【マップカメラ情報】民俗学の旅とカメラ
「宮元常一が撮った昭和の情景 上・下」
【上巻】昭和30-39年(1955-64)解説:田村善次郎
【下巻】昭和40-55年(1965-80)解説:松山 巌
毎日新聞社 各2940円(定価、税込)
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この写真集の著者であり撮影者である宮本常一(1907-1981)氏は、写真家ではありません。
日本中を歩き回り、各地の失われゆく伝統や風俗を記録した民俗学界の巨人です。
その足跡を赤ペンで追ったら、おそらく日本地図が真っ赤に塗りつぶされるだろうというすさまじい旅ぶり。
東京発の夜行で青森へ行き、東京までくだり、次週には佐賀県にいるとか、無茶苦茶な日程が25年間、延々続いています。
その旅の上で、資料となるものや気になったものを撮るため、宮本氏はカメラを常に携帯していました。
かつてはペンタックスの一眼レフを使っていたようですが、軽々とポケットに収まり、なおかつ倍の枚数撮れるハーフサイズカメラのオリンパス・ペン(おそらくは「S」)を発売と同時に入手してからは、まさに自分のためのカメラと言わんばかり、17年間(!)一筋に使い続けたそうです。
デジタル版ペン・E-P1が発売された今、宮元氏がこれを手にしたらどう撮るものか想像してみるのも興味深いですが、E-P1を手に各地(世界各地かも)を飛び回る新たな旅人の出現にも期待したいものです。
17年という長期、ほとんど静止しない旅の過程で撮られた写真、その総数10万枚。
そのうち850枚が、本書上下巻に惜しげもなく収蔵されています。
フィルムに克明に焼き付けられた、失われた昭和の風景。日本人の原風景とも呼べる奥地の生活の数々…。
一枚一枚を見た場合、そこには、ボケの美しさやレンズの味わい、凝った構図、道具や技巧の駆使などは一切見ることができません。
名だたる写真家たちが魂を燃やして作った写真集とは、完全に逆のところに位置するものであると思います。
その観点からすれば、「作品」とすら呼べるものなのかどうか…。
あくまで記録である、調査資料なのだと言ってしまうのは容易いことです。
しかし、写真が芸術の中に確固たる地位を占めた今日にあって、決して絵画などではなく「写真」であるということ…「写真とは何か?」ということを考えるとき、これらは重要かつ稀有な素材となると思うのです。
宮元常一という人は、写真家ではなく、芸術家でもなかった。
しかし、写真が人一倍好きで、写真とともに人生を旅した人だったということに間違いはありません。
心が揺れ動いた時、その心にこそ従って余さず撮ったこれらが、写真でなくて何でしょう。
どの写真よりも写真らしい写真が、この本にはたくさん載っています。
(文中写真使用機材:K10D / Carl Zeiss Jena Flektogon 20mmf2.8)