1981年~2020年まで販売されていた『Ai-S Micro-Nikkor 55mm F2.8』。幾多の人が手にし、撮影者の記憶と記録そして最高の瞬間の一枚を写し出してきたことでしょう。その描写の素晴らしさは約40年間もの長い発売期間の実績が強く物語っています。まさに銘玉と呼ぶに相応しいロングセラーのレンズなのではないでしょうか。標準焦点距離域のレンズながら最短撮影距離は25cm。接写と標準レンズの長所を兼ね揃えている為、この一本があれば日常の様々な場面を切り撮る事ができます。今回はNikonの伝統的なデザインが一際目を引く『Z fc』に装着して撮影に臨みました。
「開放値から少し絞った値がそのレンズの一番綺麗に写るところだよ」と教えてもらった事があります。開放値の柔らかさに芯を通すように、とも聞きました。頭の片隅にあるその言葉を意識しながらシャッターを押せば、眩いばかりの光を受けて透き通るガラスの質感を綺麗に写し出してくれました。
毎日顔を合わせている筆者宅の猫の目元をぐっと近づいて写真を撮りました。優しいボケ味とくっきりとした写りが毛先から分かります。マクロ撮影の楽しさは、見慣れた身近にあるものでもレンズを向ければ新しい発見があるところ。筆者に慣れているのもありますが、マニュアルフォーカスの強みでもある静音性もあって驚かせる事なく写真がとれました。
ギターを弾くのが好きなので楽器店のショーウインドーには自然と目が向きます。この日陳列していたのは黒いGibson Les Paul Custom。それも世界三大ギタリストの一人であり、伝説のバンドLed Zeppelinを率いたJimmy Page氏のシグネチャーモデルです。世のGibson愛好家なら目が釘付けになること間違いありません。写真を撮る時、ボディ全身を入れようかと思いましたが一歩踏み込み、中心に並んでいるピックアップに寄る事でギターの迫力を強調しました。一見すると重厚なイメージがある傍ら、ボディの曲線が描くカーブも美しく、その柔硬な姿に不思議な魅力を感じてなりません。
街中にイルミネーションやクリスマスツリーが目立つ季節になってきました。絞りを開放に合わせ、ハイキー寄りに撮影してみると白い光がふわりと全体を覆いつくし、輝きを目立たせる写真となりました。配色もさながら冬の訪れを感じさせるかのようです。
使用するレンズで開放の写りが一番気になるのは当然ですが、それと同じ位に絞り込んだ時はどの様な写りになるのか気になります。待っているのには長い4秒間を経た後に写し出されたのは荒々しく跳ねた光の群れ。光跡は写真が故に見ることができる特別な光景だと思います。
『Ai-S Micro-Nikkor 55mm F2.8』の55mmという焦点距離は、ファインダーを覗くと日頃の見慣れた光景の少し先を写し出し、いつもとは違った画角の写真を切り撮る事ができます。それでいて接写も可能なのですから、この一本があれば日常での撮影において困る事はありません。もちろんレンズとしての写りも素晴らしく、開放付近からキレがあり濃厚な発色は鮮やかな情景を目の前に広げてくれました。そして撮影の最中にはマニュアルフォーカスレンズの醍醐味である「じっくりと撮影をする」という行為を深く噛み締めて堪能できるのです。『Z fc』と組み合わせる事でモダンさと懐かしさが見事に同居した佇まいとなり、「撮る楽しみ」と「所有する楽しみ」の両方を満たしてくれる事でしょう。どこまでいっても現代的な写りをしてくれる、使いやすい万能型のオールドレンズ。今回使用して筆者はそのような感想を持ちました。
Photo by MAP CAMERA Staff