380:『Voigtlander ULTRA WIDE-HELIAR 12mm F5.6 Asph III』
2016年10月03日
フォクトレンダーの代名詞とも言える銘玉“HELIAR”の名を冠した超広角レンズの進化が止まりません。デジタル撮像素子の仕様に最適化した光学系を備えた、15mmの新たな「SUPER」、未知なる世界を切り開いた10mmの「HYPER」。焦点距離を耳にするだけで世の広角好きの胸を熱く焦がすような、魅力あるラインナップが立て続けに登場する中で、今度は12mm、120度の画角を誇る『ULTRA』のIII型が発売開始となりました。更にマウントは「SUPER」「HYPER」と同様に従来のライカM用の「VM」と、システムとしての成長著しい「SONY-E」の2種類。メーカーの意気込みが伝わってくる商品構成も嬉しい限りですが、今回は先行発売となったソニー用を手に、早速撮影に赴きました。 既発売の15mm・10mmと同様に、デジタル機で使用する事に照準を合わせマゼンタ被りを抑えた設計を取り入れた本レンズの実力は如何なるものか、その実力をご確認ください。
今回撮影地に選んだのは埼玉県の秩父地方。今では想像もつきませんが、約1,700万年前には古秩父湾という名の海岸があり、今も荒川の浸食作用によって河岸段丘が作られるなど、風光明媚な土地柄で被写体には事欠きません。
荒川に架かる大きな橋もこのレンズが持つ120°の画角をもってすればこの通り。通常、路面から高く伸びる主塔の頭頂部までを捉えようとすれば遠景での撮影となるところですが、このレンズのおかげで、無機質な巨大コンクリートが間近にせまる迫力を見事に表現出来ました。後ろに控える山々や、厚い雲が織りなす雰囲気と相まって、どこか神々しい独特な世界観を演出してくれています。主塔から張るワイヤーを見ても歪曲収差がほとんどなく、被写体の様子を見事に伝えてくれることに驚きです。
天を覆うかのような蓊々たる様をダイナミックに納めてくれるあたりはさすが超広角といったところでしょうか。メーカーがコンセプトとして掲げるソニーEマウントセンサーに最適化された光学設計は、心配された色被りも、まったくと言って良いほど気になりません。
こちらは市街を一望出来る展望スポットからの1カット。今回の撮影を楽しめた最も大きな要因が「フレーミング」でした。“どこまで写すのか”、“どこを切り取るのか”、ファインダーを覗きながら出来上がる写真を想像するのは非常に愉快なものです。四隅に配置した被写体が若干デフォルメされることを考え、それを最も効果的に写す方法を求めるのは、広角レンズならではの醍醐味と言っても良いでしょう。この日は台風の接近に伴った動きの速い雲が印象的で、いかにして表現するかを考えながらシャッターをきりました。動きのある雲を隅に置き、空を広く写すことによって 遷り変りの速い山地の空模様を表現できたように思います。
超広角であることや、開放f5.6という被写界深度もあって、ボケ量としては控えめな本レンズですが、コントラストが高く被写体を際立たせることに一役買ってくれます。山肌を這うように下る滑り台の金属の質感と、光の回り方が生み出す明暗のグラデーションを綺麗に表現してくれました。非常に単純な構図ですが、中心部へ吸い寄せられるような錯覚を覚えます。
非常に色乗りの良いソニーセンサーの面目躍如といったところでしょうか。観客席の原色に近いシートの色から、木々や空のグラデーションまで破綻することなく綺麗に再現してくれました。これだけの超広角ともなると、肉眼で見る景色とファインダー内の景色の乖離が大きい為、新鮮な気持ちで撮影に臨むことが出来ます。
前述の通り、何をどういった視点で切り取るかが重要なこのレンズ。持ち合わせた画角から、どうしても中心から放射状に広がる、いわゆる“日の丸構図”になってしまいがちです。こちらはそんな構図の中でも、半ば無理やりに仰角気味に被写体を捉えた1枚。かなり地面に近い位置からの撮影となりましたが、ボディーの5軸手ブレ補正やティルト液晶など、サポートツールが多い為、苦にすることはありませんでした。
ちなみに本レンズの最短撮影距離は30cm。今秋発売が予定されているレンジファインダー用は最短撮影距離が50cm、さらに距離計が連動するのは70cmまでとのことなので、接写に用いるならばこちらのソニーEマウント用に軍配が上がることになります。
今回のレンズで最も印象深かったのは、その徹底した歪曲収差の補正力でした。“ディストーションを徹底的に排除した”というメーカーの言葉に偽りはなく、被写体が持つ直線をそのままに描くことが可能なため、構図を決める上での自由度が前代モデルと比較して飛躍的に向上したように思います。 また、ソニーマウントであることを活かした設計の細かさも、撮影のクオリティを高める要因として見逃せません。電子接点を搭載している為に純正レンズ同様にExifが残せることや、ピント操作時にモニターが拡大表示に切り替わる点には、メーカーの持つ高い技術力を垣間見ることが出来ました。
今回の12mmの登場で、ついに3本揃ったフォクトレンダーの「WIDE HELIAR」シリーズ。普段使いとしてはハードルの高い選択肢ですが、ふと印象深い光景に巡り合った際には無類の強さを発揮することとなる超広角レンズ。焦点距離としては僅かな差でも、画角には大きな違いが生まれる為、時には3種類全てを使い分けるのもまた楽しいことでしょう。ソニーEマウント史上、最もダイナミックな描写が楽しめる「WIDE HELIAR」シリーズ、1本持っていても損はありません。
Photo by MAP CAMERA Staff
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