなので、ボディ内のレンズ補正は使用できません)
f4
マゼンタ被りもチェックしてみました。
一般的には問題として取られることの多い事象ですが、このカットでは左右対称な形で出ているため、むしろ映像効果の一つのように感じられます。
絞り開放時の柔らかな雰囲気から一転、四隅までカリカリな描写になりました。
f2
35mm最後の作例は、「このレンズの良いところが出ている」としみじみ感じたカットです。
肉眼で見てもすさまじいコントラストのシーンでしたので、当然のように白飛び黒つぶれはしているのですが、ただ「はい飛びました」「ええ、つぶれました」ではありません。
「光があふれて真っ白に」「漆黒に近いから真っ黒に」そういったレンズの矜持が感じられます。
立ち位置も性能も純正レンズとは大きく異なるレンズですが、その世界観・表現力は強力なライバルになり得る・・・そう感じた試写でした。
シャープで収差の無い純正レンズが出揃っている今、だからこそのこの味・この写りが光ります。
その感想を抱いたまま、28mmも撮影します。
Simera 28mm F1.4
f1.4
画面の右側にマゼンタ被りが見られますが、こういった無彩色の被写体との相性は悪くありません。
また、解像性能が良く、コンクリート壁の細かく硬い質感をしっかりと再現しています。
口径食が少ない為、画面左側の黄色い玉ボケの形が崩れていないのもポイントが高いです。
f1.4
広角レンズはボケが暴れたり、形が崩れたりしてしまうものも多いですが、本レンズの前ボケは滑らかで上品でした。
ともするとボケが硬くなりがちな現代レンズのラインナップにおいて、この特性を持つだけで価値が大きく上がります。
このカットでもマゼンタ被りが出ていますが、これは絵作りに活用すると非常に面白い効果が得られます。
左の部屋の壁は本来グレーですが、そこにマゼンタが加わることにより、より一層異世界のような雰囲気を盛り上げてくれました。
f1.4
何枚か撮影した後に気づいたのですが、発色が良いレンズです。
特に赤や黄色の彩度が高く、華やかな印象を受けます。広角レンズで彩度が高いということは歓迎すべき点であり、
画角が広いので写り込む要素が多い→必然的に様々な色が画面内に入る→そのどれもが鮮やかな色で、見栄えのある写真になる
という幸せの連鎖が生まれるのです。
f16
その連鎖を試すのに絶好の環境へ。
ランニング中の方に驚き、飛翔したハトたちを狙ってみました。
ここでも赤・黄の2色が彩度高く、濃厚な画作りに貢献してくれています。
28mmという画角は、スマートフォンのカメラでも多く採用されている画角。
目の前で起こっている事象の多くを取り込めるため、絞り込んでパンフォーカスにしてしまえば、スナップレンズとしても大活躍します。
f1.4
場所を変えてもう一度屋内へ。
Photoshopで色相を編集し、青みがかった世界にしてみました。
光のまわり方が美しく、映画のような雰囲気に。
色を軽く編集しただけでこの雰囲気が手に入ってしまうのですから、ずるいレンズと言えるかもしれません。
f5.6
一つ上のカットを撮影した時に感じた、「光がまわる」という長所。
有名なところではLeicaのズミルックスシリーズでよく見られるものです。
通常は絞っていくにつれて消えていく特徴なのですが、本レンズはf5.6まで絞ってもその長所を失いません。
天井の白、いっそまぶしい程のその光。何と美しいのでしょうか。
f1.4
透明感・重厚感・柔らかさ・・・。そのどれもがウェルバランス。後ボケも滑らかです。
だからこそのこの画力(えぢから)、もはや「このレンズが持つ世界観」と言っても良いかもしれません。
f1.4
この日は終始、努めて冷静に撮影しておりました。
しかしこのカットだけは我慢が出来ず、「うわ、最高だなぁ・・・」と声が漏れたことを覚えています。
自分が目で見た景色を、よりドラマチックに写真へと昇華してくれたからです。
“想像力のその先へ”たどり着くことができた。
久しぶりに最高の満足感と共に帰路につきました。
純正レンズとはまた違う創造力をもった魔法の眼、Simera。
ギリシャ語で「今日(σήμερ)」を意味するそのレンズとなら、「繰り返しの見慣れた今日」も輝きを取り戻すかもしれません。