
1005:ボケ味を楽しむ中望遠『Voigtlander PORTRAIT HELIAR 75mm F1.8』
2025年07月30日

フォクトレンダーのフルサイズ用交換レンズとして初となる「球面収差コントロール機構」を搭載した大口径マニュアルフォーカス中望遠レンズ『Voigtlander PORTRAIT HELIAR 75mm F1.8』を紹介いたします。本レンズはリングの操作でアンダーコレクション(補正不足)およびオーバーコレクション(補正過剰)の状態をコントロール可能にしており、今までにない多彩な振れ幅のボケ表現を生み出せるというもの。アンダーコレクションではピントの芯は不明瞭(ソフトフォーカス)になりハイライト部分のフレアも発生し後ボケはなだらかな描写に。それに対しオーバーコレクションにした画像ではピントの芯は残り、後ボケは硬くバブルボケのような画になります。理想的な光学設計の視点からはネガティブな要素として捉えられていたそれらを写真表現につなげた、チャレンジングな1本です。今までにも「NOKTON classic 35mm F1.4」や「NOKTON classic 40mm F1.4 SC VM」など意図的に球面収差を発生させたレンズがありましたが、本レンズの球面収差はそれらの約10倍ということで、収差を活かした描写を楽しみたい方におすすめです。ぜひご覧ください。
まずは、その基本性能を見るために「ノーマル」設定で撮影したタチアオイをご覧ください。ノーマルがこのレンズにとって最も解像力が高い設定となりますが、花びらの繊細な質感や筋を見事に描き出しているのが分かります。

こちらもノーマルでの撮影。開放絞りではメインの被写体の花の輪郭まで柔らかくなっていましたが、少し絞ることでシャープに、かつ少し絞っても後ボケが綺麗なことが気に入りました。


球面収差コントロールを「ノーマル」に設定し、中間のけん玉にピントを合わせて撮影して前後のボケ味を比較してみました。前景・背景ともにクセがなく、非常に素直なボケ味です。ピント面の解像力も開放絞りとは思えないほど高く、木の質感までしっかりと捉えています。リングコントロールで個性的な描写を楽しめるだけでなく、ノーマルでの写りも優れている。1本で二役・三役をこなせる面白いレンズです。

古民家の軒先に吊るされた、瓢箪と草履をオーバーコレクションで撮影しました。ピントを合わせた瓢箪の奥、木々の緑は「バブルボケ」のような硬いボケになり、その硬質な後ボケとは対照的に、手前の草履はふわりと溶けるように柔らかな描写になりました。

アンダーコレクションでは、ピントのピークが低下することで、まるで被写界深度が深くなったかのように写ります。光を受けた麦の穂のハイライトはふわりと滲み、後ボケは滑らかです。一方で、手前のボケはやや硬質になるのが、アンダーコレクションの面白い特徴です。

ノーマルで撮影。少し絞って撮影しましたが、ピントを合わせた部分では髪の毛1本1本の質感までシャープに解像しています。背景の柔らかなボケとの対比で、被写体の立体感が際立ちました。


絞りをF5.6に設定したところ、建築物の細い線までにじむことなく、シャープな描写を得ることができました。絞り込むほどに解像感が増すこの特性は、同じフォクトレンダーの「NOKTON classic」シリーズと共通しています。一点補足すると、このレンズに搭載されている「球面収差コントロール機構」は、F2.8より大きいF値に絞っていくと、その補正効果が薄れるそうです。そのため、意図的に収差を残した柔らかな描写を楽しみたい場合は、開放に近い絞り値で撮影するのがおすすめです。

F9まで絞り込むことで、手前の鉄骨から奥の壁画までピントを合わせた深い被写界深度を確保できました。このレンズは本来、収差を活かした独特の描写を楽しむものだと思いますが、このようにシャープに写したい場面でも、しっかり期待に応えてくれるのが嬉しいポイントです。


フェンスの向こう側、コートに差し込む光をどのように表現してくれるのか気になってアンダーコレクションで撮影したところ、黄色い柵のハイライト部分は美しい丸ボケとなって輝いていました。肉眼では見えない世界が写るというのは写真ならではの体験です。なお、アンダーコレクションでは周辺の光量が落ち込みます。気になる場合はレタッチにより補正が必要となります。

アンダーコレクションで夏の強い日差しを捉えてみたのですが、木の輪郭が光に溶けていく描写がなんとも言えません。まるで印象派の絵画のような、幻想的な1枚で使いこなしていくのが楽しいレンズだと思いました。

ボケ味を楽しむ中望遠
これまでも、意図的に収差を残した個性的なレンズは存在しました。しかし「アンダーコレクション」、「オーバーコレクション」その両方を1本で切り替えられるレンズは初めてではないでしょうか。さらに本レンズは基本性能の高い「ノーマル」な描写も可能なため、1本で三役をこなせる非常にユニークで面白いレンズと言えます。個性的な描写を追求してきた方はもちろん、「ノーマル」で撮れるという安心感があるので、今まであまりこういう描写のレンズを手にしてこなかった方にもおすすめしやすいのも魅力的です。ボケを、描写を、コントロールして撮る楽しみ。この革新的な1本、ぜひ多くの方に体験していただきたいです。
Photo by MAP CAMERA Staff