今や遠い存在となってしまった、ELCAN『エルカン』という名。 古くは、1952年にライカ製品の生産工場としてスタートしたライツカナダ社(ERNST LEITZ CANADA)の略称であった。 発足当初から優秀なレンズ設計者が多数在籍しており、数々の銘玉を設計してきた歴史を持つ。 そして1972年・・・ELCANの銘を冠し、米軍に納入された軍用ライカ『KE-7A』に供給されたのが、この『ELCAN 50mm F2』である。
50mmとしてはかなりコンパクトなサイズの鏡胴。そして、4群4枚という簡素な光学設計。 一般市場向けに同時期販売されていたSummicron50mm F2と比較され、コストダウン版とだけ評される事が多い本レンズ。 しかし、約550本という製造本数に対して新設計を用いた真意は、その一言だけでは語りきれないものだろう。
4群4枚という光学系は、エルノスター・タイプと呼ばれる構成。2群目に貼り合わせ面を持つSummicron50mmの変形ガウス・タイプとは異なり、レンズエレメントそれぞれが独立し、貼り合わせ面が設けられていない。軍事用途という前提から、衝撃や環境の変化による貼り合わせ面への影響を考慮したものと推測できる。それが結果的に、鏡胴の小型化と重量の軽減にも貢献している。更に絞り環には第2世代のSummicron35mmに似た突起が設けられ、手袋をしたままでも操作し易そうな造りだ。『ELCAN』は過酷な戦地における、堅牢さと操作性、そして可搬性という条件を満たした、明確な設計思想によって生み出された産物と言える。
ELCAN銘のライカMマウント用レンズには、50mm F2の他にも1 3/8INCH F2、66mm F2、65mmF0.75、90mm F1等が確認されている。こうした特殊なレンズの開発・製造の経験を積んだライツカナダ社は、本家ライカ社にレンズ供給をしながらも『ELCAN社』として独立。紆余曲折を経て、現在は世界屈指の軍需産業メーカーとして名高い『Raytheon社』の傘下に収まっている。世界各国の軍に納入されているライフルスコープや暗視装置といった光学兵器には、今でも受継がれた『ELCAN』の銘が輝いているようだ。