【極私的カメラうんちく】第46回:水中から見上げる円形の星空
一眼レフの交換レンズで、最も画角の広いレンズはフィッシュアイ(魚眼)レンズである。
そのためフィッシュアイレンズは広角レンズの先頭に分類されることが多いが、本来広角レンズとフィッシュアイレンズには決定的な違いがある。広角レンズは文字通り画角が広いレンズを指すが、画面の周辺に至るまで画像の歪み(ディストーション)を徹底的に除去している。一方フィッシュアイレンズは逆に画面周辺のディストーションを大量に残すことで画角を稼いでいる。言ってみれば正確な描写のためにディストーションを取り除くことは、画角を稼ぐ上では不利なのである。そのため焦点距離15mmの超広角レンズの対角線画角が110度程度なのに対して、焦点距離16mmのフィッシュアイレンズの対角線画角は180度である。焦点距離の短い方が画角は広いという法則は、ディストーションがある場合には成り立たない。
現在発売されているフィッシュアイレンズは、唯一シグマから発売されている円周魚眼を除いて、全て対角線魚眼である。対角線魚眼はちょうどフィルムや撮像素子の四隅が最大の画角となるように設計されているので、撮影された画像は四角く切り出されたようになる。これに対して円周魚眼は対角線魚眼に比べてイメージサークルが小さく、四角いフィルムや撮像素子上に日の丸のような円形の画像を結ぶ。両者とも180度の画角は変わらないが、円周魚眼のほうが対角線魚眼では切り捨てられてしまう部分が無い分、写る範囲は広いといえる。しかし円周魚眼はイメージサークルが小さいため、写る大きさ(像倍率)は半分程度になってしまう。
ところでフィッシュアイレンズというと35mm判換算15~16mmの焦点距離で、画角180度のものが殆どだが、実はそればかりとは限らない。最近ではペンタックスやトキナーといったメーカーからは画角が180度~100度のフィッシュアイズームレンズが発売されているし、レンズメーカー製のデジタル専用フィッシュアイレンズは、撮像素子が一番大きいニコン(※1)を基準に設計されているため、他のメーカーのデジタル一眼レフでは180度未満の画角になってしまう。そしてなんと、かつてニコンが発売していたAiフィッシュアイニッコール6mmF2.8Sは、220度の画角を有していたというから驚きである。
(※1)APS-Cサイズクラスの撮像素子において
以前このコラムで、現在のようにデジタル一眼レフ専用レンズが無かった頃、デジタル一眼レフユーザーは超広角ズームを標準ズームとして使用せざるを得なかったという話をしたが、同様の理由で当時はデジタル一眼レフで超広角レンズとして使用できるレンズが存在していなかった。そこで当時多くのデジタル一眼ユーザーが、画角180度を誇るフィッシュアイレンズを、超広角レンズとして何とか利用できないものかと目論んだものである。しかし画角の大半を周辺のディストーションで稼ぎ出すフィッシュアイレンズを、撮像素子の小さなデジタル一眼レフに装着してもディストーションの少ない中心部分しか利用できないため、結果として思ったほどの画角は得られなかったものである。
フィッシュアイレンズの特徴は、周辺画面のディストーションもさることながら、その強烈なパースペクティブ(遠近感)にあるともいえる。近くのものはより大きく、遠くのものはより遠くにあるように写るパースペクティブ効果において、フィッシュアイレンズは超広角レンズよりもさらに強烈な効果をもっている。以前、犬や猫といったペットのポートレートをフィッシュアイレンズで撮影するのが流行したことがあるが、前に出っ張った鼻がことさらに大きく写ったため「鼻デカ写真」などと呼ばれたりもした。これはフィッシュアイレンズの強烈なパースペクティブがあってこその演出効果といえよう。
フィッシュアイレンズの黎明期は一眼レフの黎明期とほぼ同時期である。そして初期の一眼レフ用超広角レンズがそうであったように、当初のフィッシュアイレンズも一眼レフに装着する際には別ファインダーとミラーアップが必要だった。しかし広角レンズと決定的に違うのは、フィッシュアイレンズはレンジファインダー機用として設計されたものを一眼レフ用に転用したものではないことである。一眼レフの黎明期にミラーアップ操作を必要とした広角レンズは、全てレンジファインダー機用のものを転用していたにも関わらず、フィッシュアイレンズは最初から一眼レフ用に設計されていた。そうするとなぜレンジファインダー機用のフィッシュアイレンズが存在しないのかは不明であるが、もしかするとレンジファインダーの視界を遮ってしまうほど大きい、黎明期のフィッシュアイレンズの筐体が原因だったのかも知れない。余談だが、正射影方式を採用した特殊なフィッシュアイレンズとして有名なOP Fisheye-NIKKOR 10mm F5.6もミラーアップを必要とする初期のフィッシュアイレンズであるが、正射影方式を採用するために、一眼レフ用の交換レンズとして世界で初めて非球面レンズを採用したレンズだった。
フィッシュアイレンズの使いこなしは非常に難しいといわれている。余りある画角によって自分の指や足が写真に写り込んでしまうという単純なものから、強烈なディストーションによって何を撮っても同じように見えてしまうという永遠の課題まで難しい理由は様々である。180度もの画角をどう使ったらよいかはすぐには思いつかないが、どうやらその使用目的の多くは天文関連の撮影らしい。オーロラや流星群、天の川など、全天を多い尽くす自然現象を余すところ無く捉える道具となれば、180度の画角は当然必須なものだろう。フィッシュアイの語源は、魚が水中から水上を見上げた景色になぞらえたものだという。水中から見上げると屈折率の関係で水上の景色が円形に見えるのだそうだ。満天の星空を水中から見上げる魚の目に映る景色を想像しながら、秋の夜空をフィッシュアイレンズで撮影するのも、悪くない趣味かも知れない。