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■ИНДУСТАР-61Л(インダスター61L)/3-МС 50mmf2.8

インダスター61L

 世はデジタルカメラ全盛期。
 ・・・いまさら何を言ってんだと言われること請け合いの書き出しですが、そういうご時勢にあえてM42マウントを主力として撮るというのは、なかなかそれなりの苦労があります。
 別にゆるゆるほっこりなトイカメラのつもりで使っているわけでもないので、現行のレンズと手元のコレクションがいい勝負をしてくれないことには話が進みません。
 今のところトイカメラに負ける気はしませんが、写りにおいては、さすがに現行レンズに軍配が上がるのは当たり前の話です。いや、そうでないと困りますよね。M42が主流だった時代から現在までの数十年もの間、レンズというものがちっとも進化しなかったなんてことは、事実上でも理想上でもありえない話です。もしそんなことがあったとしたら、それはもちろん悪夢。
 よって、この場合の「いい勝負」とは「ある程度の」くらいでちょうどいいわけで、別に勝とうと思ってないし、間違って勝っちゃっても困るでしょう? というような、実に鷹揚な、大人な構え方なわけなんですね。

 デジタル全盛時代ですから、世にはデジタル専用設計レンズというのがたくさん存在しています。これらはデジタルで使用されることのみを念頭において設計された新世代の子らで、つまりメーカーさんはこれらレンズを使ってこそ最高の実力を引き出せるようにデジタルカメラを設計しています。
 そんな専用設計レンズを置いといてスクリューレンズをアダプトしてしまう天邪鬼さ。画質や便利さで専用設計レンズに勝つことはできませんが、勝たなくて良いのです。その代わりに求められるのは、この間生まれたばかりのような専用設計レンズには決して真似できないような「芸当」です。

 今回ご紹介するレンズはまさにそれを持つものの筆頭と言っていいでしょう。
 ИНДУСТАР-61Л/3-МС 50mmf2.8。
 もちろん、読めません。日本語では、「インダスター61L」と表記します。インダスターろくじゅういちエル・スリーエムシー。長い名前です。
 キリル文字が示す通り、ユーラシア大陸はソヴィエト連邦の生まれ。製造したのは、LZOS、リトカリノ光学ガラス工場(Лыткаринский Завод Оптического Стекла )。クラスノゴルスクやロモと並んで有名な企業で、ジュピターやルビナーといったラインナップを持っています。鏡胴にある△○Cを重ねたマークがリトカリノのロゴですが、露国のメーカーのロゴはどれもソレっぽいというか、何とも日本にはないような面白味があります。
 日本にはないような・・・という点では、この外見もそうですね。実に素っ気無いです。ほぼ「ただの筒」です。スクリューレンズでも、例えばペンタックスやツァイスは銀色のリングをあしらったり、ローレット加工を工夫したりしていますが、このレンズの場合、装飾とか意匠とか呼べるものは前述のソヴィエトなロゴ以外にはほぼ無く、寸胴で、ちょっと修理のために買ってきた予備の水道管のパーツか何かみたいです。
 一応マクロレンズのようなので、最接近時にはヘリコイドが結構伸びますが、目一杯のところまで回すと、隙間というか継ぎ目というか・・・そういうものが見えてしまい、工作が本当に簡素なんだということを思い知らされます。
 正直パッとしません。お世辞にもかっこいいレンズではないですし、タクマーのところで書いたデザイン的なマッチングの全く逆をいくといいますか・・・どのカメラにつけてもヘンテコな違和感をかもし出します。
 しかし、それでもなお、どうしてこのレンズで撮るのか。このレンズを取り上げて話をするのか。主に日が暮れてから、このレンズの逆襲が始まります。
インダスター61L


 このレンズのどこに特筆すべき点があるのか。引っ張りましたが、ずばり言うと、絞り羽根にあります。
 羽根は六枚。なんだ普通じゃん、と言うなかれ。その形状が特殊です。というか、異常です。
 インダスター61Lはマニュアル操作しかできないレンズですが、レンズ先端にある絞り輪を回していくと・・・4過ぎからだんだん羽根が怪しい形になりはじめ、5.6前では、ヒトデ型宇宙人のシルエットみたいな形になります。それから8にかけてはエッジが鋭くなりつつ形が整えられ、一般的に言う「ダビデの星」みたいな形になってしまいます。
 通常のレンズでは考えられないような形です。ましてや、より自然な描写を求める現在のレンズ設計からすれば、悪ふざけもいいところでしょう。
 ですが、これがいいのです。
 もちろん、絞り輪をヌルヌルッと動かして形の推移を眺めているだけでもオツなもんですが、そうしている間に日が暮れた後は、是非、夜景を撮りに行きましょう。
 点光源をこの絞りでぼかすと・・・玄人の皆さんはもうおわかりですね。画面にお星様が浮かんでくるのです!
 なんというとんでもないレンズでしょうか。そこにないものを写し出してしまいます。
 これがどんな効果を生むか、サンプル写真を見て妄想してみてください。被写体に恵まれない筆者は、ちょっと器量の悪いかえるのぬいぐるみくらいしか撮れませんが(申し訳ありません・・・)、例えば、彼女さんであるとか、お子様であるとかですね・・・場所も、空気の悪い甲州街道とかじゃなく、ディズニーランドだったりしたら、どうでしょう。
 もちろんあなたは、その日、イベントに際して最もよく写るレンズを装備していることでしょう。そして、いい写真を撮る。しかし、後でそういう写真を見た時、もう一押しほしいと思ったことはありませんか? 日常から一歩離れたイベントの日です。その非日常の空気を写真に写しこんで演出してみたいと思いませんか?
 そういう時の一押しができるレンズだと筆者は思っています。しかも、この水道管のパーツみたいなのが、こういう現象を引き起こすわけですから、意外性はいや増すこと請け合いです。ナイス!
 はい。では、星写真を撮影するポイントみたいなものを書いてみましょう。ちょっとだけコツをつかむ必要があります。
 まず、この際ですから、デジタル一眼レフでの撮影が大前提としておきます。このボケの形というのは、案外ファインダーでの見た目があてにならないことが多いので、結果をすぐに確認できるデジカメでないと厳しいです。
 次に光点と被写体との距離も重要です。ただ単に遠くの夜景を捉えて星にしようとすると、全面ピントを外した絵になってしまいます。被写体にピントを合わせるなら、光点と被写体の間にはそれなりの距離が必要となります。
 あとは、夜間撮影の難しさです。筆者がやったように車のライトなどを光点として星化する場合、シャッタースピードを上げないと光が尾を引いて星に見えなくなってしまいます。これもデジタルで感度を操ることによって解決しますが、今度はノイズとの戦いになってきます。
 「スナッパーの心得」とか言い放って三脚を持たない主義なものですから、デジ一眼の手ぶれ防止機能様々な撮影でしたが、三脚使用が望ましいというのは言うまでもありません。
 もちろん、点光源でありさえすれば、インダスター61Lは昼夜問わず星に変換するので、木漏れ日とか、雨粒の輝きなどを利用するのも面白いアイデアではあります。

 それと、ここで是非書いておかねばいけないと思うのですが・・・特異な存在であり、色物扱いばかりを受けがちなレンズではありますが、実は、実用的な部分でも意外なほどまともな性能があります。
 まあ、マクロレンズとは言え、30センチまでしか接近できないのはご愛嬌と言ったところですが、かなりコンパクトでかさばりませんし、完全マニュアルであることで、銀塩マニュアル、銀塩オートフォーカス、デジタル一眼と、ボディを変えてもほとんど機能や操作性に変更がないところは、むしろ利点と呼べます。
 写りの点でも、筆者の所持する個体を見るのであれば、かなり良いと評価できるレベルです。レンズが非常に奥まったところにあり、しかもマルチコーティングが施されているおかげで、厳しめの状況下でもわりと安定した写りをしているようです。
 以前のコラムでも触れましたが、ロシアンレンズは、かつての大戦時にドイツから持ち去ったものをそのまま引き継いで生産したものが大半です。構成図からして、インダスターと呼ばれるレンズシリーズは、かのテッサーのコピーではないかと言われています。
 そう、あの、通称「鷹の眼」と呼ばれるカール・ツァイスのテッサー。そうだとすれば、納得ではないでしょうか。インダスター61Lも、「写らないわけがないレンズ」なのです。多分!

 このレンズが現役だった当時、この奇怪な絞り羽根の形状は、どういう風に扱われていたものでしょうか。残念ながら、それに関する記述を筆者はまだ発見できてはいません。
 メーカーが「マクロレンズなんだけど、星作れますよ」とか宣伝するというのも意味がわかりませんし、現在の円形ボケに対する評価を考えてみると、もしかすると、禍々しいものと疎まれたこともあったのではないでしょうか。
 実際、シリアスな写真を撮ろうとして背景に無数のお星様が乱舞しちゃったりすると、それはもう台無しになってしまうのですから、これはむしろ欠点と言えるものでしょう。
 その欠点が、このデジタル時代にあって、個性と受け止められ、新しい価値を得る。面白いものです。しかも、こうしてポイントをまとめてみると、数多あるM42レンズの中でも、特にデジタルで使うことに利点のあるレンズと言えます。
 デジ一眼にインダスター61Lという組み合わせで夜の街を流してみると、まるでこのレンズがデジタル一眼との邂逅を待ちわびていたのではないか、というような錯覚すら覚えます。

 こんな唯一無二の面白さをユーザーさんたちがネットで広めたこともあり、かつ、さすがのロシアでも生産が終了したようで、最近では価格が上昇傾向にあるようです。
 ですが、どうか購入の際には頭の片隅に産地のことを置いておくのをお忘れなく。そこは、社会の仕組みも風土も、この日本とは全く違った国なのです。
 デジタル一眼レフより先に、まず、寛容な心とアイデアのご準備を。肩のこらないスターダスト大作戦、存分に楽しもうじゃありませんか。


■サンプル写真■
TAKUMAR
厳しめの状況下でも・・・
TAKUMAR
マクロレンズとは言え・・・
TAKUMAR
点光源を・・・
TAKUMAR
この絞りでぼかすと・・・
TAKUMAR
スターダスト大作戦


written by イノウエ
この記事のカテゴリーは『M42星雲』です | この記事は2008年06月14日現在の情報です。


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