私たちの生活において数字の大小とは目に留まりやすいものです。例えば、朝の起床を告げる時計、ショッピングで気になるプライスカード、SNSでのグッドボタン数……などなど。あらゆる場面で付いて回り、自然と物事を成すときの指標となり得えるのは想像に難くありません。すべての事象が数字の優劣で決まるという訳ではありませんが、それでも「大きい」、「小さい」というのは情報としてインパクトがあります。
カメラのレンズにおいては開放値がレンズ名に付いていることが多く、その値が小さい程に写し出される写真への期待が高まる傾向にあるもの。今回撮影に使用した『Voigtlander NOKTON 50mm F1 Aspherical VM』はF値の数字をみるだけでもこのレンズが特別なものだと直感で判断できるのではないでしょうか。実際に開放値からF2辺りまでのまるで被写体が浮き出るような描写には驚きを隠しきれず、今まで使用したレンズにはない特質を持っていると感じました。『Canon EOS R5』とマウントアダプターを介して使用した本レンズの写りを是非ご覧ください。
閑静な住宅街に佇む洋館に訪れました。この建物は大正時代に竣工され、長い年月の中で老朽化が進み保存状態の良い部分を生かしながら復元・再築されて現代に至るとのこと。静寂さの中で耳の奥に滲む環境音がとても心地よく、写真の中に張りつめた雰囲気を与えてくれました。
曇りに覆われがちな一日ということもあり、うす暗い館内でF1の明るさはとても頼もしくありました。開放F値で撮ると写真の左側手前のテーブルのようにパープルフリンジや四隅の周辺減光が目立ちますが、それもまた、味わいを与えてくれます。立体感のある描写力に感嘆のため息がこぼれるばかりでした。
F8まで絞ると写真全体が引き締まり、全体の質感が伝わってくるかのようです。シャープになっても決して刺々しくはならず、まるで一枚薄いベールで覆われているかのよう。ふわりと優しくとても上品な写りとなりました。その描写力を支えてくれる『EOS R5』の実力も頼もしく、ボディ内手ブレ補正機構のお陰で遅いシャッタースピードになっても積極的にシャッターを押す気持ちになれます。
徐々に迫りくる雨雲の影響でしょうか、街の姿は靄が掛かったように変化を遂げていきます。巨大な建築物を背後に湾岸部から動く船、そこに覆いかぶさる薄い雲。よくある曇天下での景色ですがF5.6まで絞るとモヤっとすることなくシャープに写し出してくれました。開いても絞っても非常に好印象なレンズです。慣れ親しんだ50mmの焦点距離ですが覗くたびに新しい発見があるような気がしてなりません。
名称にあるF値を見るだけでもその描写に興味をそそられる『Voigtlander NOKTON 50mm F1 Aspherical VM』。開放値近辺では想像以上に美麗、絞っても凛とした上質な写りを堪能することができました。『Canon EOS R5』との組み合わせは見た目の格好良さもあり、ファインダーを覗くごとに見える世界を写し撮りたくなるものです。本レンズ撮影時は折しも春から夏への過渡期の最中。季節が移ろいゆく中で写し出された写真達の色合いは実に艶やかです。スペックの数字以上に素晴らしい写りを実際に手に取り是非ともご堪能して頂きたいと思います。