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【極私的カメラうんちく】第12回:シャッター進化論

カメラに最低限必要なものとはなんだろうか。

3つ挙げろといわれたらレンズとシャッターとフィルムということになる。

そのうち最後の部分はデジタルカメラならば撮像素子ということになるが、ピンホールカメラならいざ知らず、この3つが無いと今時普通はカメラとは呼ばない。そのうちレンズやフィルムあるいは撮像素子についてはメーカーの宣伝活動も旺盛で、利用者の間でもその良し悪しが頻繁に話題に上る。しかしシャッターの良し悪しについて活発な議論が闘わされることは昨今まれである。
そこで今回はそんなあまり日の目を見ないシャッターについての考察をしてみたい。

 最も原始的なシャッターはレンズキャップのつけ外しということになるだろうが、そういった使用法は現代の写真術ではかなり特殊な部類だろう。

 そこで改めて現代のスチルカメラにとってのシャッターを定義すると、フィルムや撮像素子に当てる光の時間を正確に制御するために設けられた、物理的に光を遮る装置のことである。シャッターには完璧な遮光性能を有しながら、瞬間的に正確な秒時で光を通す動作性能との相反する二面性が高度な耐久性と同時に要求されている。そういった意味では形式やフォーマットを問わず、広い意味で現代のカメラにとっての最重要部品の一つといえる。

 現代のシャッターは一般にレンズシャッターとフォーカルプレンシャッター(以下FPシャッター)に大別される。そしてそれぞれに特徴があり、きちんと理由があって使い分けられている。

数から言えば最も普及しているシャッターは間違いなくレンズシャッターだろう。レンズ交換が出来ないカメラ、特にコンパクト系のカメラは、数十年前のフィルムコンパクトからからEVFを含む最新のデジカメに至るまで例外なくレンズシャッターを採用している。レンズ付きカメラやインスタントカメラも例外なくレンズシャッターである。

レンズシャッターとはその名の通りシャッターユニットがレンズ内部に組み込まれており、数枚のシャッター羽根が重なり合うように、カメラの正面から見るとレンズの奥を遮るような形で配置されている。廉価なカメラの場合は枚数や形状が簡略化されている場合も多いが、基本的にはこのシャッター羽根が閉じている状態から全開になり、そしてまた完全に閉じるまでの時間がシャッター速度である。そしてその時間を調節することによってフィルムや撮像素子に当てる光の量をコントロールしている。稀にシャッター羽根がレンズユニットの前面や後ろに配置されている場合もあるが、ほとんどのレンズシャッターは光学系の中央付近、レンズ内部の絞り羽根の付近に配置されている。収差変動に出来るだけ影響を与えない意味もあるが、レンズを通る光は光学系の中央付近で最も断面積が小さくなるため、そこにシャッターを組み込むことが光を遮る羽根の動作範囲を最小に出来るメリットを持っている。またどの速度でも必ず全開と全閉をすることから、ストロボを使用した撮影にはきわめて都合がよい。どんなシャッター速度でも羽根が全開する瞬間を狙って瞬間光を同調発光させれば、光が満遍なく全撮影画面に行き渡るためである。この小さくできることとストロボとの相性がよいことは、ストロボを内蔵することが多いコンパクトカメラにはまさにうってつけなのである。

しかし一方でシャッター羽根が往復運動にかかる時間がそのままシャッター速度の限界を決めてしまうデメリットも併せ持っている。いたずらにシャッター羽根の動作速度を上げることは耐久性や信頼性に関わる問題であり、そのため大抵のレンズシャッターは高速型であったとしても1/500秒をやや超える程度である。

またカメラボディ側から多くの作動を制御しようとするとカメラボディとレンズの間に複雑な連動機構を必要とすることや、なにかしらの工夫をしない限りは、レンズを外した途端にフィルムや撮像素子が光にさらされてしまうことなどが、基本的にレンズ交換式カメラには不向きとされている主な理由である。

対してFPシャッターは、レンズ交換が可能な1眼レフやレンジファインダー機に多く採用されている。

レンズシャッターがフィルムや撮像素子から離れた光の入り口のところで光を遮るのに対して、FPシャッターはフィルムや撮像素子の直前を薄い金属羽根や布製の遮光幕で覆っている。言ってみれば焦点面(=フォーカルプレン)で光の量をコントロールしている訳だが、そこまでの間にレンズシャッターのような遮光のしくみは全く無いので、撮影時以外にも光は絶え間なくフィルムや撮像素子まで入り込んでいる。そのため撮影の瞬間以外は撮影画面を常に何かしらのしくみで完全に覆っていなければならない。撮影画面はレンズ内部の光束断面に比べてはるかに大きく、当然FPシャッターはレンズシャッターよりもはるかに大きな面積をカバーする必要がある。動作範囲も比較にならないほど広大であり、もしレンズシャッターと同様、全開/全閉の動作で高速化するためには、遮光幕をレンズシャッター以上に猛烈に早く動かなければならないはずである。ところがFPシャッターが数千分の1秒の高速シャッターを無理なく達成しているのはいったいどうしてなのだろうか。

FPシャッターの特徴は、遮光と露光のために必ず2枚の遮光幕を使用するところにある。2枚の遮光幕はほぼ同じ大きさで、それぞれ撮影画面よりもやや大きめに作られている。そして決して重なることなく、1枚ずつ順番に撮影画面上を撮像素子やフィルム面に沿って、同一方向へ水平に移動する。そのうち先頭の幕を「先幕」、後から追いかける方を「後幕」と呼ぶ。

FPシャッターのしくみは、まず予めフィルムや撮像素子上に覆いかぶさっていた先幕が動きはじめる。移動を始めた先幕はフィルムや撮像素子の上を移動し、後端が通りすぎたところから光にさらされて露光が順次開始される。そしてその後ろから後幕の先端がやってきて再び光を遮るまでの時間差がシャッター速度である。先幕の後を追って移動してきた後幕は最終的に全画面を覆って再び遮光が完成する。

このしくみが優れている点は2枚の幕が必ずしも全開する必要が無いところにある。幕の移動速度がそれほど速くなくとも、もし先幕のすぐ後ろをほんの少しの隙間を開けて後幕が追いかければ、フィルム上の任意の一点を取り出してみた場合、そこはきわめて短時間で露光が完了したのと同じことになる。そしてその少しの隙間は画面の端から端までを移動してゆくので、画面の全てを点の集合体と考えたとき、一方向から順番にではあるが、結果画面全体がきわめて短時間で露光を完了したことになる。これこそFPシャッターが無理な幕の移動速度(幕速)を必要とせずに高速シャッターを実現できる原理である。もう少し詳しく説明すると、高速側では先幕と後幕の間隔は数ミリ単位にまで制御され、画面の端から端までを細いスリットが通過するかたちで全画面の露光が完了するが、同じシャッターユニットでも低速では先幕と後幕の間隔が撮影画面の長さ以上になったところで、撮影画面が完全に露出する「全開」の状態になる。

つまりFPシャッターは、2枚の遮光幕の幕速を変えなくとも、2枚の幕の間隔(スリット幅)の調整をすることによって、その差十数万倍にも及ぶ多様なシャッター速度(露光時間)をきわめて正確に制御しているのである。

もちろんスリットの幅とその移動速度はスリットが画面上を通過する間、常に一定でなければならないのは言うまでもない。FPシャッターにとって幕速の安定は正確で均等な露出に不可欠な要素である

また精度の面から言えば、幕速の速いFPシャッターは、同じシャッター速度で比較した場合遅いものに比べてスリットの幅を広く設定できる利点がある。理論上幕速が2倍になればスリット幅も2倍にできるため、スリット幅の許容誤差がそれだけ広がるためである。

ともあれこの巧妙なしくみのおかげで、FPシャッターの高速側速度はいまやレンズシャッターには到底真似の出来ない領域に達している。またFPシャッターは機構の全てをカメラボディに組み込むことが出来るため、レンズユニットとの機械的な連動機構を一切必要としない。さらに露光動作の完了後は後幕が必ず遮光幕となることから、レンズの付け外しに非常に有利であることも大きな特長である。そしてこれこそがレンズ交換式の一眼レフやレンジファインダー機の多くがFPシャッターを採用する理由である。

しかし一方で瞬間光の同調のためには必ず2枚の幕が全開した瞬間に行わなければならず、結果比較的低速のシャッター速度でしかストロボが使用出来ないデメリットも原理的に併せ持っている。FPシャッターの特性上この幕が全開するときのシャッター速度は、幕速が速ければ速いほど速くなる。そしてX接点は速ければその分ストロボ使用時の制約が緩和されるわけだが、そのためFPシャッターカメラの性能表示では全開する時のシャッター速度、すなわちストロボが使用できる最高速のシャッター速度を特にX接点あるいはX速度などと呼び、そのシャッターユニットの性能を評価する上では単純な最高速度以上に重要な要素となっている。現在35mm判一眼レフの標準低なX接点は1/125秒程度だが、幕速の速い高性能FPシャッターユニットではX接点がレンズシャッターの最高速度にすら迫る1/250~1/300秒に達している。

ついでに説明すると、全開状態になるシャッター速度の範囲で、先幕が画面上から退避した瞬間にストロボが光れば「先幕シンクロ」、後幕が走り始める直前でストロボが光れば「後幕シンクロ」と呼ぶ。ストロボ光以外の定常光が十分にある場合、幕の全開時間が長ければ長いほど、あるいは画面上を被写体が移動する距離が長いほどストロボの持つストップモーションの効果に大きな差が出るため、最近のカメラではこの両者を選択できるものが多い。

ここまでがそれぞれのシャッター形式を論じる上での一般的な基礎知識だが、ここでそれぞれのシャッターが持つちょっと意外な性質について述べてみたい。

写真表現においては、十分に速いシャッター速度を利用した場合にはストップモーションの効果が得られるのは周知の事実である。被写体とシャッター速度の組み合わせによっては肉眼の能力をはるかに超えた写実が可能であり、成功すればその写真は決定的瞬間の言葉通り劇的な説得力を持つ。

ところがレンズシャッターとFPシャッターではそのストップモーションの効果は同じではない。

 もちろんシャッター形式が同じ同士なら、速いシャッターの方がストップモーション効果が高いことは言うまでも無い。また比較的低速側では両者の違いは全く見られない。ところが高速側になると、レンズシャッターではFPシャッターと同様のストップモーション効果が得られない場合がある。言い換えればFPシャッターでは1/250で十分に「止まる」被写体でも、レンズシャッターの場合1/500をもってしても止まらない場合があるのである。

この現象はレンズシャッター機とFPシャッター機で同じ被写体を同じ条件で撮り較べなければ分からないことである。しかし使用目的がしばしば対極にあるレンズシャッター機とFPシャッター機を直接比較されることは無意味であることが多く、この現象について最近は専門誌のレビューですら取り上げられることも稀である。もちろん実験で確かめることも可能だが、むしろ経験則的にご存知の方も多いのではないだろうか。

 先にも述べたようにレンズシャッターは羽根の往復時間がシャッター速度である。しかし厳密に言うとそこには必ず一定量の「シャッター羽根の移動時間」が含まれており、レンズシャッターの露光時間は開閉時合計二回のシャッター羽根の移動時間と、全開状態で停止している時間の合算で構成されている。シャッター羽根の移動中は羽根が中途半端に開いた状態でありながら、当然その間も露光は進行している。

全開したあとそのまま留まっている時間が相当に長い場合、つまり低速側のシャッター速度では羽根の移動時間中に起こる露光量はほぼ無視してよい。しかし高速側になるにつれて次第に無視できない量になってくる。この全開停止時間中の露光量と羽根が移動している間の露光量の比率は「シャッター効率」と呼ばれており、レンズシャッターとFPシャッターの性能や使用目的が拮抗していた50年ほど前は、レンズシャッターの高速動態撮影における性能評価の基準となっていた。いわばレンズシャッター機とFPシャッター機が同じ土俵で張り合っていた時代ならではの評価基準である。

 仮にこのシャッター効率が低いレンズシャッターで無理に高速シャッターを切ろうとすると、シャッターが全開している時間がほとんどなくなってしまう。往復運動の間は半端に開いたシャッター羽根が絞りのような効果を持つため、全開時に比べて露光量が半分程度しかない。そのため実際に羽根が往復運動にかかっている時間が表示されている速度よりも遅かったとしても、露光量全体の帳尻はあってしまう。あくまでこれは極端な例だが、レンズシャッターにとって限界に近いシャッター速度では、その速度表示に相当する露光量は与えるが、速度表示された時間内にシャッター羽根の動作が完了しているという保証はないのである。それが大なり小なりという形でストップモーション効果の差となって現れているのだ。

かつてはこのレンズシャッターの弱点を克服すべく、シャッターを全開しない代わりに羽根の往復時間を短縮し、1/2000秒もの高速シャッターを実現したレンズシャッターも存在した。しかしシャッター羽根が全開しないため開放F値から数段絞った状態のF値でしか使用できず、せっかくの高速シャッターも利用価値が少ないものになってしまった。逆にF2の大口径レンズを搭載した35mm判高級コンパクトカメラ、コニカヘキサーはF2.8クラスのカメラに比べて大きなシャッター羽根の動作範囲を必要としたため、シャッター効率の低下を嫌い1/250秒を上限とせざるを得なかった。

 逆にFPシャッターには高速の動態を撮影すると被写体の形が歪めてしまう性質があるといったら驚かれるだろうか。

とはいっても現代の35mm判カメラやデジタル一眼レフではまずその現象にお目にかかることは無いが、条件さえ整えば理論上十分に起こりうることである。

 FPシャッターはスリット状に開いた2b枚のシャッター幕が画面上を走行することによって露光が行われるのはご説明したとおりである。しかし厳密に言えばスリットが画面上を走り始めたときの映像と走り終わったときの映像とでは時間的なズレが生じている。そのため露光中に被写体が画面上を大きく移動すると、撮影画面上をスリットが通過してゆく間に被写体の位置も変化するため、写し始めと写し終わりの時間差によって被写体本来の形が歪んでしまうのである。最近の金属幕FPシャッターの幕速は秒速2mほどだから、35mm判を短辺方向に走行する幕の走行時間はおおよそ0.012秒。この程度であればまず不都合が生じることは無いが、旧い大判カメラや中判カメラで使用されていた初期の重い布幕FPシャッターは幕速そのものが今よりもはるかに遅く、またフォーマットが大きく走行距離自体も非常に長いため、動態の撮影時には顕著な歪みが生じていた。大きく歪んだ走る自動車の車輪が非常に印象的なラルティーグの写真はむしろ絵画的ともいえるほどの表現力を持っているが、技術論的にはFPシャッターが持つ歪み現象のよい事例と言えよう。

こうしてみると近代的なカメラの歴史とはFPシャッターがその原理的、あるいは物理的な弱点を次々と克服しながら着実にその勢力を伸ばしてきた歴史ともいえる。

現在の35mm判やデジタル一眼用のFPシャッター幕の素材は当初の布から金属幕へと進化し、幕素材の軽量化と同時にその強度にも大幅な改良が施されている。さらに従来は画面の長辺方向にスリットを動かしていた横走りから、短辺方向に動かす縦走りがあたりまえになった。このシャッター幕の軽量化と幕速の向上、そして走行距離自体を短くしたことにより、35mm判一眼レフのX接点は、当初の布幕時代の1/60秒からこの数十年でおよそ4倍の速度まで上がっている。

しかしおそらくFPシャッターの黎明期においてはレンズシャッターの信頼性は絶大で、いわば万能選手として君臨していたことだろう。その時代は大、中判が全盛の時代でありFPシャッターは既に発明されていながらも、現在ほどのパフォーマンスを発揮することが出来ずにいたはずである。35mm判FPシャッター機で栄光の歴史を築いたあのライカですら、一時期においてはスローシャッターの性能を得るためバルナック型の主力ラインナップにレンズシャッターを採用していたほどである。

しかしここで重要なことは、FPシャッターの飛躍的進化はフォーマットの小型化が無ければ有り得なかった、つまり35mm判を代表格とする小型フィルムフォーマットの爆発的普及を抜きには語ることは出来ないことである。

現在X接点1/125を超える高性能FPシャッターユニットは例外なく35mm判以下のフォーマットである。逆にレンズ交換式かそうでないかに関わらず、中判以上のカメラにおいては現在においてもレンズシャッターの方が絶対的優位に立っている。その中でFPシャッターの中判一眼レフは貴重な存在だが、この数十年間そのシャッターに35mm判ほどの大きな進化は起きていない。もちろん普及している絶対数やそれぞれの使用目的の違いはあるにせよ、この事はフォーマットサイズが大きくなると、FPシャッターがその機動性を大きく損なう原理的な宿命の奥深さを物語っている。

ところがフォーマットサイズの小型化がFPシャッターの劇的進化を促したのは戦後の日本製一眼レフに限られており、実は35mm判フォーマットの始祖として名高いライカの主力製品であるライカM型のシャッターが、1954年のM3発売以来現在のMPに至るまで、唯一M7における電子制御の採用を除いて、めぼしい改良が施されていないのはいかにも皮肉なことである。

[ Category:etc. | 掲載日時:05年12月20日 00時00分 ]

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