
【Voigtlander】雨上がりの夕暮れ。NOKTON 35mm F1.2の光とボケの質感に息をのむ
カメラを手にして街へ連れ出すとき、どこか「自分だけの光」を探しているような気がします。とりわけF1.2という大きな瞳を持つレンズを装着しているときは、なおさら。今回組み合わせたのは、フォクトレンダーの「NOKTON 35mm F1.2 Aspherical IV」。開放F1.2という極めて明るい大口径でありながら、第4世代へと進化を遂げたことでコンパクトさに更に磨きをかけた一本です。その光を受け止めるボディは「Leica M10」。デジタルM型の中でもシャドウ部の沈み方に美しさを感じる機種で、色遣いにも独特の艶と深い品格を感じさせる名機。光と陰影を優美に紡ぎ出すこのデュオとともに、雨の気配が残る街へ足を踏み入れました。

吹き抜けの広場に足を踏み入れると、天井から吊るされた彩り豊かな布が静かに空間を飾っていました。露出を少しアンダーに振ることで、M10のシャドウの「粘り」が真価を発揮します。暗がりの中に落ち込んでいく黒の中に、しっかりと階調が残り、その質感まで伝わってくるよう。レンズが捉える質感描写や布の赤や黄のクリアな発色と、暗部へ繋がるトーンの移り変わりがあまりにも美しく、しばらく息をのんで見上げてしまいました。35mmという画角が描く広がりは、日常の視界に寄り添いながら、そこにある空気のレイヤーをそっくり切り取ってくれます。

本レンズは最短撮影距離が50cmと距離計連動外で更なる近接撮影が可能となっていますが、雨に濡れる一輪の小さなヒマワリを捉えてみました。絞りはもちろん開放F1.2。最短付近にも関わらずピントを合わせた花芯は驚くほど鋭く立ち上がり、そこから前後へとなだらかに溶けていくボケ味の対比に惹きつけられます。うやむやになってしまうのではなく、やや量感を伴うボケ味なため背景のビル群が優しく滲み、主役をそっと押し出してくれる感覚。かつての大口径レンズにありがちだった収差による暴れは抑え込まれ、極めて上質で品のある立体感がそこに生まれます。濡れた花弁に宿る光を余すところなく掬い取る描写には、どこかオールドレンズに通ずるような濃密な色気が漂っています。

ふと足元に目をやると、水滴を纏った葉がぎっしりと敷き詰められていました。少し絞り込んで最短付近でカメラを向けると、水滴の丸みと葉の脈の一本一本までが鮮烈に立ち上がります。濡れた葉の「しっとり感」や「重み」までをも再現してしまう解像力。非球面レンズの採用により絞り込み時の解像感が極めてシャープでありながら、カリカリとした嫌な硬さを微塵も感じさせません。M10の素直で豊かな色再現が、植物の生き生きとした姿をそのまま画面へと流し込んでいます。

展望スペースから見下ろす交差点。濡れたアスファルトが鈍い光を反射し、横断歩道を行き交う人々の影が鮮やかなコントラストを描きます。周辺部に向かってほんの僅かに落ち込む光量が、自然と視線を中央のドラマへと導いてくれるよう。M10が持つしっとりとしたシャドウ部の深みと、NOKTONの繊細な線描が見事で、日常のありふれた交差点がまるで映画のワンシーンのように立ち現れます。

弱い雨が降ったり止んだりを繰り返していたため、ビニール傘を持ち歩いていましたが、せっかくなら有効活用しようと構図に大胆に被せてみました。上部から斜めに白くかかっているモヤがビニール傘ですが、ピントはその先のガラス越しに。透過する光とガラス表面の反射が、静かなグラデーションを描いて複雑に重なり合います。気配や湿度、あるいは静寂といった数値化できない「空気感」をいかに定着させるか。M10の階調の滑らかさとNOKTONが捉える光の機微は、目に見える風景の奥にあるニュアンスまでも、静かに描き切ってくれました。

夕刻の街角にぽつりと灯るキッチンカーの温かなあかり。暗がりの中に浮かび上がる電球のぬくもりが心地よいです。ハイライトをターゲットに露出を合わせているため、目で見た明るさとはやや異なっていますが、F1.2という明るさを生かしてISO感度はほぼベース付近だったと記憶しています。M10の発色は暗所でも崩れることがなく、暖色の温もりと宵の口の冷たい空気感という二つの対比を見事に描き分けています。手元を照らす光の落ち込みがどこまでもなだらかで、視線がずっとそこに留まり続けます。


こちらは距離を置いた被写体で後ボケと前ボケを見てみたくて撮影した2枚の写真です。左の写真は奥へとピントを送りたくなるところですが、左右にある手すりの右側のかなり手前の方にピントを置いてみました。支柱が等間隔で立っていますがおおよそ2本目のあたりです。右の写真については無限遠前でピントを送り、奥の大きな支柱にピントが来ている状態ですが、手前のスロープのボケ方がとてもなだらかです。35mmという焦点距離で考えると、一般的なF値のレンズではややパンフォーカス気味になりがちな撮影シーンですがピント面の立ち上がりの良さと、F1.2という被写界深度の浅さが相まって普段では想像つかない構図を作り出せる事も面白さのひとつでしょう。

重厚な石造りの足元、装飾格子の奥に灯る温かなあかり。手前の柵と葉を大胆に前ボケとして配し、奥の格子へピントを合わせました。前ボケの柔らかで溶けるような質感と、ピント面の石の強固なテクスチャーとの対比。F1.2という明るさを手に入れることで、日常の何気ない影の中に隠された密やかな世界を、ドラマチックに浮き彫りにすることができます。本レンズは構成図を見る限り変形ダブルガウス型を採用しているように見受けられますが、ダブルガウス特有の量感のあるボケ味が前ボケにも表れているように感じます。
F1.2という大口径の描く非現実にも見える世界と、常用を躊躇わせないサイズ感を見事に両立させてくれた一本でした。そこに「Leica M10」が持つ、深く豊かなシャドウのグラデーションと色表現が合わさったとき、いつもよりシャッターを押す手が軽やかになり、様々な被写体に目を向けていた事に気付かされました。
写真とは、ただ目の前の光景を記録するだけのものではありません。その場に漂っていた湿度や光の温もり、そして何より撮影者自身の高揚した視線そのものを定着させる行為なのだと、この組み合わせは教えてくれます。
手元にあるだけで心を満たし、雨上がりの街へ、夕暮れの路地裏へと足を向けさせたくなる。そんな特別な道具と出会う歓びを、ぜひ味わってみてください。あなたの手の中にこの一組があるだけで、日常の風景はこれまで見たこともない表情を見せてくれるはずです。



