マップカメラ店長がカメラについてアレコレ語る『極私的カメラうんちく』

第14回:バルナックの亡霊

「バルナックの亡霊」という言葉がある。

バルナックとはもちろんライカの産みの親であるオスカー・バルナックのことである。バルナックの亡霊とは、1912年にオスカー・バルナックが創始した35mm判(ライカ判・24×36mm)が、100年近くの永きにわたって生命力を維持してきた理由をバルナックの死後の霊力に例えた言葉である。

35mm判は今でもフィルムの代名詞といっても良いほどだが、もともと映画用フィルムを原型とすることからフィルムの両端に映写機用のパーフォレーション(連続孔)を有している。また当初は映画用フィルムを切り取って使用した名残から、金属性パトローネの時代になってからも撮影後に巻き戻しが必要であることなど、スチルカメラ用として使用する上では小型化や合理化の点で改良の余地が多分に残されている。

当然これまでも巻き戻しの必要が無いダブルカセット方式や、パーフォレーションを省略し小型化したものなど、改良を施された新しいフィルムフォーマットが幾度も提唱/発売されてきた。110やAPSが記憶に新しいところだが、フィルムメーカーが鳴り物入りで規格した数々の新規格フィルムのその後は歴史が証明するとおりである。

数々の弱点を持ちながらし向けられた刺客をことごとく跳ね除け、これだけの期間世界標準の地位を維持してきたことは間違いなく奇跡に近いことであり、そして、そこにはもはや常識を超えた力が働いていたと考えるのも無理からぬ事である。

そして現在急速なデジタル化が進み、35mm判フィルムカメラの生産終了が相次いでいる昨今、さしもののバルナックも息の根を止められたかに見える。ところがデジタルカメラやその専用交換レンズの焦点距離表示には35mm判フォーマットを基準とする換算値注釈が当たり前のようについている。デジタルカメラはその形式によって様々なサイズの撮像素子が使用されているため、画角と焦点距離の関係がまちまちである。現在デジタル一眼レフではAPS-Cサイズの撮像素子が最も標準的だが、それとて元祖APS自体が一眼レフでは殆ど普及することが無かったため馴染みを持つ人が圧倒的に少ない。そこで直感的な比較のためには最もポピュラーな比較対象として、35mm判に対する換算値が必要になるというわけである。

その意味でバルナックの霊力は今も健在といえる。

ところで35mm判を基準とした換算値は、フィルムカメラに馴染んだユーザーにとっては解りやすいが、はじめからデジタルカメラや携帯電話でカメラにエントリーしたユーザーにはどう捉えられているのだろうか。

未だに35mm判を基準とした換算値がまかり通るのは、最も普及した小型カメラの分野においてあまりにも永きに渉って35mm判の寡占時代が続いたため、画角イコール焦点距離という概念が根強く残っているためである。さらに言えば、デジタルカメラがこれだけ普及した現在であっても、画角と焦点距離の概念は「35mm判カメラ」と「それ以外のカメラ」に区分けされたままなのである。それらはあくまで35mm判のフィルムカメラに馴染んだ世代の都合であり、35mm判と無縁のデジタルユーザーにとって換算値なぞは全く無意味なはずなのだが。

本来「焦点距離」を「画角」と共通の概念として使えるのは、対角線長が全く同じフォーマット同士の比較に限られている。もし換算値が必要な程「焦点距離」による画角の比較表現が困難なのであれば、レンズやカメラの性能表示にれっきとした「画角」という表示方法がある以上、潔く「画角」を表示するべきではないだろうか。対角線画角はこの際非実用的だが、水平画角であれば実用的な比較も十分可能である。このままではいずれフィルムカメラとの換算値が意味を成さなくなるのはもちろん、逆に妙な誤解や煩雑を生じる原因となりはしないかと危惧する。少なくとも35mm判と無縁のデジタルカメラ世代は、今後増え続ける一方であることは間違いないのである。

では、その時ついに亡霊は滅びるのだろうか。

現在のデジタル一眼の多くが35mm判より小さいAPS-Cサイズ撮像素子を採用している主な理由は、撮像素子の単価がその物理的な大きさとともに加速度的に高額になるためである。昨年までの間に広角系を中心としたデジタル専用交換レンズの充実が進み、デジタル一眼の黎明期から続いてきた撮像素子の大型化競争にも、ここに来てようやく歯止めが掛かったかに見えた。新型機のセールスポイントやユーザーの興味対象も、撮像素子の大きさよそのものより、使い勝手や画素数などカメラ本来の性能へと移り、デジタル一眼市場の成熟過程はAPS-Cサイズの「小さな」撮像素子を標準としてこのまま進んでゆくかに見えた。

そんな時期にコンシューマー機として現実的な価格設定でありながら、35mm判サイズの撮像素子を搭載したキヤノンEOS 5Dが登場し爆発的人気となった。EOS 5Dの価格設定は決して安いといえるものでは無かったが、35mm判サイズの撮像素子が量産効果によっては想像以上に単価の圧縮が可能であることや、これまで業務用の価格設定によって隠れていた35mm判サイズのデジタル一眼の潜在需要そのものが、今でも相当にあることを証明した。

デジタルカメラメーカーの新しい製品価値観への模索と、EOS 5Dの販売戦略成功の延長線上には、撮像素子が35mm判サイズを標準とするデジタル一眼の新しい時代が、極めて現実的に浮かび上がってはこないだろうか。

バルナックの亡霊は、思ったよりも相当にしぶとい様である。

written by ストロベリー小野
この記事のカテゴリーは『極私的カメラうんちく』です | 2006年02月20日

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