ライカMシステムの始祖となる「M3」がこの世に生を受けたのは1954年。
その高い技術力は、揺るがないアイデンティティと共に60年以上にわたって脈々と受け継がれ、進化してきました。フィルムはいつしかCCDの撮像素子に変わり、更にはCMOSへと進化を遂げて今に至ります。とりわけCMOSがもたらす恩恵は大きく、「ライブビュー撮影」「動画撮影」といった、かつてMシステムでは出来なかった撮影手法が身近なものへとなってゆきました。
だからこそ2015年末、敢えてそうした新機能をそぎ落とした製品の発表を耳にした際は、いかにもライカらしいその大胆な決断に顔が綻びました。
「Leica M(Typ262)」
M型の本質にこだわり抜いた、ライカらしさ溢れるカメラのご紹介です。
カタログデータのみを見れば、先に登場した「M(Typ240)」のマイナーチェンジモデルと言った印象を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。かくいう私も、発売時期が「M-E」の終息時期とほぼ重なることや、その価格設定からも本機を新たな世代のエントリーモデルという位置づけで捉えていました。もちろんそうした意味合いもゼロではないのだと思います。機能を絞った事や価格を抑えたという事実からは、初めてMシステムを手にするユーザーにも適したボディと言うことも出来るでしょう。しかしながら、エントリーモデルという枠に易々と収まらないのが、ライカがライカたる所以ではないでしょうか。実機を初めて手に取り、数カットの試し撮りを経た私が、本機の印象を「エントリーモデル」から改めざるをえなくなるまでには、長い時間はかかりませんでした。
この「Typ262」で加えられた変更点は決して少なくありません。「ライブビュー撮影」「動画撮影」機能を削いだことは前述の通りですが、他にも変更点が加えられています。前面のロゴマークはかつての「M9」と同サイズまで小さくなりました。主張が控えめになったことを喜ぶユーザーは多いのではないでしょうか。また、トップカバーの材質には耐久性に優れたアルミニウムを採用し、「Typ240」よりも100g近い軽量化を達成したことも嬉しいポイントです。ライカを使う理由として、外出時は常に携帯し、いざとなったら素早く撮影に臨める使い勝手の良さを挙げる方は多いように思われますが、この変更点は喜ばしい限りです。
ボディと同様に高い技術を結集して生まれたライカレンズたち。こちらはその中でも“究極の標準レンズ”と名高い「アポズミクロン M50mm F2.0 ASPH.」で撮影したカットです。石材や硝材の硬質さと、 ビル群の合間からこぼれる光、さらには植物の柔和さを余すことなく表現してくれました。後からRAW現像時にデータをモニターで見ていても、撮影時の気温や匂いと言った周囲の様子が蘇ってくるような気がして非常に気持ちがよいものです。交換レンズのポテンシャルを確実に活かしきる、ボディ側のイメージセンサーが優秀なライカだからこそ強く味わえる驚きと感動ではないでしょうか。
絞り:F2.8 / シャッタースピード:1/250秒 / ISO:320 / 使用機材:Leica M(Typ262) + Leica APO-Summicron 50mm/f2.0 ASPH.
現行レンズの中で1、2を争う存在感を放つシルエットが目を惹く『Summilux 21mm/f1.4 ASPH.』。90°を超える広い画角を誇りながら大口径も叶えた、広角好きにはたまらない1本です。フレーミングを確実なものにするには外付のファインダーが必要なレンズですが、今回は敢えて省いて撮影に臨みました。機能を厳選したボディで使うのだから、付随するものもなるべく削ぎ落としたいという安直な思いつきでしたが、結果的には1枚1枚を大事にするきっかけを与えてくれたように思います。
冒頭で「M3」の登場から60年以上と書きましたが、今年2016年は「M8」の発売から10年、すなわちライカMシステムのデジタルカメラ10周年という節目を迎える年でもあります。この10年という時間の流れの中でカメラ市場は、画素数や高感度耐性など挙げればきりがないほどの誰もが目を見張る進化と変革がありました。こうした技術革新がもたらした、用途やユーザー層の多様化、すなわち表現の幅の広がりは今後も非常に楽しみなところですが、加熱する業界の競争についてライカは、世の中に対してある種のアンチテーゼを掲げているのではないでしょうか。
「機能の多様性」と「製品の美学」は比例するものではない、さまざまな環境と用途に適応する頼もしい1台も素晴らしいが、シンプルで洗練された練度の高い尖ったカメラもまた、素晴らしい―――妄想の域を出ない持論ですが、このカメラにはそんな想いが込められているように思えてなりません。
「より技術的な高みを目指し続けた」10年間が創ったデジタルMシステムは、「写真機としての美学をより一層追求」する新たなフェーズに移ろうとしているのだとしたら―――従来以上に写真と向き合う環境を与えてくれるこの「M(Typ262)」は、そんな新しい時代の幕開けに相応しいマイルストーンとして語り継がれてゆくことでしょう。
Photo by MAP CAMERA Staff