Select Language

第43回:写真表現の深度表

[ Category: 極私的カメラうんちく|掲載日時:2008年07月20日 00時00分]
被写界深度(ひしゃかいしんど)という言葉をご存知だろうか。

理想的な性能を持ったレンズで「点」を撮影すると、その映像は撮像素子やフィルム上に再び「点」となって結像するはずである。これがピントの合った理想的な状態である。しかし、このときもし撮影した点のすぐ手前やすぐ後ろにまた「点」があるとき、これらも撮影条件によっては「実用上」ピントが合っていると判断できる場合がある。この事は言い換えると理論上には一平面上に集まるはずのピントの合った部分が、「実用上」は被写体上においてある程度の「厚み」を持っていることになる。このピントの「厚み」の概念こそが被写界深度である。
被写界深度が極端に薄い場合、主要の被写体にだけピントが合い、背景や前景は大きくボケた状態になる。ポートレートや接写などでよく見られる手法である。逆に被写界深度が非常に深い場合、手前から奥までピントの合った写真になる。これは別名パンフォーカス写真などとも呼ばれ、記念写真や風景写真などでよく見られる手法である。

ちなみに被写界深度の「対義語」は「焦点深度」である。写真技術の解説本などにおいてもよく混同されることが多いこの両者の「深度」だが、全く意味が違う。被写界深度とは撮影される側の外界(被写界)において概ねピントが合っていると判断してよい前後の範囲、つまり「深度」のことであるのに対して、焦点深度はレンズの後ろでフィルムや撮像素子に結像する像(焦点位置)において、ピントが合っていると判断してよい範囲のことである。その性質も全く異なっており、被写界深度が①焦点距離②絞り値③撮影倍率それぞれによって変動するのに対して、焦点深度は絞り値によってのみ変動する。

被写界深度を数学的に論じる場合、「許容錯乱円」という言葉が使用される。許容錯乱円とは前述の「点」の結像が多少ぼやけても、ピントが合っていると「許容」出来る最大限の状態を指す。本来は面積を持たない点が、ぼやけて(錯乱して)円形になっていてもピントが合っているとみなせる(許容される)ので、許容錯乱円と呼ばれる。許容錯乱円の直径は概ねフォーマットの対角線長に比例し、35mm判では0.03mm程度だがAPS-Cサイズでは0.02mmほどになる。この事は、小さいフォーマットはそれだけ実用上の拡大率が高いため、「許容」されるピンボケの範囲が狭いとも解釈できる。

かつて1950年頃、35mm判においてレンジファインダー機と一眼レフの勢力が拮抗していた時代には、それぞれがお互いの短所を挙げ連ねる風潮があった。今となっては笑い話に聞こえるかも知れないが、当時のカメラ雑誌では、読者同士がレンジファインダー機と一眼レフの長所短所を真剣に討論する企画もあったほどである。そんな中、レンジファインダー機では被写界深度のプレビューが原理的に不可能な点を突いて、一眼レフのプレビュー機能がことさら有利な条件として強調されていた。一眼レフの被写界深度プレビュー機能とは、通常は開放状態になっている絞りを撮影前に動作させて撮影時の状態にすることで、ファインダー上で被写界深度を確認できる機能のことである。その影響からか、フィルムカメラの時代には大半の一眼レフに絞りを強制的に動作させるためのプレビュー用のレバーやボタンが付いていて、被写界深度の確認が可能になっていた。
しかしいかに一眼レフのプレビュー機能といえども、本当はこれでも完全とは言い難い。一眼レフのフォーカシングスクリーンは、その特性によって見かけ上の被写界深度が変化する。例えば明るさを優先した透過率の高いフォーカシングスクリーンでは、被写界深度が実際よりも「深く」見えてしまうのである。また大きな絞り値でプレビュー機能を使用すると、途端にファインダーが真っ暗になってしまうため、実際には全く実用にならない場合もある。

ところで、一眼レフのプレビュー機能以前の話として、かつて被写界深度を知る最も手軽で確実な手段は、交換レンズの表面に刻印された指標を読むことだったはずである。レンジファインダー機やMF一眼レフの交換レンズには、距離目盛のそばに絞り値ごとの刻印がされていて、それを距離目盛と一緒に読むことでピントが合う範囲を大雑把ながら知ることが出来る。しかし1990年代のAF化以降、一眼レフ用交換レンズの被写界深度表示は「退化」を続け、簡略化されたどころか、現在では全く表記すらされていないものも珍しくなくなった。いまや距離目盛すら無いAFレンズが普通にあることからすれば、被写界深度表示の退化は致し方無い流れなのかも知れないが、手軽にピントが合うオートフォーカス機に慣れ親しんでしまうと、ピントの「奥行き」の概念などにはあまり気を配らなくなってしまうのだろうか。
例えばパンフォーカス撮影で出来るだけ深い被写界深度を得たい場合、闇雲に絞り値を大きくすればそれでよいというものではない。絞りは過度に大きな値を大きくとると相対的なシャッター速度が極端に遅くなって不用意なブレの原因となったり、また「回折(かいせつ)」という現象によってかえってピントが甘くなる現象を起こす。つまり必要充分な被写界深度をとりながらシャープな画像を得るためには、被写界深度を得るための最小限の絞り値という情報が不可欠なのである。またパンフォーカスに限らず、適切な被写界深度のコントロールは写真だけが持つ表現技法といえるものである。緻密に構成された写真であれば、それだけ適切な被写界深度が適用されていなければならないはずである。かつて交換レンズに詳細に刻印されていた被写界深度表とは、まさにそれらの要求を満たしてきたものだったのではないだろうか。
いずれにせよ、昨今において被写界深度情報の重要性が薄れてきているのは間違いないようである。フィルム一眼レフの発展途上において、不完全ではありつつも先人達が一眼レフのプレビュー機能にこだわったその理由を、我々はもう一度見直すべきところにいるのではないだろうか。

[ Category: 極私的カメラうんちく|掲載日時:2008年07月20日 00時00分]

面白いと思ったらコチラをClick!364票


第55回:デジタル時代のステレオカメラ[2009年09月20日]

液晶モニターであれ、紙であれ、写真は平面で鑑賞するものというのが当たり前の概念である。しかし、フジフイルムから発売されたFinePix REAL 3D W1は3D写真を手軽に撮影ができて、また3D写真の再生も背面液晶でその場で出来るなど、写真の概念さえ大きく書き換えられかねないインパクトを持っている。 FinePix REAL 3D W1が発表されたのは今年3月のPIE(フォトイメージングエキスポ)の会場である。フジフイルムのブース中央にモックアップと試作機が展示されていたのをご記憶の方も多いだろう。 言うまでも無くF...
続きを読む

第54回:大ヒット商品の条件[2009年08月20日]

世に言うヒット商品とは沢山あるが、戦後のカメラ史を紐解いてみると、面白いことにおよそ10年に一度の割合で爆発的なヒット商品が生まれていることがわかる。 ■リコーフレックス III  発売年月:1950年9月  発売時定価:7,300円 二眼レフの定価が3万円前後だった時代に定価7,300円で発売され、爆発的ヒットとなる。カメラの生産台数といえば一機種で数千台が普通だった時代に、当時としては空前の月産1万台を達成した。この大量生産対応のために、ベルトコンベアー方式の生産ラインが導入される。この...
続きを読む

第53回:特殊効果の新時代[2009年05月20日]

アートフィルターを内蔵したオリンパスE-620が人気だ。 アートフィルターの特殊効果は、言ってみればどれも画像処理ソフトがあれば加工が可能なものばかりだが、いかにデジタル画像が加工の汎用性が高いといっても、いざ撮影後の編集環境が万全なユーザーばかりではない。またそういった現状に加え、特殊効果を得ながらも純粋に撮影だけを楽しみたいというユーザーの思惑をうまく捉えたのがアートフィルターだといえる。 アートフィルターは、まさにデジタル世代のために生まれた発想であり、また機能であると...
続きを読む

第52回:駆逐される光学ファインダー[2009年04月20日]

光学ファインダーが駆逐されている。 比較的最近まで、コンパクトデジタルカメラにはフィルムコンパクトカメラのような光学ファインダーが付いていたのを覚えておいでだろうか。往年のコンパクトデジタルカメラには、主に明るい日中の撮影時に液晶モニターが見えづらい場合のために、また長時間液晶モニターを見ながら撮影すると早く電源を消耗してしまうという理由から、現在と同様液晶モニターによるライブビュー撮影も可能な仕様だったにも関わらず、必ずといって良いほど光学ファインダーも付いていた。し...
続きを読む

第51回:ズームレンズあらかると[2009年03月20日]

ズームレンズといえば現在の写真用レンズとして中核的な存在であり、ズームレンズが無ければ写真産業や写真文化はもはや全く成り立たないほどである。現在の交換レンズのラインナップは、特に使用頻度の高い焦点距離領域はズームレンズによって何重にもカバーされている。もちろん単焦点レンズでなければカバーできない領域はある程度残っているにせよ、それもほんの僅かである。また現在、高性能ズームレンズの描写性能は単焦点レンズに匹敵するものとなり、中には単焦点レンズの画質を上回るものさえあるという...
続きを読む