
皆さまはもう一度手に入れたいカメラはありますでしょうか。
私はあります。

2015年の終わり頃、ずっと憧れていて、いつかは手に入れたいと胸の奥で温めていたLeica M6を、ついに自分のものにしました。
それも、Leica M6 LEITZ WETZLAR 刻印モデルです。

その当時はデジタルカメラや一眼レフしか所有していなかったこともありフィルムカメラを購入して使いこなせるのか不安でした。
使い方やフィルムの装填方法などを調べ、M6でもシルバーにするかブラックにするかなど、悩んでいるときも楽しかった記憶があります。
普段から浮ついてはいますが、購入した後はとにかくソワソワして足取りが浮ついていました。
ずっしりとした金属の冷たい重みがてのひらに伝わってきた瞬間、胸の奥から湧き上がってきたのは、言葉にならないほどの高揚感でした。

首からLeica M6 LEITZ WETZLAR 刻印を下げて歩き出すと、昨日まで見慣れていたはずのありふれた街の風景が、まるで全く別の世界に生まれ変わったかのように新鮮に輝いて見えたのです。

ファインダーを覗いて、中央の二重像をピタリと重ね合わせる。ただそれだけの動作が、いちいち愛おしくてたまりませんでした。
しなやかな巻き上げレバーを指で静かに引き、ダイヤルをカチリと回す。
指先から伝わってくるメカニカルな手応えのすべてが、自分の「写真を撮りたい」という感情を激しく刺激してくれました。

「ライカハイ」とでも言うべき状態だった私は、何か理由をつけてはカバンにM6を忍ばせ、手当たり次第にフィルムを詰め込んでは街へ飛び出していました。
私好みのオーダーで現像してくれる専門店を見つけ足しげく通っていました。
今回この記事に掲載した写真はすべて私のオーダーで現像した色味になっています。

雨の日も晴れの日も、構図や露出を理屈で細かく考えるよりも先に、溢れ出るワクワク感と勢いのままにシャッターを切りまくる。
とにかくカメラを構えて目の前の世界を切り取ること自体が、楽しくて仕方がなかったのです。

そんな衝動に任せて撮影していた時期のことで、今でも特に鮮明に心に残っているのが、当時はまだ移転前だった旧・築地市場へ足を運んだ日のことです。

ふと「この手に入れたばかりのLeica M6 LEITZ WETZLAR 刻印で、あの築地の独特な熱気を切り取ってみたい」という、半ば勢いのような思いつきでした。思い立った翌朝、東の空がまだほの暗い時間帯に眠い目をこすりながら築地へ向かいました。
早朝の築地市場は、一歩足を踏み入れた瞬間に全身の感覚が研ぎ澄まされるような、凄まじい活気に満ちあふれていました。

あちこちから飛び交う威勢のいい掛け声、狭い通路を掠めるように走り去っていくターレット(ターレ)の低いエンジン音、立ち込める海水と生鮮の匂い。
そして、濡れたコンクリートの路面に昼の光が反射している様子は、どこを見渡してもレンズを向けたくなる光景ばかりでした。
周りの喧騒の中、邪魔にならないよう気を配りながら、必死にM6を構えました。

動き回る市場の人々の動きに二重像を素早く合わせ、露出計の小さな光を確かめ、シャッターを切る。
電子音のないLeica M6 LEITZ WETZLAR 刻印の静かなシャッター音「コトッ」という心地よい手応えは、市場の大きな響きの中では自分にしか聞こえません。巻き上げレバーを引いてはまた次のコマへ。

後日、現像所に預けていたフィルムを受け取り、空の光にネガをあてた瞬間の感動は、今でも忘れることができません。
あの日の築地の匂いや朝の冷たい空気、光の眩しさが、当時の熱量のままに定着していました。
中にはピントが少し甘かったり、露出がブレてしまっているコマもありましたが、そんな失敗すらも愛おしく思えるほど、自分が確かにあの場所に立っていて、高揚感のままにカメラを構えていた記憶がまっすぐに写り込んでいたのです。
あれから時が経ち、築地市場は移転してあの場所からはなくなってしまいました。

10年前に撮影した街の景色やお店、行き交う人々の装いも、少しずつ変わっていっています。
けれど、2015年から2016年にかけてLeica M6とともに過ごしたあの濃密な時間と、カメラを買ったばかりの純粋なワクワク感は、手元のネガの中に当時のまま色褪せることなく残り続けています。

デジタルカメラのようにその場ですぐに結果を確認できないもどかしさがあるからこそ、現像されたコマを覗き込む時間は、まるでプレゼントの箱を開ける時のような愛おしい待ち時間でした。
テクノロジーが進化し、スマートフォンや最新のデジタルカメラで失敗なく綺麗な写真が誰でも簡単に撮れる現代になりました。
とても便利で素晴らしい時代ですが、あのLeica M6 LEITZ WETZLAR 刻印を握りしめて、自分の感覚と勢いだけを頼りに夢中でシャッターを切っていた頃の、胸が痛くなるほどの熱量や楽しさは、何物にも代えがたい私の原点です。
写真とは単に風景を綺麗に記録する手段ではなく、自分がその時感じたときめきや衝動をそっと閉じ込めるものなのだと、Leica M6は教えてくれました。
私にとってこのカメラは、単なる機材という枠を超えて、写真を撮ることの本当の面白さを身体で理解させてくれた、生涯忘れることのない最高の相棒です。
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