マップカメラ店長がカメラについてアレコレ語る『極私的カメラうんちく』

第45回:最後のフィルムカメラ

「スーパー夜景モードで夜景がさらに明るくキレイ」「ブレに強い」「微発光モードで室内が自然に」「日付が入る」「水に強い」。とあるカメラ店の店頭で見かけたこれらのうたい文句は、カメラにつけられていたものではない。全ていわゆる「レンズ付きフィルム」に付いていたうたい文句である。

レンズ付きフィルムは当初「使い捨てカメラ」とも呼ばれたが、あくまでレンズが付いたフィルムを販売しているというメーカーの強い主張と、カメラ部分のリサイクルを前提とした販売であったことから、「レンズ付きフィルム」という呼称が正式なものになった。
しかしその機能や性能には、フィルム交換が出来ないことを除いては普及型のコンパクトフィルムカメラに迫るものがあり、また現在は冒頭のうたい文句のように、自然な雰囲気を残した室内撮影や夜景など、従来レンズ付きフィルムが苦手としてきた撮影分野にも積極的な進出がなされており、既にフィルムカメラの一種として分類することもあながち誤りとはいえない状況ではある。

日本で初のレンズ付きフィルムは、1986年ISO100の110(ワンテン)フィルムを使用して発売されたフジフイルムの「写ルンです」である。「写ルンです」は二代目から画質の向上のためISO400の35mm判フィルムを使用するようになり、日本中で爆発的なヒット商品となった。
ヒットの理由は①「日中の屋外で撮る」②「2メートル以上離れる」ことさえ守れば、誰でも簡単にコンパクトカメラと殆ど遜色の無い写真が撮れる一方、フィルムの装填ミスが無いこと、落下や衝撃に強いこと、さらに盗難に気を配る必要が無いなど、カメラであればこそ起こりうるアクシデントにことごとく対抗していたためである。また行楽地などの出先で手軽に購入できることも人気の理由だった。特にフィルムの装填を苦手としていた人達からは、予めメーカーによってフィルムが装填された状態で販売されているレンズ付きフィルムは絶大な支持を得たと言ってよい。
「写ルンです」の大ヒットの後は、コダックやコニカといった主だったフィルムメーカーがこぞってレンズ付きフィルムの販売に参入した。またレンズ付きフィルム自体もフラッシュや接写機能付きのモデルが発売されるなど多様化への道を進み、その中には「自分撮り用」として、なんと17mmの超広角レンズを装備したものまであった。

オートフォーカス機構も露出調節機能も無いレンズ付きフィルムでそれなりに写真が撮れてしまう理由は、ちょっと専門的な言葉を使うと「被写界深度の原理とカラーネガフィルムの広いラティチュードに依存している」といえる。装着されているレンズは概ねF11~F16程度のレンズであり、焦点距離も大抵40mm前後の準広角である。そのため被写界深度(ピントが合っている前後の範囲)が深く、仮に2メートル前後にピントを固定しておけば、2メートル以遠はパンフォーカス(全てにピントが合った)状態になる。つまり大概のスナップや記念写真、風景写真では事実上ピント合わせの必要が無い。この基準となる固定ピント位置はレンズ付きフィルムの発売当初は2m程度のものが多かったが、「自分撮り」の流行やフラッシュ付きが普及したため室内や車内で撮影する機会が増えたことなどが理由で、近年はピント位置が近くなる傾向にある。最近のものでは1mからピントが合うと公称するものや、75cmまで寄っても遠景のパンフォーカスを維持できるものも発売されている。
また装填されているカラーネガフィルムのラティチュード(露出寛容性)は非常に広く、適正露出を基準としたときに、露出(フィルムにあてる光の量)に4~5倍の違いがあっても余裕で対応する。さらにプリント時にも明るさの補正をかけられるため実質的な露出寛容性はさらに広くなる。日向と日陰、または晴れた日と雨の日では明るさに10倍以上の差があるが、カラーネガフィルムならその中間付近の明るさで撮影しておけば十分にカバーできる範囲であり、日中の屋外であれば概ねどんな条件でも撮影することが出来るのである。ISO100の感度で始まったレンズ付きフィルムだが、露出不足による失敗に対応するため年々フィルム感度は上がる傾向にあり、一時期はISO400が主流だったが近年ではISO800から1600といった超高感度フィルムが使用されている。

簡便なしくみで最大限の性能を発揮するレンズ付きフィルムだが、レンズにはその発売当初からハイテクな部品が使われている。高性能非球面レンズの採用である。通常のカメラであれば比較的単純な構成の単焦点レンズであっても3~5枚程度のレンズを組み合わせて作られているが、レンズ付きフィルムの場合は、組み立て行程を出来るだけ簡略化するために通常はたった1枚のレンズしか使用されていない。しかし、もし球面レンズを1枚だけで使用したとすると周辺画質に大きな問題が出てしまう。そのためレンズ付きフィルムの発売には高性能で低コストの非球面レンズの量産技術が必須の課題だった。最初のレンズ付きフィルムが発売された1980年代後半は、ちょうどモールド(型押し)による非球面プラスチックレンズがカメラ用レンズに実用化され始めた頃で、課題はそのコストをどれだけ下げられるかにあった。当時モールド非球面プラスチックレンズは、カメラレンズ用としては劇的なコストダウンを成し遂げていたが、レンズ付きフィルムの販売単価に見合うとなると、桁違いのコストダウンが必要だったのである。

レンズ付きフィルムは、その単純な使用法から写真が苦手な人向きのツールと考えられがちだが、限られた機能だけが搭載された、ストイックなカメラとして考えれば逆に面白い存在である。固定焦点の単焦点レンズを使いこなす面白味は、オートフォーカスのズームレンズに飽き足らないマニアックな世界にも通じるのではないだろうか。

フィルムカメラの衰退とデジタルカメラの隆盛の一方で、堅実な需要を獲得しつつ撮影領域の拡大を年々続けてきたレンズ付きフィルムだが、近年はカメラ付き携帯電話の性能向上によって少しずつその需要は減りつつあるという。しかし最も簡便に写真を撮るツールとしての存在意義は、フィルムカメラ全盛の頃から依然として揺らぐことは無い。レンズ付きフィルムの手堅い需要は今後も続くだろう。

もしかすると最後まで残る「フィルムカメラ」とは、レンズ付きフィルムなのかも知れない。

written by ストロベリー小野
この記事のカテゴリーは『極私的カメラうんちく』です | 2008年09月19日

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