いまやひとつのジャンルとして確立されているほどに、不動の人気を誇る「RICOH GR」シリーズ。フィルムカメラから始まったその鼓動は、現行「RICOH GR III」まで脈々と受け継がれてきています。その魅力はやはり「GRレンズ」の描写力や、ポケットに収まるサイズながら、一眼カメラと同等の画質と魅力を詰め込んでいることなどがあげられるでしょう。そんなGRブランドに新しい風を吹かせる待望の一台。今回は『RICOH GR IIIx』を張り切ってご紹介します。
ベースとなっているGR IIIとの変更点がレンズの焦点距離。過去のGRは一様にフルサイズ換算「28mm F2.8」の単焦点レンズを搭載していました。広角スナップに割り切った存在は唯一無二で、いくつもの作品を生み出してきました。しかし『RICOH GR IIIx』が搭載しているのはフルサイズ換算「40mm F2.8」という標準域の単焦点なのです。これは、GRでは初めての試みです。いままでシリーズを愛用してこられた方々には、このたった一つの変更がどれだけ重大な事なのかがお分かりになるでしょう。早速、普段からGR IIIを愛用している者として大きな期待に胸を躍らせて、撮影に行ってまいりました。ぜひ写真をご覧ください。
まず撮影日のファーストカット。手前に前景となる縁石を入れながら、開放で一枚。ベンチのディテールや素材感がありありと伝わってきて、40mmとなってもGRレンズのシャープさは健在であることを見せつけられました。9月に入り、うだるように暑い日はだんだんと減ってきましたがそれでも太陽はまだまだ元気。ベンチの上からミストが降り注ぎ、柔らかく光を反射してなんとも神々しい雰囲気を感じられる写真になりました。
「イメージコントロール」を使って写真の雰囲気をガラッと変えることができる機能も健在です。個人的に一番好きなのが「ハイコントラスト白黒」を使った時の画作り。パキッとした白と黒の世界は被写体が持つ情報量をそぎ落とし、根本的な造形の美しさを乱暴なまでに押し付けてきます。金属パーツや石造りのシチュエーションなど硬質なイメージの被写体には積極的に使いたくなります。
28mmのGRにすっかり慣れているため、使い始めは構えるたびに若干の違和感を覚えましたが、20カットほど撮ったあたりから「40mmって、なんて自由な焦点距離なんだろう」という気持ちになってきました。人間の視野角に近いともいわれている画角。そのため、撮りたい景色との位置関係をごく自然に測ることができます。大きく切り取りたければ一歩踏み込めばいい。広く捉えたければ一歩下がってみればいい。ズームができない単焦点は「足で撮る」という風に言われていますが、その感覚を養うのにもピッタリかもしれません。
F5.6まで絞っての撮影。ポケットサイズのコンパクトなカメラとは思えない解像感、緻密な描写にも優れています。
この日の撮影にはポーチタイプのごく軽量なカメラバッグを肩から掛けて向かいました。カバンから、またはポケットからスッと出しつつ電源ボタンをON。構えるころにはカメラ側はもう準備万端です。街撮りをする際には明らかな撮影対象というのは事前に考えません。歩きながら、目に飛び込んできたものを切り取っていく。この愉しみを共に叶えるのに『RICOH GR IIIx』は最適解ともいえる存在です。何気ない一枚ですが、自然なボケ味がとても気に入りました。
自分が覚えている限り、幼少期に初めてサンタクロースからもらったクリスマスプレゼントが将棋盤と駒でした。小さかった私が「和風なサンタだな」などと首をかしげたかは覚えていませんが熱中して駒を動かしていたことは記憶にあります。数年後、友人に誘われてチェスに興じた時「ルールが将棋に似ている!」と驚きました。歴史を紐解くと、インドで親しまれていたチャトランガという盤上ゲームが日本に伝来し将棋となり、一方ヨーロッパに渡ってチェスとして広まったそうです。多少の違いはあれど、同じルーツを持つ存在。GRシリーズもこれから様々に広がっていくのかもしれませんが、将棋やチェスのように好む人のもとに根付いていくのでしょうね。
アナタの目となり、日々となる。
撮影を終え、『RICOH GR IIIx』がすっかり好きになってしまいました。焦点距離が違うだけで全く趣の違う写真を撮らせてくれるのです。焦点距離が伸びたことで被写界深度も浅くなり、よりボケ味を活かした撮影が楽しめるようになったのも魅力です。マクロ撮影モードを使って被写体を浮かび上がらせることもできるでしょうし、新しく搭載された「顔/瞳検出オートフォーカス」を活用して気軽にポートレートを楽しむのも面白そうです。『RICOH GR IIIx』に限らず、GRシリーズの良いところは飾らないことだと常々思っています。荘厳な被写体、大仰な機材がなくても写真は撮ることができる。日常の集積を人生と呼ぶのなら、日常を日常のままに切り取って積み重ねていくGRスナップは人生とほとんど同義です。そんな稀有な体験をもたらす一台、ぜひ一度お試しください。
Photo by MAP CAMERA Staff