
【特別版】写真家:草野庸子『Journey』
2025年02月20日
50mmLeica Boutique 12th AnniversaryLeica Special ContentsM6Summilux写真家

どこかへ遠出をする際、ほの暗いうちに家を出て朝特有のシンとした空気を吸うと子供の頃を思い出す。
4歳以降母親と福島で暮らしていたが、祖父が東京に住んでおり年に数回は東京へ行く機会があった。
朝一番の電車に乗るためまだ日が昇りきらないうちから家を出る。
旅行前のそわそわした気分と、ひんやりとした外気で寝ぼけ半分の中(なぜか思い出すのはいつも冬の朝である)手がかじかむ。
駅まで向かう途中の自動販売機で午後の紅茶のあたたかいペットボトルを買ってもらう。
ミルクティーの舌に張り付くような甘味が好きだった。
地元の駅には足湯があり、常に帯状に湯気が揺れ硫黄の匂いがする。
田舎特有であるがその当時まだホームの一番隅っこに灰皿が設置されていて、タバコを吸っている人がいるとそちらからも白い煙が細く立ち昇っていく。

常磐線に乗り込み揺られているとどんどん車窓の景色が変わる。ひらけた畑の間にポツポツと立つ電柱、真っ直ぐに広がる太平洋、銀色に立ち並ぶビルに日が差し反射でキラキラと光り出すともうすぐ上野に着く。

小さい頃はどこかへ行ったらもう戻って来られないような気分がずっとあった。
怖くはなくただ不思議な気持ちで、私の心根に染み付いているような気がする。

一昨年初めて1人での海外旅行をした。
今まではどこかへ行っても現地に友人がいて共に時間を過ごしていたが、2週間まったくの一人きり。何かをしたりしなかったりする。
なるべくタクシーなどは使わず、現地の公共交通機関でわざと時間をかけて移動する。

どこかへ行く際、目的地に着くことよりも道中が好きなのかもしれない。
体を何かに運ばれただ身を任せるしかない時間、光が色々なところから入って景色が後ろに流れてゆく。
眺めることと写真に撮ることは私にとってはとても近く、眺めるようにシャッターを切れればいいなと思う。

色々なところをぶらぶらしながら写真を撮ってきた。
たくさんの人が移動し続ける街の中にある、急に輝き出す西日や日の出に照らされる高速道路の灯り、ブラインドの光線。

今回はLeica M6 というカメラを使って撮影させてもらった。
初めて使うずっしりとした機体はドイツ生まれを感じさせる武骨なかっこよさで、テーブルの上に置いてしみじみと見てしまう。
慣れないフィルム装填方法で少し手間取ったが、慣れてきて一発でスムーズにできるとなんだか嬉しくなった。
シャッター音が特に好きだった。
巻き上げのレバーは細くひんやりとして、パシッという小さいながらも切れ味のある音で空間を区切る。
首からかけると少し姿勢を正したくなるようなカメラであり、その緊張感は今までとは少しちがう目線を産んでくれたように思う。
繊細な光を逃さないシャープさの反面、曖昧さの表現もできる特異なカメラだと感じた。
写真・文 : 草野 庸子