こちらは革物司・岡本拓也氏率いるブランド、「T・MBH(エムビーエイチ)」の製品。
全長90cm。ロングストラップにも関わらず継ぎ目なし。
なめらかなラインが美しい、気品漂うカメラストラップです。
このストラップが、一体どのようにして生まれているのか?
まさに製作真っ只中の、T・MBH 蔵前工房を見学させていただきました。
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お邪魔した工房は職人の方々が使用する机が数台並び、
とても静かな雰囲気でした。
岡本さんが使用している机をまずは拝見。
光を安定させるため窓のカーテンは閉じられており、
作業机には手元を的確に照らすための、大きなデスクライトが二つ灯っています。
「じゃあ早速お見せしますね」
細く切り出したイタリア産タンニンなめし牛革が取り出されます。
ブッテーロの他カラーに比べると薄い色味のため、目を近づけると
皮革表面の細かい気孔がわかります。
このうす茶色は使っていくうちに色みを深めていくタイプのカラーで、質感も柔らかくなっていくとのこと。
今回は仕上がりまでを見せて頂くために、あらかじめストラップの形に
切り出しておいた革の断面を整える作業から見学スタートです。
カーブの付いた細いナイフで、裏表それぞれの断面四辺を、面取りします。
角を落とされた状態になった断面は丸みを帯びることになります。
面取りを終えたストラップは、コバ磨きの準備に入ります。
コバとは、革端(切り口、断面)を指す用語。
「ブッテーロ」はステッチ部の極めて少ないモデルゆえに、このコバが美しさの大きなカギを担うのです。
器に盛られている透明なものはフノリ。海草成分の糊です。
まずはこのフノリを含ませた布で磨きはじめます。
両縁とも一度磨き終えたら、肌に当たる裏面、それから表面も磨きます。
丁寧に、力強く。
ぐっと力を込めながら毛羽を押さえることで、肌当たりがなめらかになります。
一方の手では革を押さえ、もう一方では圧を掛けつつ磨いて…
と手元にかなり力が要るため、岡本さんが説明する声も、
呼吸に合わせてぐっと強まります。
表面も、先程と同じように押さえながら磨いていきます。
こうして全面を押さえられながら磨くことによって密度の高い革へ変化し、
丈夫なストラップになっていくのです。
ここまで磨き終えた時点で断面と裏面に触れさせていただくと、
最初は硬くざらついていた毛羽立ちが、つるりと収まっているのがわかりました。
さて次に取り出されたのは、白っぽい、蝋のかたまり。
これを温めたコテに付けて先ほど磨いた断面へ、さーっと滑らせていきます。
「…これは表面に塗っているんじゃなくて、すべて革の奥に浸透させているんです。
こうすることで断面がほつれにくくなるんですね。
成分は全て浸透させるので、もちろん肌に当たってもべとつくなんていうことはありません」
蝋が浸透するのは、最初濡れたように黒く光った部分が、ふっと乾いて元の色に戻る様子でわかります。
この作業もまた、何度もコテを往復させて繰り返されました。
—と、艶やかになった断面に、サンドペーパーが当てられます。
せっかく(と言ってはおかしいのですが)艶が出た所なのに…などと思っていると
「まだここは、作業の5%」
岡本さんは笑いながらざっざっと手を動かします。
容赦なくやすりがけされたストラップは、ぱっと見は蝋を塗る前に戻ってしまったよう。
磨いて出た粉を払い、再びコテで蝋を浸透させていきます。
「蝋を浸透させて密度を高く(=硬く)させた断面は、そのままの革よりも磨きの精度が向上します。
これを繰り返すことで、どんどん精度の高い磨きが出来るようになるわけです」
この際使われるサンドペーパーですが、蝋がついていくことで
最初は粗かった番手も作業の進行とともに自然、段々と細かくなっていくのだそうです。
とにもかくにも、磨いて・蝋を浸透させ・また磨いて……
この幾度とない繰り返しの末に、T・MBH製品の艶やかなコバが現れるのです。
あまりの果てしなさに溜め息がもれます。
「果てしないですよー。革を扱っていると手縫いというイメージからか
『ステッチ大変でしょう』と言われますが、コバ磨きのほうが大変です」
作業を見つめていると、徐々にサンドペーパーの下に現れる断面も、なめらかになっていくのが見て取れました。
最後にはサンドペーパーから丸く研がれた木、牛骨へ持ち替えて、仕上げの高精度な磨きに入ります。
こうして幾手間もかけられたコバは、まるで飴のようにつややかに光っていくのです。
…いかがでしょうか。
こだわりのストラップ作りは、まだまだこれから。
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