【マップカメラコレクション】Pentax Takumar いろいろ
……と前置きをしておいて、今回はペンタックス・タクマーレンズのご紹介です。M42スクリューマウントを語る上で、決して避けては通れない道であります。
M42マウントで使用できるレンズの種類数は、恐るべきほどたくさんあります。それは既に述べたことですが、いかにそれがたくさんあったとしても市場に全く並ばないというのであれば、それはほとんど在って無いようなものです。幽霊や宇宙人やネッシーみたいなレンズばかりでは、さしものスクリューマウントもとっくに忘れ去られてしまったことでしょう。
しかし、そうではなく、デジタル時代に突入してなお……突入してなおさら、M42が注目を集めるというのは、誰にでも踏み込める「入り口」が広く用意されているからです。
安く、本数が多く、しっかり写るレンズ。このパフォーマンスを全て満たしているのが、きわめてブ厚い層を成して君臨するペンタックス・タクマーレンズ群なのです。
ハテ、と思う方は、百聞は一見にしかず、中古カメラ店に行きましょう。お部屋から出たくないのであれば、マップカメラ・ドットコムの商品検索で「takumar」と打ち込んでみるのもおすすめです。これで一本も見つからないようなら……なんだか世界に不吉なことが起きるような気さえします。
多種多様あるタクマーレンズが、これまでに合計でどれくらいの本数出荷されたのか? もしかしたらペンタックスに問い合わせればわかるのかもしれませんが、そこで返ってくる回答は、それこそ天文学的な数字にのぼるはずで、ますます実感が湧かなくなりかねません。
そういえば、ニコンがニッコールレンズのこれまでの合計出荷本数を4000万本(!)と発表していましたが、タクマーが現役だった時代だけを見たなら、もしかしたら、いい勝負をしていたかもしれません。
ペンタックスというメーカーのカラーは、プロスペックのフラッグシップ機にこそ見えるというものではなく、あくまで写真好きの庶民に向けたところに光っているのではないかと筆者は考えています。
それゆえに数多の人の手に取られ、世間に深く浸透していた。……そういった観点では、正式なフラッグシップ機として登場したLXよりも、むしろ64年発売のSPこそ、ペンタックスの代表的名機として語るべきだと思うのです。
SPは、絞込み測光の露出計を内蔵していながら、適度な大きさ重さ、堅牢さ、シンプル・イズ・ベストという感じの古びないデザイン、そして何よりも、三万円(当時)という安価な価格を実現したカメラでした。
でも当時は物価も安かったからね、という話になりそうですが、これが当時としてもいかに優れたコストパフォーマンスだったかは、それまで一眼レフに憧れていながら手を出せないでいた多くの昭和一般市民に、SPが万歳三唱と拍手喝采で迎えられたその事実、歴史を見れば一目瞭然です。
SPはベストヒット商品として走り続け、いよいよカメラは「一家に一台」というレベルにまで普及してゆくのです。まさにカメラのあり方を変えてしまった名機と言えます。
誇らしげに書きますが、そのSPが採用していたのがM42マウントでした。そしてその後、75年にバヨネットマウントであるKマウントへの移行が起きるまでの10年もの間、脈々と受け継がれていったスクリューマウントのシリーズのために、膨大な数のタクマーレンズが開発・生産されていったのです。
その特徴的な名前は、文字通りの「切磋琢磨」からとられたとも、社長の弟で芸術家のタクマ氏からとられたとも聞きます。前述のとおり、カメラとともに庶民派というイメージがあるシリーズですが、15ミリの超広角、1000ミリの超望遠、マクロ、魚眼、ズームもあります。プロ用としても決して不便を感じさせない充実ぶりだと言えるのではないでしょうか。
筆者の手元にも、三本のタクマーレンズがあります。
タクマーの実力からすれば、もっとタクマーまみれになっていてもいいようなものですが、まだ三本。どうも独逸勢などと比べると貪欲さが発揮されない模様です。
思うに、現在でも豊富に出回っており、まだまだ安価で手に入れることもできるせいで、まるで現行機種のごとくの安心感にとらわれてつい後回しにしてしまうのではないか、と自分では分析しております。海の向こうのレンズとの出会いはそれはもうドラマチックですが、色々な意味で敗北することも多い。その敗北を味わった時、はっと我に返って欲しくなる堅実なレンズ、とも言えるでしょうか。
そういうことですので、堅実に、レアどころは(今のところまだ)所持していません。
ごくありふれた三本、55ミリ/f1.8の標準(SMC TAKUMAR)、35ミリ/f3.5の広角(Super Takumar)、105ミリ/f2.8の中望遠(Super-Multi-Coated TAKUMAR)があります。
レンズの写真を見ていただければお分かりかと思いますが、デザインにばらつきがあります。それは、同じタクマーといえどもレンズの世代が違うせいで、さまざまな改良の歴史を歩んできた証といえます。歴史順に並べると、
TAKUMAR
↓
Auto Takumar
↓
Super Takumar
↓
Super-Multi-Coated TAKUMAR
↓
SMC TAKUMAR
……という感じになります。手動絞りだったものが半自動絞り、自動絞り(シャッターと同時に設定値まで絞られる、オートとマニュアルの切り替えが可能)、マルチコーティング化、開放測光化、という風に進化したのです。
しかし、ペンタックスの偉大なところは、こうした進歩を続けながらも、カメラボディとレンズのピースフルな関係を一貫して保ち続けているところで、たとえ64年のSPに最終型のSMC TAKUMARをネジ込んだとしても、別に何の支障もなく使うことが可能です。
それどころか、これは簡潔無比なスクリューマウントです。ペンタックス純正の「マウントアダプターK(3000円くらいの魔法の金具)」さえあれば、KマウントのAEカメラ、MZシリーズなどのオートフォーカスカメラ、果てはデジタルカメラであるK10D、この間発売されたばかりの最新型のK20Dでも、快適にマニュアルレンズとして活用が可能なのです。ペンタックスのボディであれば、焦点距離を入力してボディ内で手ぶれ補正を作動させることすら可能です。
まさに愉快痛快ですが、同じくらい驚くのは、これら3、40年前のタクマーレンズをどのカメラにマウントしても、不思議な調和を保ってくれるというか、デザイン的に何ら違和感を感じさせないところです。筆者などは、プラスチック製の最近のAFズームレンズなんかより、シブいタクマーをつけた方が、少なく見積もっても1.25倍はかっこいいと思っているくらいです。
アサヒ・ペンタックスの血は脈々と受け継がれている……そのはず、ペンタックスは今でもカタログに「Sマウント」とくっきり表記を残していて、つまりこのM42のシリーズを、デジタル一眼レフシステムの一部としても公認しているのです。これがメーカーの発した気の利いた冗談なんかではないということは、タクマーレンズを実際使ってみればわかることです。
例えば、筆者の手元の三本はどれもありふれたもので、購入価格も馬鹿馬鹿しいほど安いもので……実際に購入価格を言ってしまうと、それはレンズの値段じゃないねと笑われてしまうでしょうが……しかし、どれも恐るべきほどちゃんと写ります。
目が覚めるような発色とか、異次元のボケとか、そういう特徴はないので目立たないのかもしれませんが、真面目で実直な写りは、我々日本人の気質にまさにぴったりなはずです。そういった基本性能的観点で見れば、ブルーとイエローの綺麗なスーパー・マルチ・コーティングも伊達じゃなく、状況によっては何万円もする他社製レンズのお株をも奪いかねません(そういえば、SMCを開発するにあたっては、ツァイスやアメリカの企業の技術を研修したという伝説もあるらしいです)。ましてや値段が数倍~十倍、二十倍も違ったりするものなので、高いお金を費やしてきた俺のコレクションは何なんだ一体……と、そうちょっとでも思ってしまうのが怖ければ、タクマーレンズは使わないことです。
また、使用感がいいのもタクマーの特徴で、鏡胴の金属の仕上げはかなりしっかりしています。頑丈という意味でもそうですが、リング部のローレット加工は手にとてもよく馴染みます。コンパクトをウリにし続けたペンタックスのレンズにふさわしく、大きさや重さもほどほど。35ミリなどは本当にコンパクトで、つけたカメラが小顔に見える、大変引き締まったレンズで好ましいです。
先日、個人的に訪問した写真展の主催者さんは、その写真を、お父さんがかつて使っていたSPとタクマーレンズで撮ったものだと話していました。時と世代を超えて受け継がれ、今でもまだ現役であり続けているカメラとレンズが、とても偉大に見えたものです。
値段が手ごろであるため、最近では若い人の手にとってもらえる機会も増えたのではないかと思います。昭和レトロとか、回顧とかいう意味だけではなく、現代では、全て自分でやらねばいけない……その分だけ自由のあるマニュアルカメラでの撮影というものは、かえって新鮮に映っているに違いありません。
むろん、年月の経過は人の思いとは無関係に襲い掛かってくるもので、全ての個体が万全な性能を発揮できるとは限りません。タクマーレンズの特徴としては、黄変(レンズが黄色く変色)するものが多く、面白いレンズほど黄色くなってしまっている……などという切ないボヤきも聞いたことがあります。有名なのはSuper Takumarの50ミリ/f1.4の初期型で、これはトリウムという放射性物質をガラスに含んでいるため、大変写りに定評がありながらも、化学変化で例外なく黄変してしまっています。
ただ、時代はデジタルです。こうした老いたレンズ……老いていながらまだまだ若造には負けないようなレンズをデジタルカメラに使用し、ホワイトバランスの調整などを駆使して、現役時代に近い写りを手に入れることは可能になりました。
レンズバリエーションに不足感を感じているデジタルユーザーさんたち、一度、タクマーレンズの棚を覗いてみてもいいのではないでしょうか。シブい古強者がごろごろ、あなたを待っているかもしれません。