
【Canon】14年前は憧れの高級機、今は手が届くフルサイズ。ーEOS 5D Mark IIIー
先日、2012年発売のフルサイズデジタル一眼レフカメラを買いました。
当時のCanon製一眼レフラインナップの中核をなす、5Dシリーズの三代目「EOS 5D Mark III 」です。
これは、理由あって半年ほど自分のカメラが無い時間を過ごしていた筆者とって、本当に嬉しい買い物になりましたので筆を執りました。

私のEOS 5D Mark III には、バッテリーグリップとGPSユニットがついています。
カメラは大きければ大きい程撮影が楽しくなるタイプなので、ボディを購入した後すぐにこれらも導入したのでした。
バッテリーグリップ「BG-E11」は、縦位置用のシャッターボタンに加えてM-Fnボタンやマルチコントローラーといった操作ボタンを備えています。
ただシャッターを切るだけではなく、AFポイントの移動や撮影画像確認時の位置移動まで、縦位置で構えたまま快適に行えます。
これより前の世代(EOS 7D等)に用意されていたバッテリーグリップは、角ばっていて握り心地が良くないこともありましたが、BG-E11は長時間握り込んでも手が痛くなったりせず快適です。

ホットシュー部に装着されているGPSレシーバーの「GP-E2」は、カメラに内蔵されているGPSユニットと違い、GPS補足の精度が高いので、建物の影や山の中でも現在地を記録できる心強いユニット。
動力は単三電池1本なのに電池交換を忘れてしまうほど長持ちするので、いざという時の為に予備の1本を常に忍ばせています。
それにしても、タブレットの写真アプリの地図上に自分の撮った写真が並ぶのは、自分の歩いてきた足跡を見ているようでうれしいものです。
単なる記録以上の意味、言ってしまえばいままで生きてきた証ですから。
何が好きで、どんなことに憧れてその場所に行ったのか。そこで食べたご飯は、その時の空は、風の匂いは・・・。
「楽しかったことが全部思い出せる」のも立派な性能、高画質や高速AFと同じように、写真の価値や楽しさを大きく引き上げてくれます。

「購入後最初の撮影は良いものにしよう」と決めていたのですが、少しばかり季節が進みすぎていたこともあり、うららかな5月晴れは天球義の反対側まで行ってしまったようです。
玄関を開けるとすっかり梅雨空。ならばと重厚感や圧力が感じられる被写体を求めて、車を走らせました。
何度か来たことがある場所、手入れが行き届いたSLを前に「いっちょカッコよく撮るか!」と気合を入れて、思い切りかがんで(EOS 5D Mark III は固定液晶のカメラです)ライブビューにすると、AFが頑張ってサーチ駆動を始めました。
(この時使用していたレンズは「EF40mm F2.8 STM」というパンケーキレンズです)
EF40mm F2.8 STMの関連記事はこちら
何度目かの往復ののちに合焦することに成功。よくやったとほめてあげたくなりました。
2012年当時はまだライブビューと言えばコントラストAFの時代です。
もちろんミラーレス一眼はまだまだ黎明期、すべての性能が今とは全く違います。
膝に力を入れ、息を止めて、AFのサーチ駆動が終わるまでじっくりと待ちましょう。
指の腹で優しくシャッターを切ると、そこには大好きだったあの頃の画作りが。
柔らかい。でも写りが甘いわけじゃない。
色が優しいのです。ほとんどモノクロの被写体を撮っても。

その後は広場を歩き回りながらファインダーを覗いて、どんどん撮影していきます。
劣化度が高いバッテリーを入れていたので持ちが心配でしたが、そこは全くの杞憂でした。
そもそもミラーレスと比べ圧倒的に省電力なので、数百枚撮ったくらいではほとんど減りません。
ここ最近は撮影後に細かく電源を切ることが癖になっていましたが、それも途中でやめてしまいました。
上の写真は、SLの運転席・・・でいいのでしょうか。
ずっと座っていたらお尻が痛くてたまらなくなりそうな場所ですが、こんな場所で操縦していたのだと思うと運転手の方に畏怖の念すら抱きます。
日陰も日陰だったのでシャッタースピードが1/30まで下がってしまいましたが、そこはドライブモードを静音撮影※に切り替えることでブレを防いでいます。
(※通常モードよりもミラーをゆっくり駆動することで、手ブレを防ぐモードです。普段のEOS 5D Mark III はシャンっという切れの良いシャッター音ですが、この状態では「クッチョン」というゆったりした音に変わります。)

ひとしきりSLを満喫したのち、長い坂を下りて街へと流れていきました。
いつの間にか空は晴れ、少し早い夏のような暑さもやってきます。
爽やかなお茶を欲していた目線の先には、興味をそそるカフェのアイコン。
結局入ることは叶わなかったのですが、その分写真に収めたので良しとしましょう。
バッテン印に打ち付けられた壁は、ともすると白飛びしてしまうかもしれないと思ったのですがよく耐えてくれました。
今時のカメラと比べれば大幅に狭いダイナミックレンジをいっぱいに使って画作りしているその姿に、愛機がより一層いとおしくなってしまいます。

さて、EOS 5D Mark IIIには、当時のフラッグシップ機であるEOS-1D Xと同等の61点レティクルAFシステムが搭載されています。
そのすべてがクロスセンサーというわけではなく、11列ある測距点列のうち4列はF5.6の縦測距のみなのですが、それでも未だに十分実用的なAFと感じます。
筆者は1枚撮るごとに都度都度AFポイントを移動するタイプなので、測距点の数が多いことは単純に撮りやすさに直結します。
おまけにこのカメラは、縦と横それぞれに構えた時で別々のAFポイントにできるので、
「横位置では風景を撮るので中央付近」
「縦位置では人物を撮るので上の方」
というように使い分けができるのです。
縦に構えた瞬間に自動でAFポイントが移動するのを見ていると、カメラが返事をしてくれているようでちょっぴり幸せな気持ちになります。

歩き疲れて立ち止まると、いつの間にか空は快晴の一歩手前まで来ていました。
視野率約100%の光学ファインダーを覗いて、柔らかなグラデーションの水色に白いパース線を引いてみます。
2点透視にしては、いささか急にしすぎたかもしれません。
一眼レフは、空に向けている時が一番好きです。

水分補給も済み、水のせせらぎが聴覚で涼をくれる公園にて。
ノスタルジックな写りは、やっぱり最近のカメラと違う。
でもただ古いだけではなく、今の基準の「画質の良さ」もしっかりと持っています。
だから撮っていてこんなに楽しい。一生懸命操作をすれば、カメラがちゃんと応えてくれるんです。
これより前の世代では、腕や努力だけではカバーできないシーンも出てきてしまう。
それはそれで時代を感じて楽しいのですが、仕上がりにはいささかの妥協も必要となります。
そしてそして、私がこのカメラで一番好きなところは2230万画素なこと。
一見中途半端に見えるこの画素数をピクセル数に直すと、「5760×3840px」なのですが、短編3840というのは4Kディスプレイの横のピクセル数と同じなのです。
(4K=3840x2160px)
縦位置で撮った写真を等倍鑑賞すると、そのピクセル数はピッタリ一緒!
拡大しなくても画面端まで写真でいっぱいになるので、余白を残すことなく等倍鑑賞が楽しめるのです。

EOS 5D Mark IIIが現行モデルであったころ。
まだ田舎に住んでいた筆者は、ずっとずっと「いつか欲しい」と思いつつ、とうとうその機会は訪れませんでした。
当時と今では生活や収入も全く変わりました。
虫の声や波音の代わりにトラックの往来がBGMになる場所まで歩いてきて、やっと手に入れた憧れの5D。
手に取って触るためだけに都会へと出かけたのは夏だっただろうか、冬だっただろうか。
このカメラを持つと、自然と背筋がしゃんとします。
あの頃の自分のあこがれに、恥ずかしくないようにと。

そう言っておいて何なのですが、実はEOS 5D Mark IIIを手にしてから子供のように遊ぶことも増えました。
埼玉県ときがわ町の三波渓谷にて。
気持ちよさそうに川遊びをする家族を見ていると、自分も無性に遊びたくなってきてしまい、スエードの靴と長ズボンのまま川に入ってしまいました。
・・・ちょっと面白いのですが、我に返ったのは水に入った後なのです。
あ。と思いはしたものの、せっかくなのでそのまま写真を撮ることにしました。どのみち今上がったところで靴もズボンもずぶぬれですし。
ならばと転倒しないように恐る恐る足を延ばし、一歩一歩流れに逆らって上流へ。
34にもなって何をしているんだと心の中では笑いつつ、木漏れ日がかたどる水面のきらめきから目が離せなくなっていました。

ファインダーを覗けば、宝石のように輝く水が足の間を流れていく・・・。
Canonの光学ファインダーは非常に抜けが良くクリアで見やすいので、まるで爆ぜるように踊るきらめきを余すことなく堪能できます。
なんだ、シャッターを押す前から作品じゃないか。
やっぱり、光学ファインダーは良いなぁ・・・。

水中にはカラフルな石が身を寄せ合っています。
岩石それぞれの成り立ちを地学で勉強した甲斐もあり、興味が尽きません。
オレンジ色のは鉄分が多めの岩が酸化して赤っぽくなったのかな?
赤いのはチャートだろうか?
これは変成岩かな?
流れの左右で岩石の大きさの差はあるのかな・・・?

水深が深めの場所では、足を取られないように慎重に。
浅い場所では、わざと片足を浮かせ気味にしてみたり。
時折思い出したようにカメラを構えては、撮り甲斐のある光に感動して・・・。
あっという間に時間が経っていました。
この日のレンズはEF24-70mm F4L IS USMというF4通しの標準ズームで、バッテリーグリップとGPSレシーバーを足せば総重量は2Kgに迫るのですが、これっぽっちも疲労は感じません。
重さとは肩や首ではなく、心で感じるものなのだと独り言ちながらアスファルトの上で靴を乾かし、次なる目的地へと車を走らせました。

幹線道路から逸れ、大きなカーブをひとつ超えれば、そこには打ち捨てられたような踏切。
狭い幅員を静かにわたるとたどり着くのは、「100年以上前に拓かれた理想の村」です。
遠い昔、住んでいた村がダム工事に伴い水底に沈むこととなった人々が、文豪の力を借りて興したその場所は今、たった3人の村人だけが住んでいます。
立ち並ぶお茶の木、役目を終えた井戸、色あせた村旗に蝉の声。
小さいころの夢だった「道路の真ん中を歩く」という事を堪能しきっても、誰ともすれ違いません。

もう旅人にしか見られることがなくなった景色。
街道沿いに取り残された建物たちが、ゆっくり眠りにつこうとしている。
せっかくなら綺麗に撮ってあげたいと、大胆に色味を暖かくしてみました。
EOS 5D Mark IIIは肩液晶のそばのボタンでホワイトバランスを変更できます。
AWB→晴天→日陰→曇天・・・というような並び順を覚えてしまえば、ファインダーを覗いたままブラインドで操作できてしまいます。
登場から14年が経過したカメラなのに、ここまでオレンジを強調しても色ノイズが目立たないことに感動しました。
これなら大胆に色を変えても耐えてくれる。
これはピクチャースタイルを自作する私にとって、とてもうれしい誤算です。
EOS 6D系とはノイズの乗り方が違うように感じます。

これは唐箕でしょうか。実物を見るのは初めてで、その名前すら検索するまで知りませんでした。
果たして現役だったのは何年前か・・・。きっと私は生まれていないのでしょう。
この頃のボディはレンズ補正の種類が少なく、周辺光量補正と色収差補正の2つしかありません。
DLO(デジタルレンズオプティマイザ)はまだPCソフトの「DPP」でのみ対応、レンズの実力がストレートに試される世代です。
そういった目で見ると、EF24-70mm F4L IS USMは細かな収差が気にならず、むしろお化粧なしの状態でもしっかり写ることでテンションが上がります。
出来得る限り後編集ではなく、その場で出会った世界感を大切にしたいという方にお勧めです。

村の始まりにほど近い場所まで戻ってきました。
今回の旅の終着点はここ、都電7022号のほとりです。
前回訪れた時には黄色い車体だったのですが、お化粧をされて真っ白になっていました。
所々に塗り残しがあるのがほほえましく、挨拶もそこそこに早速撮らせてもらいます。


フィルターを使わなくても、ただ自身の反射だけで物語の中のように映ってくれる廃電車。
長年Canonユーザーをやっている私でさえ見たこともない美しい色で、思い出に残ってくれました。
願わくばずっと、来年も、再来年も、このままここに居てほしい。
緑の中に腰を下ろして、たまに来る過客の声を聞きながら。
この都電7022号、昔日には幼稚園として利用されていました。
村の人口が一番多かったころは、この場所で子供たちが歌を歌って、おやつを食べたのかもしれません。

おしろいを塗った姿を存分に眺めたら、反対側に回り込んでまた一枚。
特別なことは何もしていないのに、こんなに美しく撮れていいのでしょうか。
雰囲気だけで押し切れるような写真ですが、等倍鑑賞すれば塗装の痛み一つ一つにいたるまで余すことなく描いています。
「EF24-70mm F4L IS USMは広角側の写りが特に良いタイプのレンズで、とりわけ24㎜付近では解像感や立体感の表現に優れる」
この長所を狙ったとはいえ、予想以上の仕上がりに少し驚かされてしまいました。
ちなみにこの場所は斜面になっていて、電車も若干傾いて鎮座しているので分かりづらいですが、一応水平を取って撮影しています。
EOS 5D Mark IIIはファインダー内に水準器を写し出す機能があるので、水平・水直が出しにくいシーンでも安心。
AFポイントの四角を使って視覚的にわかりやすく傾きを表示してくれるので、お気に入りの機能です。

私も電車も一緒にオレンジに染まって、まるで夢が夢じゃなくなるような、そんな黄昏。
手の中にはずっと欲しかった大好きなカメラがあって、ただのんびりと夜を待っている・・・。
丸一日撮り続けてもまだまだ元気なバッテリーと、もっと遊びたいという気持ちが、この場所に足を縫い付けてしまったかのようです。
日が傾けば光の差し方も変わり、また違う表情が見られるかもしれない。
こんなにいい色を出してくれるカメラなら、その時も格別の写真が撮れるのだろうと思います。

僅かばかりのゴーストが出ていますが、シャープさを失わずに振りかけられる調味料なら大歓迎。
思いのほか優しいボケ味も相まって、最後の一枚は旅の締めくくりにふさわしいものとなりました。
そろそろ行こうと斜面を登ると、すぐ近くで八高線の足音が。
そういえばここは線路のすぐ近くです。
役目を終え、時がたっても自分が電車だったことを忘れずにいられる、良い場所に寝かせてもらえたんだな、と思いました。
帰り道、車に向かって歩きながらEOS 5D Mark IIIのことを考えていました。
デジタルカメラにとって、14年という年月は決して短くありません。2026年7月現在、もうメーカーでの修理対応は終了しています。
もとより高級機なので部品の耐久力も高く、ちょっとやそっとでは壊れないという安心感があることも事実ですが、それでも現行機種のようにはいかないでしょう。
私もカメラも年を取りました。
もう、昔のようにはいきません。
でもだからこそ、ずっと100%でいられるようにしようと思います。
行きたいところは全部行こう。見たい景色は全部見よう。
これからも、私の光を全て受け止める為に。
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