YouTubeなど動画共有サービスの人気もあり、動画制作に興味をもっている人は多いのではないでしょうか。最近では写真機でも動画撮影を気軽に楽しめるようになりましたが、これから動画を始めるユーザーの中には、動画撮影のレンズ選びで悩んでいる方も多いと思います。今回は映像クリエイターとして活躍されている田村 雄介氏とシネマレンズ市場参入で注目を集める株式会社シグマの長谷川 務氏に「動画撮影に求めるレンズとは」とは何か、実際に使用している撮影機材も含めてお話を伺いました。
――マップカメラのお客様はスチルユーザーが大半なので、田村さんのプロフィールを兼ねて、普段のお仕事などを教えていただけますか?
田村氏:
はい。 皆様はじめまして、田村 雄介と申します。
撮影機材大好き。最近の趣味は古くなって引退したイケてるデジタル機材を部屋の専用陳列棚に並べてニヤニヤすること。フィルムの話は全くできないので話題が出ると萎縮しっぱなしですが、CMや番組などを軸に活動させて頂いてます。GoProからシネマカメラ、一眼、ビデオカメラなど現場に合わせて使いこなしたり振り回されたりしてます。あとデカい防湿庫大好きです。
――田村さんはあらゆるカメラを使い倒しているとお聞きしましたが、カメラ遍歴を教えてください
田村氏:
あまり大きなことを言ってしまうと各方面からお叱りをいただきそうで恐縮なのですが、小型カメラからDSLR、ミラーレスそしてシネマカメラもローエンドからハイエンドまで触らせていただく機会を貰っているという意味では、確かに幅広い機種を使用させて頂いているかもしれません。
現在の自己所有機種で言うと、キヤノンであれば、歴代の『EOS 5D』シリーズ、最近だと新しく買った『EOS R5』を使用しています。これは写真の現場や映像の現場問わず出番が多くなっています。
映像のメイン機材としては昨今の難しい情勢下で『Blackmagic Pocket Cinema Camera』(以下:BMPCC)シリーズの出番が非常に多くなっています。4Kと6K2台と6KProと所有しているため小規模ながら複数台使用する案件でとても重宝しています。
そのほかには自己所有で『BlackMagic URSA Mini シリーズ』、『GoPro HEROシリーズ』、『パナソニック GH5』、『シグマ fp』、『ソニー FX9』、『RED KOMODO』、お借りして使用しているものであれば『ソニー FS7MK2』、『パナソニックS1シリーズ』『CINEMA EOSシリーズ』『ARRI ALEXA Mini』『ARRI AMIRA』など様々な機材を使わせて頂いています。
BMPCC 6KはTiltaのキットを使い、モニターをチルト機構にカスタマイズしている。マットボックスはBright Tangerine製
――メーカー、マウント、センサーサイズも違いますが、撮影でのボディの使い分け、印象はどうですか?
田村氏:
クライアントオーダーという意味で指定がはいるのは『ソニー FX9』などのシネマカメラです。『BMPCC』シリーズは決して便利なカメラではないですが、小型で綺麗な映像を作りやすいということ、それと僕が個人的に複数台所有しているということが浸透してきて、放送局の仕事などでも指定が入る場合があります。スチル撮影もする現場やセットアップの時間が少ない現場、8Kが必要な場面では『EOS R5』が活躍してくれます。『GoPro』はそのまま、アクションカメラ通りの使い方をしています。
シグマさんの『fp』は普段の持ち歩きスナップ以外の映像の現場でサブカメラとして使うことが多いです。サブカメラとして小型である利点を活かし他社のカメラと混ぜて使用した際でも、メーカーの垣根を越えて似たようなルックに寄せやすいカメラだと感じています。昨年のInterBeeにてSIGMAさんのコンテンツを撮影する際に、ちょっと特殊な混ぜ方ではありましたがハイエンドカメラARRI「ALEXA Mini」などと合わせても面白い結果となったのは非常に興味深いところでした。fpは正に「他のカメラと仲良くしてくれるカメラ」という感じです。シグマさんとしても色々と研究しているなぁという印象を受けました。後発で出てきたということもありますが、あのサイズでRAW動画も撮れますし、様々なカメラの良い所を上手くセレクトしながらSIGMAなりの味付けが美味しくハマったというような感じでシネマユーザーにもスチルユーザーにもどちらにもフレンドリー。
パナソニックはGH5Sの後にS1シリーズが出てきて、GH5ユーザーやこれから本格的に映像をやるという方には、S1Hは非常に良いバランスだと思います。2400万画素あって、冷却機構を搭載しているためオーバーヒートもほぼなく、上位機VARICAMのノウハウや色づくりなども盛り込まれている。GHシリーズユーザーの方々もフルサイズ機の登場で大きくステップアップできるルートが出来た印象です。このように所有している機種所有していない機種関わらず、ボディに関してはそれぞれ想定される現場によって使い分けることができる贅沢な環境だなと思います。
――ボディ同様、レンズを選ばれる基準や使い分けなどは有りますか?
田村氏:
例えば、『ZEISS Lightweight Zoom LWZ.3 21-100 mm/T2.9-3.9 T*』はズームのレンジも広く、ショートフィルムや映画関係の撮影、CMなどの現場感で使うことが多いです。
より本格的な撮影現場ではプライム(単焦点)のシネマレンズをレンタルして使うこともありますが、所有しているこのレンズ一本でズームでありながらも良い感じの映像が撮れます。予算の少ない現場でも様々なレンズをレンタルする必要がないですし、「機材費を上乗せするから持って来てほしい」と言われることもあります。このレンズは持っていることで色々なバリューを生んでくれる、仕事に繋げてくれるレンズです。でも、Super35mm(APS-C相当)用のレンズのため、フルサイズセンサー搭載機では色々制限が出てしまう。ボディの使い分けにも通じますが、使用したい機材との相性によってもボディ・レンズ選びは変わってきます。
「このレンズが好き」「写りが気に入って買った」というのは最近のシグマのArtシリーズ。28mm、40mm、70mm、105mmが4本同時に発表されたのが2018年のCP+(シーピープラス)。あの時に40mmを少し覗いて、ピンと来る良さを感じたので、買ってみたら大正解でした。結局、この時に発表されたシリーズは4本全部揃えました。70mmだけマクロレンズなので、早く次の焦点距離(70mm近くで)が出ないかなと思っています。
あと、用途に応じてですと、キヤノン「EF-S 10-18mm F4.5-5.6 IS STM」。最初に買ったときは「値段なりのレンズ」というイメージで、ほとんど使用していませんでした。そんな中、コロナ禍になって撮影部の人数を減らさないといけない。セッティングなど人手の足りない現場での真俯瞰撮影(真上からの撮影アングル、料理コンテンツや手順解説などでは多用される)用のレンズを探していた時に「安価」「軽い」「手振れ補正が付いている」「超広角」の条件を満たし、小型かつ高画質である『BMPCC 6K』に(真俯瞰撮影の場合落下の危険性があるので極力小型機材でのセットアップが望まれるため)そのまま付けられるレンズはコレだけでした。映像用となると、写真以上に過酷な場所に行かせないといけないとか、現場によって求められる条件が全然違ってきたりするので、普段あまり出番のなかったレンズが急に重宝されるようなケースがあります。
長谷川氏:
スチルカメラでは、一眼レフからミラーレスへのシフト、またセンサーサイズの大型化がトレンドだと思うのですが、シネマカメラでも同様にフルサイズ化の波が来つつあります。しかし、フルサイズミラーレスカメラがまだ手が届く価格帯であるのに対し、フルサイズのシネマカメラは桁がひとつ異なる程まだまだ高額で、今でも主流のフォーマットはSuper35mm(APS-C)になります。 田村さんがおっしゃったキヤノン「EF-S 10-18mm F4.5-5.6 IS STM」の様に、動画撮影においてAPS-Cサイズのレンズの価値が見直される機会が多いかもしれません。 ちなみにシグマで『18-35mm F1.8 DC HSM | Art』『50-100mm F1.8 DC HSM | Art』という2本の APS-C用のレンズがあります。 このレンズは北米の動画ユーザーの間で大ヒットし、後のシネマレンズ誕生のきっかけとなったのですが、発売から年数は経過していても、今でもBlackmagicのURSA Miniシリーズやポケットシネマカメラシリーズあたりで使用する際の定番レンズとなっています。 もちろん、解像感とか描写などは写真用・映像用も基本的な考え方は一緒なので、写真で良いものは当然動画でも良いという事になります。
――SIGMA 40mm F1.4は「CINE LENS」「Art」それぞれお持ちと言うことですが、どの様に使い分けされていますか?
田村氏:
スチル用「SIGMA 40mm F1.4 DG HSM | Art」は様々なシーンで活躍してくれています。『EOS R5』と合わせて写真撮影やマウントアダプターを使ってFX9やBMPCC4Kにつけるなど、何にでも使っています。
シネマ用「SIGMA 40mm T1.5 FF FL」は僕の中では完全に趣味です。蓄光させれば刻印のほぼ全てが光るというだけで宝物のような存在です(笑)
とはいえ、ちゃんと実戦でシネマカメラとの組み合わせで使用する場合などは大変しっくりきます。普通のスチル用レンズを使うより、演者側にも「撮られている感」が出ます。シグマさんのレンズラインナップの中では高価ですが、他のシネマ用レンズと比べれば全然安い。この40mmだけではなくシグマのシネレンズシリーズには多くのバリューに魅力があると感じています。
長谷川氏:
一つ補足すると、SIGMA CINE LENSは「Art」シリーズと光学系は同じです。極論言ってしまうと、Artレンズ、シネマレンズどちらで撮影してもルックは変わりません。 全てを一から設計するともっと高額になりますが、リハウジングすることで価格を抑える事が出来ています。例えば単焦点レンズの場合、全てをシネレンズで揃えるのは大変だと思います。しかし、光学系が同じなのでシネレンズの中に「Art」レンズを混ぜてもルックが変わらない、よく使用する好きな焦点距離だけをシネマレンズにする。そういった揃え方が出来るのはシグマのシネレンズのメリットだと思います。
※CINE LENSESの主な特徴についてはこちら(SIGMA公式サイト)
田村氏:
同じミリ数同士であればガラスは完全に同じなので実用性も高いんですよね。例えば、インタビュー撮影の時にメインを40mm、もう一アングル作る時に「ここも40mmだな」と思ったときにもう一本持っていると2台体制が作れる。スチル・シネレンズ両方持っていても価値が有ります。また、40mmに合わせるのであれば28mmや105mmあたりという具合に同世代レンズであればmm数が違っても近しい雰囲気の画が出てくれる。これはインタビュー撮影の際などでアングルを多数作りたいときにありがたい部分です。
――シネマレンズと言えば単焦点レンズのイメージが有りますが、実際の撮影現場ではどうでしょう?
田村氏:
いろいろとこだわりを持って「このレンズが好き」って感じでやられる監督さん、撮影監督さんだと単焦点を選ばれることが多いと思いますが、ズームレンズも沢山あります。
大きいのだとフジフイルム『Premista』シリーズやARRI『Alura Zooms』、小さいものだとフジフイルム『MKシリーズ』、ZEISS『Compact Zoom CZ.2』など用途によってのラインナップも豊富です。
最近だと、キヤノンのシネマレンズ『CN7×17 KAS(17~120mm)』はすごくいいと評判で、ドラマなどでこのレンズを使ってるというお話も聞きます。『25-250mm 10x CINE-SERVOズーム』も期待を持たれている方も多いのではないでしょうか。また、『Canon Sumire Prime』、『SIGMA FF Classic Prime Line』のような、通常の撮影とは異なる光のコントロールを考えさせてくれる単焦点レンズなどがリリースされてきていて、各メーカー、ズーム・単焦点どちらにも力を入れている印象です。
――これから動画撮影を始める方におすすめのレンズは有りますか?
田村氏:
これから動画を始められるという写真撮影をこなされている方には、写真撮影の時に自分が気に入っているレンズをそのまま使ってもらうのが、入りとしては良いと思います。あまり堅苦しく考えずにまずはチャレンジというところでしょうか。まったく撮影経験のない方という場合でも、好きなYoutuberさんが紹介していたレンズというところでも良いでしょうし、値段が安いから…というところでも全然問題ないと思います。最近のレンズで言えば、安いレンズでも描写が極端に悪いモノはほとんど存在しません。
ボディに関しても各社動画性能が強化され、差は少なくなってきました。そこに飛び込んでいくとレンズチョイスによってはすぐに壁に当たる可能性はあります。主に動画撮影時の操作性というところだと思います。そこで自分がぶつかった壁について少し調べるとすぐに明確な回答が得られるところが今の映像業界界隈の良いところではないでしょうか。
強いてコレ、というならば…自分の好み以外、重さや大きさなどを考えなければスチル用「SIGMA 40mm F1.4 DG HSM | Art」はとてもオススメできます。いろいろ考慮するとm4/3マウント機にオリンパスの12-100mmという組み合わせは万人受けする組み合わせになるのではないかなと思います。BMPCC4Kが出た当初から気に入って今も使用していますが、ちょっとの後処理(歪み補正など)を加えるだけで色々なケースで便利に使えます。ちなみに、写真業界では珍しい「ボディのみ作っている」というメーカーが動画業界には多く存在します。そういった背景から動画ユーザーはボディ・レンズ別々のメーカーを使うことに抵抗は少ないのだと思います。
長谷川氏:
少しだけ自社製品のPRをさせて頂くと(笑)。 14mmから135mmまで10本揃えた単焦点レンズは、シネマレンズのベースになっていることもあり非常に高い解像感を実現できます。 また、『35mm F1.2 DG DN | Art』、『85mm F1.4 DG DN | Art』などのミラーレス専用レンズも徐々にラインアップを増やしつつあり、ミラーレスカメラ中心で撮影をしたい方ならこちらもよいでしょう。 ここで、一眼レフ用レンズ、ミラーレス用レンズで、どちらにするか?という悩みが発生します。 『一眼レフカメラからミラーレスカメラに買い換えたんだから、レンズもミラーレス用レンズに買い換える』というのも正しくて、『一眼レフからミラーレスカメラに買い換えたけど、マウントアダプターで変換して使う』というのも正しいです。
正解は無いですがひとつ提案をさせていただくと、昔からのスチルユーザーさんはそのメーカーへの思い入れもあり、1社のカメラ、1つのマウントで使い続ける方が大半だと思うのですが、動画メインのユーザーさんは、例えば田村さんのように、メーカー、マウント、センサーサイズが異なる複数のカメラを、そのシチュエーションに応じて使い分けています。 そして今後シネマカメラへのステップアップを検討されている場合、PLマウントというシネマ専用マウントとは別に、EFマウントなどの一眼レフマウントを採用したカメラが多くあるので、実は一眼レフ用レンズって重要なんです。 フランジバックの兼ね合いで、一眼レフ⇒ミラーレスへのマウント変換は出来ますが逆はできないので、一眼レフ用レンズも有効に活かしながら、最新設計のミラーレス用レンズをラインアップに加えていくのがよいのではないでしょうか?
シグマでも、『MOUNT CONVERETER MC-11』、『MOUNT CONVERTER MC-21』という、一眼レフ用レンズをミラーレスカメラに装着できるコンバーターを用意してますし、ちょっと動画の話と離れますが、マップカメラさんで扱ってるオールドレンズ、ビンテージレンズを最新のミラーレスカメラに装着して、あえてフレア・ゴーストを愉しむ、といった事も出来るので、マウントコンバーターの有効活用でシステムを構築していくというのも面白いかもしれません。
田村氏:
余談ですが、ソニーFS7やFX9などのシネマカメラクラスでソニー純正レンズのみ使っているという映像作家の方はほとんど見たことがありません。一方でスチルの人はプロ機であればあるほどボディとレンズのメーカー合わせという方が大部分に感じられ、前述の理由もありますが、同じカメラとレンズを使用する世界なのに本当に面白いなぁと思います。そしてそこの隙間を埋めるようにシグマさんなどのサードパーティーレンズを使用する、はたまたメインで使用する。レンズ沼とはまさによく言ったものだと改めて思います。
もし、自分の動画スキルを「ステップアップしたい」「何をやったらいいのだろう」と思っている方は、「カメラやレンズのオートフォーカスや便利機能を切ってみる」のもきっかけになります。スチルユーザーが動画を始める上で一番大きいのはそこだと思います。動画の場合、フレームが動く、画面の中で動く被写体や光がある、そこに奥行きの動きが入ってくる。という要素の絡み合いが映像ならではの面白さでもあり難しさでもあるので、そこを一つ一つ自分で確認してみるためにオートフォーカスを切る、オート機能を切る。切ったときにカメラ・レンズに必要なもの、問題点、やるべきことが見えてくると思います。撮影スキルだけではなくストーリーや演技などの要素もありますが、今は割愛しましょう(笑)。
この度は貴重なお話をお聞かせいただき誠にありがとうございました。
今後もマップカメラでは各メーカーやクリエイターの方に独自の取材を続けていきます。マップカメラ・StockShotをよろしくお願いいたします。