LEICA THAMBAR-M
90mm F2.2
2016年に60年の沈黙を破り赤ズマロンが復刻されて販売されたのは記憶に新しい事と思うが、今回はその第二弾となる。オリジナルが製造されていたのは戦前の1934-1940年。総生産数は3500本と言われており、現存するタンバールは希少レンズとして高値で取引されている1本である。その描写は“妖艶”という言葉が似合う独特の写りを見せ、フォーカスの芯はありながらも写真全体を柔らかな霧のような収差が包み込む。日本を代表するライカ使い・木村伊兵衛氏も愛用していたレンズとしても有名で、女性のポートレート撮影でタンバールの魅力を遺憾無く発揮させた作品が残されている。
レンズの外観や、フード形状、レンズ中心部に光を通さない加工がされたセンタースポットフィルターなど、オリジナルを忠実に復刻させた印象が強い新タンバール。マックス・ベレクが設計した光学はそのままにマルチコート化とリファインされたその描写は、近代レンズの正確さを持ちながらタンバール本来のソフトフォーカスを味わえる1本である。
絞るごとにソフトフォーカスの効果は薄れていき、F9以上でその効果は分からなくなる。センタースポットフィルターの有無でも光の滲み方が変わるので自分のイメージに合った描写を見つけるのも楽しみの一つだ。
オリジナルのタンバールに比べてコントラストと解像力は一段上に上がったように感じる。その分、滲みとフォーカス面の境界線が分かりやすくなり、幻想的な描写ながら使いやすさは向上したと言えるだろう。
白昼夢のような描写。
今や新品で購入できるソフトフォーカスレンズは希有な存在になりつつあるが、タンバールが特別なレンズである理由の一つにその収差補正の仕方が独特な点が挙げられる。
通常ソフトフォーカスレンズは球面収差に対して補正量を少なくし、あえて残存収差を多く残した設計をしているのが一般的だが、タンバールは逆に球面収差に対して過剰に補正することで滲み表現している特殊なレンズなのだ。。そしてボケ味は現代で言う“バブルボケ”が発生し、センタースポットフィルターを装着すればバブルボケはリング状のボケへと変化する。ソフトフォーカスレンズでありながら多彩な表現が可能なのも本レンズの大きな魅力と言えるだろう。
手にした当初は少し戸惑うかもしれない個性的な描写だが、クセや特性を掴めれば「レンズを使いこなす」という言葉がこれほど似合うレンズは他にないかもしれない。
絞り開放で最短撮影した一枚。『タンバール M90mm F2.2 』のピントの芯がお分かりいただけるだろうか。ピントが何処に合っているのか判断が難しいソフトフォーカスレンズもあるが、本レンズは美しい繊細な芯のある開放描写だ。
普段目にしている光景もタンバールを通すと白昼夢の世界へと変わる。絞りやフィルターだけでなく光の入り方でも画が大きく変わるのが面白い。
『タンバール M90mm F2.2』を使用してみて、その効果も考えた画をしっかりイメージしてシャッターを切るレンズだと強く感じた。なんとなく撮影してもソフトフォーカスの効果に画が負けてしまい、本レンズの魅力がうまく伝わらない写真になってしまう。逆に効果も考えたしっかりとしたイメージがあるのなら、これほど写真に力をあたえてくれるレンズは他にないだろう。扱い方は難しいが、イメージにハマった時の快感は他のレンズでは味わえない感覚だ。
80年の時を超えて甦る、タンバールの世界。
カメラレンズの良し悪しとは本当に不思議だ。最新の光学技術で作られ、優れたMTF曲線のグラフを描くレンズが最高のはずなのだが、そこに“感性”という概念が入ると、必ずしも光学性能が全てとは言えなくなる。特にオールドレンズで言えば当時の技術の限界で補正しきれなかった収差や光量落ちなどがレンズの“個性”や“味”となり、何十年も愛され続けられ銘玉へと変わる。ライカにはそのようなレンズが多数存在するのだが、このタンバールを現代に蘇らせた意図は非常に興味深い。
近代の写りすぎるリアルな描写とは相反する、幻想的で絵画のような描写特性。『タンバール M90mm F2.2』は改めて光を操る面白さと、写真の不思議さを教えてくれる1本だ。
Photo by MAP CAMERA Staff